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第4章 いざ、ソランスターへ

56話 攫われた令嬢⑶

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 幼い頃からずっと住んでいた屋敷が知らない場所のように見える、とレインリットはぼんやりと考えた。母親の薔薇園に花はなく、その他の季節の花壇もお世辞にも手入れが行き届いている風には見えない。屋敷の中も外も、使用人の姿ではなく軍人の姿の方が目立つ。

 居間に連れて行かれる途中、壁に飾っていたはずの絵画がいくつか剥がされていることに気がついた。そして、大扉の横にあった由緒ある甲冑も、台座ごと姿を消している。

「これはこれは、我が姪殿ではないか……元気そうだな」

 だらしない身体つきの男――かつてはクロナン・ヒギンズと名乗り、その正体はソルダニア帝国の元軍人ウィリアム・キーブルである男が、横柄な態度でソファに座り、レインリットを出迎えた。

「私は貴方の姪になった覚えはありません。即刻ここから立ち去りなさい」

「生意気な口は変わらなかったか。男を囲って、強くなったつもりか?」

 ウィリアムが片眉をピクピクと震わせ、苛立ちを抑えたような声を出す。この男を怒らせるのは得策ではないが、舌戦ができるくらいには自分はまだ大丈夫だ、とレインリットは顎を反らした。

「つもりではありません。代々ソランスターの領地を守ってきたオフラハーティ家の女は、強くならねばならぬのです」

「その一族の血を、私も持っている。私はお前の叔父なのだ。どうがいても覆らんぞ」

「貴方と血の繋がりなどあるものですか」

「その口の悪さは相変わらずか。まあいい、あまり反抗するようであれば魔薬を使うことにしよう」

 魔薬と聞いて、レインリットはハッとした。まさか、この男は魔薬を輸入しているのだろうか。魔薬の取り引きにより、巨額の利益を得ようとしているとしたら。

 ――まさか、ノックガル港を利用して、魔薬を輸入しているの?!

 過剰な多幸感や幻覚を見せる魔薬は、有害であるとしてソランスターでは禁じられている薬物だ。父親も海軍を使って厳しく取り締まりをしていたものを、この男はあっけなく破ってしまったというのか。

「私をどうするおつもり?」

「始末してやりたいところだが、大公殿下がお前を連れてこいとの仰せでね。そろそろ病で臥せっているという言い訳もきかなくなってきていたところだ」

「それで私に魔薬を使うというのですか」

 そんなものを使われては、自分が自分でいられなくなってしまう。かといって言う通りにしてしまっては、ここまでの苦労が無にかえってしまうことになる。レインリットは唇を噛んでウィリアムを睨みつけた。

「いいか、準備ができしだいウェルシュ子爵と共に大公殿下の元に連れて行く。そして正当な爵位の継承者として私を指名しろ……それができなければ、わかっているな?」

「まだそのようなことを」

「子爵は逃げたお前を寛大にも許してくださるさ。せいぜい従順になることだな!」

「私は結婚などいたしません。フォルファーン大公様は公平なお方、きっと私の訴えを聞き入れてくださいましょう」

「それはどうかな? お前が侍女と共に行動していることは、こちらも把握済みだ。言うことを聞かないのであれば……」

 余裕が出てきたのか、ウィリアムは高らかに笑い声を響かせると、軍人たちに指示を出し、レインリットを居間から追い出した。

 次に連れてこられたのは、レインリットが子供の頃に『反省部屋』と呼んでいた窓のない部屋だ。いたずらがすぎると、よくこの部屋で叱られていたことを思い出す。

「私をここに軟禁するつもりですか?」

「……」

「せめてランプくらいは持ってきてくださらない?」

「……」

「見張りがつくのでしょう? どうせ逃げられないのだから、鍵はかけなくて結構よ」

 軍人だからなのか、命令されているからなのか。彼らはとても無口だ。レインリットは彼らから何かを聞き出すことを早々に諦め、大人しく椅子に座る。扉が閉まると外から鍵をかける音が聞こえ、レインリットは溜息をつくと、真っ暗な部屋の中で天を仰いだ。

 ――逃げられないのなら、フォルファーン大公様の御前でなんとかできないかしら。

 現状を訴えてみるのはどうだろうか、と考えたレインリットだったが、エファのことを思い出して駄目だと首を振る。

 ――エファが既に捕らえられているとしたら……私は、どうすればいいの?

 エドガーも無事なのだろうか。もしあの後、教会に軍人たちがやってきていたとしたら、と考えたところで、レインリットはそれ以上悪いことを考えないようにした。

「エドガー様、どうかご無事で」

 扉の隙間からわずかにこぼれる光を見ながら、レインリットはただ祈ることしかできなかった。
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