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第4章 いざ、ソランスターへ

57話 攫われた令嬢⑷

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 エドガーは馬車から馬を一頭はずし、部下と二人で跨るとそのまま後を追った。向こうが何頭立ての馬車かは知らないが、二人乗りではとても追いつけない。
 レインリットが攫われたと気づいたエドガーは、従僕に扮したもう一人の部下にエファを任せ、ノックガル港で待機しているはずのマックスを訪ねるように指示を出してきた。

 ‪ ――レインは、子爵との結婚式があの教会で執り行われるはずだったと言っていたじゃないか!

 それを頭に入れていなかった自分の責任だ、とエドガーはほぞを噛むような思いだった。こうなれば、ウィリアム・キーブルと直接対決するしかない。どうせ向こうは、まともに相手をするつもりはないのだろうことくらい簡単に予測がつく。だが、問題はウィリアムの狙いだ。

 ――レインリットという鍵を手にした奴が次にすることはなんだ、考えろエドガー!

 できれば、ノックガルの公国海軍の動向を探っているマックスからの情報が欲しかった。ウィリアムがあの教導師と同じように海軍を買収していたとしたら最悪だ。街道にかすかに残る新しいわだちの跡から見ると、どうやらソランスターの屋敷に向かっているようだ。

 農馬の速度が落ちてきたので、エドガーは宿場町まで馬を走らせ、金を積んでより速い馬を二頭買い上げる。町の人に聞けば、ソランスターの屋敷まではここから馬で約二時間ほどの距離だという。無事にたどり着けたとしても、そこから単独で潜入するのは無理に等しい。

 ――ウィリアムの動向だけ押さえておくか……動くならいつだ?

 レインリットはきっと、エドガーの素性については嘘を貫き通すことだろう。ウィリアムに、こちらの情報をこれ以上掴ませるわけにはいかない。

 ――どちらにせよ、レインを助け出すことが第一だ。

 しばらく馬を走らせたところで、街道のはるか向こうに土煙が立っているのが見えた。どうやらこちらに向かって来ているようだ。

「速度を落とせダニエル!」

「どうなさいました?」

「あの馬車に乗っている人物を確認したい。私は神父に顔が割れているから、頼めるか?」

「了解です、少佐・・

 ダニエルは馬を降りて巧みに手綱を引き、街道のど真ん中に馬を寝かせた。馬の身体に負担がかかってしまうのであまり使いたくはないが、これはソルダニア帝国陸軍の騎兵の技だ。

「乗っているのが教導師だったらどうしますか?」

「捕らえるのが一番だが、向こうも武器を持っていないとも限らない。難しいなら始末するしかないな」

 エドガーは近くの木に自分が乗ってきた馬を繋ぐと、少し離れて地面に伏せる。そして胸元から銃を出し、その撃鉄をゆっくりと起こした。

「すまない、止まってくれ!」

「どーう、どうどう!」

 馬のいななきと、それを宥めようとする御者の声が響く。そしてそれはすぐに怒鳴り声に変わった。

「こんな道の真ん中で何やってんだ!」

「俺の馬が急に倒れちまったんだ……おい、頑張ってくれよ。お前にはまだ働いてもらわないといけねぇんだぞ」

「ちっ、しょうがねぇな」

 馬はどうしようもないと判断した御者が御者台から降り、馬車の中にいる人物に話しかける。

「すみません教導師様、少し待っててくだせぇ」

「きょ、教導師様の馬車でしたか……本当に迷惑をかけてすまない」

「まったくだ!」

 ダニエルの演技をすっかり信じ込んでしまった御者は、道から外れて舗装されていない草地を踏んで地面の硬さを確かめている。柔らかい地面だと馬車の重さで車輪がはまってしまうことがあるのだ。

 エドガーは乗っている人物が教導師様と呼ばれた時点で、伏せたまま音もなく馬車に近寄っていた。ダニエルが御者の気をそらしてくれているので、容易く馬車の後方に回り込むと気配を殺す。少しだけ顔を覗かせてダニエルに目配せをしたエドガーは、唯一開いている小窓に意識を集中した。

 ――こちらからでは分が悪いな。

 エドガーはダニエルの馬を指差し、「騒がせろ」と口の動きだけで伝える。ダニエルが馬を心配するふりをして手綱を引っ張ると、驚いた馬が鼻を鳴らしてバタバタと暴れ出した。

「何をやっている」

 騒がしい様子が気になったのか、小窓から中の人物が顔を出した。柔和な表情こそないが、間違いなくディーケン教導師だ。しかし聖職者に似つかわしくないものを小窓から覗かせている。黒く光る鈍い輝きは、エドガーの手の中にあるものと同じ――拳銃だった。

「地面を確認しておりまして、こ、この分ならゆっくり行けば大丈夫そうです」

「教導師様! 俺のせいで、申し訳ありません」

 ダニエルがうまく気を逸らせてくれているので、教導師はまったく後方に注意を向けていない。追っ手も何も気にしていないようで、それは既にレインリットを誰かに引き渡した後だということを示していた。
 エドガーは、怒りから飛びかかりそうになる身体を抑え、ゆっくり深く呼吸を整える。

――ソランスターの屋敷に連れて行ったにしては早い……ディーケンめ、早馬を出したな?

 大方、教導師の早馬の報せを受けたウィリアム・キーブルが、ソランスターから迎えを寄越したのだろう。教導師はその役目を果たし、何も知らぬ体を装って教会へと戻るつもりだ。エドガーは腹に力を入れ中腰になる。そして一呼吸の間に素早く小窓に近寄ると、迷うことなく教導師の頭に銃を突きつけた。

「動くな、撃鉄は上がっている」

「お、お前は」

「頭を打ち抜かれたくなかったら、武器を窓から捨てろ」

 歯を食いしばり悔しそうに顔を歪めた教導師が、小窓から小振りの銃を落とす。しかし、エドガーはさらに銃を押しつけ、顎をしゃくった。

「全部出せ」

「随分と手慣れているようだね。ただの優男じゃなかったということか」

 教導師はこれ見よがしに溜息をつく。馬車の前ではダニエルが御者を取り押さえ、シャツを割いて縛り上げていた。それを見ても降参する意思がないようなので、エドガーは表情を変えることなく引鉄ひきがねを引いた。パンッという乾いた音がして馬車の向こう側に穴が空き、火薬の匂いがふわりと漂う。

「次はどこがいいか?」

 エドガーは再び教導師の額の真ん中に紫煙をくゆらせた銃口を突きつけ、撃鉄を起こした。額に脂汗をにじませた教導師が、短剣を二本、震える手で窓の外に捨てる。

「さて、ディーケン教導師様……彼女はどこへ?」

「……」

「仕方ない。そっちを吐かせろ!」

 だんまりを決め込む教導師に、エドガーはあっさりと対象を変える。時間がかかれば誰かに見られる確率が高くなる。教導師からは後でじっくりと聞き出せばいい。エドガーの指示に、ダニエルが御者にを言うと、御者は悲鳴を上げてあっさりと吐いた。

「あ、あの女は、ソランスターから迎えに来た軍人たちに、ひ、引き渡した! それだけだ、俺は、連れて行っただけだっ!」

「だそうだ、ディーケン教導師様。もう少し信頼できる者を使うべきだったな」

 引きつった表情のままもはや悪態すらつけない教導師を後ろ手に縛り、ダニエルが御者を担いで馬車に押し込む。見張りのために馬車に乗ったエドガーは、乗ってきた馬を解き放ったダニエルを御者に据えてノックガル港へと進路を変えた。
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