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第4章 いざ、ソランスターへ
55話 攫われた令嬢⑵
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途中の町で馬を変える時も隙はなく、レインリットは狭い馬車の中でなんとかしてエドガーに知らせようと考えたが、何の手立ても思いつかない。そうこうしているうちに、ついにソランスターの屋敷へと繋がる街道に差し掛かってしまった。
「お出迎えが来ましたよ。貴女に逃げられたことがよほどこたえたのでしょうね」
レインリットの乗っている馬車が止まり、ガチャガチャという金属の擦れ合う音が聞こえてくる。お伺いの言葉もなく開いた扉の外には、公国海軍の制服を着た男たちが並んでいた。見知った顔を探したが、レインリットが会ったことのある父親の部下たちはいないようだ。
「レインリット・メアリエール・オフラハーティ様でいらっしゃいますね」
将校らしき男が前に進み出てきて、レインリットの顔を確認する。もう隠し通せるわけもなく、レインリットはヴェールを外して真っ直ぐ前を見据えた。
「貴方たちは、誰に仕えているのですか?」
ノックガル港に詰める公国海軍は、総督たるソランスター伯爵と共にある。この軍人たちが今誰の指揮のもと動いているのか、知らなければならなかった。
「当然、貴女もご存知の通り、ソランスターの次期伯爵閣下でございますよ」
そう淀みなく答えた将校は、レインリットの両脇に屈強な軍人を配置し、まるで罪人のように連れて行った。
§
ウィリアム・キーブルはソルダニア帝国のスタンリール男爵の三男として生を受けた。
何かに秀でているわけではなかったが、勉強も運動もそれなりにこなせるような、器用な少年時代を送った。しかし三男では爵位を継げるはずもない。どこかの貴族の令嬢と結婚するか、軍人として生きていくか選択を迫られた時、ウィリアムは軍人を選んだ。理由はこれといってなかったが、敢えて言うならば自分の能力如何で階級を上げ、のし上がることができる点がよいと思ったのだ。
フィゲンズにいるディーケンから、ソランスターの小娘が見つかったという早馬が来た時、ウィリアムはようやく運が戻って来たと思った。ひと月前に逃げた時には、怒りのあまりしばらくは他に何も手がつかなかったが、今はそれも些細なことだ。
「まさか男連れでおめおめと戻って来たとはな」
しかもその男と共に教会に保管している後見人名簿を探りに来たらしい。あの後見人名簿は、ウィリアムが精巧に作られた偽物の書類を、特殊な技法で貼り付けている。小娘ごときがどんなに探ろうとも何も出てきはしない。
それよりも、今後のことを考えなければならない、とウィリアムはフォルファーン大公殿下の元に連れて行く算段をつけ始める。ウェルシュ子爵は若い女に目がなく、逃げたレインリットが手に入るのであればそれでいいと言っていた。跳ねっ返り娘の鼻っ柱を折ることを楽しみにしているような、酷く加虐的な男だ。連絡を入れれば喜んで大公殿下の元にやってくるだろう。
問題は小娘の方だ。自分を蹴り飛ばして逃げたあの小娘が、素直に言うことを聞くとは思えず、ウィリアムはしばしの間、様々な方法を考える。
「そうだ、もし死んだはずの兄が生きている、と聞いたらどうなると思うか?」
返事が返ってくるとは思ってもいないが、ウィリアムは背後に控える執事に聞いてみる。案の定、無言で首を横に振る執事を鼻で笑い、ウィリアムは立ち上がる。
かつての部下でもあったファーガル・ノイシュ・オフラハーティは、生きていればソランスターの正当な後継者であった。しかし、戦死した。自分が見捨てたことにより。戦場に散ったのだ。
「失礼いたします、閣下。リーネイ大尉がお戻りです」
「来たか。下へ降りる」
この屋敷にかつての使用人たちは誰もいない。小娘を知る者がおらず、誰一人として味方がいない中でどれだけ気丈に振る舞っていられるか、ウィリアムは楽しみで仕方がなかった。
「お出迎えが来ましたよ。貴女に逃げられたことがよほどこたえたのでしょうね」
レインリットの乗っている馬車が止まり、ガチャガチャという金属の擦れ合う音が聞こえてくる。お伺いの言葉もなく開いた扉の外には、公国海軍の制服を着た男たちが並んでいた。見知った顔を探したが、レインリットが会ったことのある父親の部下たちはいないようだ。
「レインリット・メアリエール・オフラハーティ様でいらっしゃいますね」
将校らしき男が前に進み出てきて、レインリットの顔を確認する。もう隠し通せるわけもなく、レインリットはヴェールを外して真っ直ぐ前を見据えた。
「貴方たちは、誰に仕えているのですか?」
ノックガル港に詰める公国海軍は、総督たるソランスター伯爵と共にある。この軍人たちが今誰の指揮のもと動いているのか、知らなければならなかった。
「当然、貴女もご存知の通り、ソランスターの次期伯爵閣下でございますよ」
そう淀みなく答えた将校は、レインリットの両脇に屈強な軍人を配置し、まるで罪人のように連れて行った。
§
ウィリアム・キーブルはソルダニア帝国のスタンリール男爵の三男として生を受けた。
何かに秀でているわけではなかったが、勉強も運動もそれなりにこなせるような、器用な少年時代を送った。しかし三男では爵位を継げるはずもない。どこかの貴族の令嬢と結婚するか、軍人として生きていくか選択を迫られた時、ウィリアムは軍人を選んだ。理由はこれといってなかったが、敢えて言うならば自分の能力如何で階級を上げ、のし上がることができる点がよいと思ったのだ。
フィゲンズにいるディーケンから、ソランスターの小娘が見つかったという早馬が来た時、ウィリアムはようやく運が戻って来たと思った。ひと月前に逃げた時には、怒りのあまりしばらくは他に何も手がつかなかったが、今はそれも些細なことだ。
「まさか男連れでおめおめと戻って来たとはな」
しかもその男と共に教会に保管している後見人名簿を探りに来たらしい。あの後見人名簿は、ウィリアムが精巧に作られた偽物の書類を、特殊な技法で貼り付けている。小娘ごときがどんなに探ろうとも何も出てきはしない。
それよりも、今後のことを考えなければならない、とウィリアムはフォルファーン大公殿下の元に連れて行く算段をつけ始める。ウェルシュ子爵は若い女に目がなく、逃げたレインリットが手に入るのであればそれでいいと言っていた。跳ねっ返り娘の鼻っ柱を折ることを楽しみにしているような、酷く加虐的な男だ。連絡を入れれば喜んで大公殿下の元にやってくるだろう。
問題は小娘の方だ。自分を蹴り飛ばして逃げたあの小娘が、素直に言うことを聞くとは思えず、ウィリアムはしばしの間、様々な方法を考える。
「そうだ、もし死んだはずの兄が生きている、と聞いたらどうなると思うか?」
返事が返ってくるとは思ってもいないが、ウィリアムは背後に控える執事に聞いてみる。案の定、無言で首を横に振る執事を鼻で笑い、ウィリアムは立ち上がる。
かつての部下でもあったファーガル・ノイシュ・オフラハーティは、生きていればソランスターの正当な後継者であった。しかし、戦死した。自分が見捨てたことにより。戦場に散ったのだ。
「失礼いたします、閣下。リーネイ大尉がお戻りです」
「来たか。下へ降りる」
この屋敷にかつての使用人たちは誰もいない。小娘を知る者がおらず、誰一人として味方がいない中でどれだけ気丈に振る舞っていられるか、ウィリアムは楽しみで仕方がなかった。
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