上 下
54 / 82
第4章 いざ、ソランスターへ

54話 攫われた令嬢⑴

しおりを挟む
「裏口から出た方が早いですよ」

「ありがとうございます、教導師様」

 礼拝堂に降りてきたレインリットは、なんの疑いもなく教導師に続いて裏口から外に出た。従僕たちが建物の裏側に馬車を移動させていたらしい。 慌てていたレインリットは、馬車の中で困っているであろうエファを呼んだ。

「エファ、大丈夫?」

 しかし、覗き込んだ馬車の中にエファの姿はない。それどころか、内装が微妙に違っている。馬車を間違えてしまったのかと思ったレインリットの背中に、ドンという衝撃が走った。いきなりのことで声を詰まらせ、痛みにむせ返る。そして床に倒れたレインリットは、そのままの状態で誰かに脚を掴まれ、馬車の中に押し込まれた。

「痛い!」

「大人しく言うことを聞いていた方が身のためですよ」

「今すぐ離して!」

「それはできかねますね。レインリット・メアリエール・オフラハーティ。お久しぶりです」

「何故、教導師様」

 レインリットの後ろから馬車に乗り込んできたディーケン教導師は、人のよさそうな顔を引っ込め、愉快そうに笑う。エドガーの心配が的中してしまったことを悟ったレインリットは、信じられない思いで教導師を見た。

「叔父に、何か言われたのですか?」

 震える声で質問をしたレインリットだったが、教導師は答える気はないようだ。それどころか、まるで観察するかのようにレインリットをジロジロと見てくる。やはり、先ほど顔を見られた時に正体を悟られてしまったようだ。レインリットは自分のおかした小さな失敗に歯噛みした。

「結婚式から逃げ出したと思ったら、別の男を連れてきたわけですか」

「ち、違います」

「貴女のその瞳、私はよく覚えておりますよ。何せ、ここフィゲンズは退屈な場所ですからね」

 扉が閉まり、馬車が揺れ始める。大声をあげようと口を開いたレインリットに、教導師は拳銃を突きつけてきた。聖職者の服に、ゴツゴツとした鉄の武器は似合わない。

「おっと、騒ぐと穴が空きますよ」

「せ、聖職者ともあろう人が、なんというものを」

 回転式の拳銃のようだ。海軍の軍人たちが持っているところを見たことがある。父親も拳銃を書斎に置いていたが、レインリットは一切扱わせてもらったことはなかった。

 レインリットは起き上がると、教導師から精一杯距離を開ける。エファに何かあったと思わせてレインリットを一人誘き寄せたようだ。まんまと罠に引っかかってしまった、と悔しい気持ちでいっぱいになる。昨日、あれほど考えてから行動しなければと反省したばかりなのに、まったく活かされていなかった。

 ――エドガー様、ごめんなさい。

 レインリットが攫われてしまったことを知ったら、あの優しい人は己を責めることだろう。そして残されたエファは、どんなに心配することか。馬車はどこかに急いでいるようで、多分そこは今のレインリットにとって一番行きたくない場所に違いなかった。

「私をどうするおつもりですか」

「知りたいですか? 貴女のご想像通りの場所にお連れして差し上げますよ」

「わ、私が、今までのように黙っていると思うのですか? ソランスター伯の称号も、この土地も、これ以上好きにはさせません!」

 この旅の中で、レインリットの心は格段に強くなった。どんなに脅されたとしても、エドガーたちがいると思うと強くなれる。

「私は強気な女性は好きですよ。しかし、あの方はどうでしょうね」

「ディーケン教導師様、どうかこのようなことをおやめください」

「本物の聖職者であればこんなことはしなかったでしょうね。あんな片田舎の教導師など、私はこんなところで燻っているわけにはいかないんだ」

「教導師様?」

 慣れた手つきで拳銃を扱う教導師は、小窓の外へと視線を外すと、レインリットの質問には答えなくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

【R18】熱い一夜が明けたら~酔い潰れた翌朝、隣に団長様の寝顔。~

三月べに
恋愛
酔い潰れた翌朝。やけに身体が重いかと思えば、ベッドには自分だけではなく、男がいた! しかも、第三王子であり、所属する第三騎士団の団長様! 一夜の過ちをガッツリやらかした私は、寝ている間にそそくさと退散。まぁ、あの見目麗しい団長と一夜なんて、いい思いをしたと思うことにした。が、そもそもどうしてそうなった??? と不思議に思っていれば、なんと団長様が一夜のお相手を捜索中だと! 団長様は媚薬を盛られてあの宿屋に逃げ込んでやり過ごそうとしたが、うっかり鍵をかけ忘れ、酔っ払った私がその部屋に入っては、上になだれ込み、致した……! あちゃー! 氷の冷徹の団長様は、一体どういうつもりで探しているのかと息をひそめて耳をすませた。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

傾国の聖女

恋愛
気がつくと、金髪碧眼の美形に押し倒されていた。 異世界トリップ、エロがメインの逆ハーレムです。直接的な性描写あるので苦手な方はご遠慮下さい(改題しました2023.08.15)

【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました

ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。 それは王家から婚約の打診があったときから 始まった。 体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。 2人は私の異変に気付くこともない。 こんなこと誰にも言えない。 彼の支配から逃れなくてはならないのに 侯爵家のキングは私を放さない。 * 作り話です

快楽のエチュード〜父娘〜

狭山雪菜
恋愛
眞下未映子は、実家で暮らす社会人だ。週に一度、ストレスがピークになると、夜中にヘッドフォンをつけて、AV鑑賞をしていたが、ある時誰かに見られているのに気がついてしまい…… 父娘の禁断の関係を描いてますので、苦手な方はご注意ください。 月に一度の更新頻度です。基本的にはエッチしかしてないです。 こちらの作品は、「小説家になろう」でも掲載しております。

処理中です...