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第3章 手にした真実
43話 それぞれの思惑⑴
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アンに付き添われながら庭に出たレインリットは、五月の陽気に色とりどりの花を開かせた草花の小道をゆっくりと歩く。花が咲き乱れ、外壁に添わすように作られた蔓棚には、見事なイチェリアの花が風に揺れている。咲き始めたばかりだが、後もう少しすれば綺麗な弧を描くだろう。
「素敵な庭ね……アンが造ったの?」
「は、はい、お嬢様。香草などは売り物にもなりますので」
「貴女たちを守ってあげられなくてごめんなさい」
「いいえ、お嬢様! 私たちがお嬢様をお守りしなければならなかったのです」
「エファを残してくれたのは、貴女なのでしょう? 私がどれだけ救われたことか。アン、ありがとう」
当時、家政婦としてソランスターの屋敷に仕える侍女や女中、下女たちをまとめていたのはこのアンだ。せめてレインリットの身の回りの世話をする人を、とクロナン……いやウィリアム・キーブルに頭を下げて頼み込んだのだろう。
「もったいないお言葉にございます」
「ねぇ、アン。私はきっと、ソランスターを取り戻してみせるわ。だからその時は、また戻ってきてほしいの」
取り戻したとしても、きっと自分一人ではソランスターの地を維持していくことはできない、とレインリットは自分の力の無さを実感している。しかし、解雇されてしまった使用人ちを可能な限り呼び戻し、生活を保障してやらなければならない。それがレインリットにできる唯一の償いだった。
「あら?」
その時レインリットは、眦の涙を拭うアンの後方に黒い人影を見つけた。誰だろうと訝しみ、ここに来てまさか追っ手かと思い至るとレインリットの足がすくむ。
「あの、あそこにいるあの方は?」
庭の端、建物の影に誰かがいる。対峙するのは怖いが、顔は確認しておいた方がいい、と考えて覗き込もうとしたレインリットを、アンが鋭く制した。
「お嬢様、なりません!」
「アン、どうしたの?! 貴女も知らない人?」
レインリットは一気に緊張する。そして、庭の入り口付近に待機する従僕とエファに目配せをしようとして、またもやアンから遮られた。
「か、彼は、こちらに一緒に逃げてきた下男でございます! あの時に酷い目に遭い、情緒不安定なのです」
「そうだったのね……」
「根は優しい者でございます。どうか、そっとしておいてくださいませ」
「わかったわ……私に、何かできることがあればいいのだけれど」
逃げ出す時にドレスから引き千切ってきた宝石も、それほど残っていない。レインリットがもう一度庭の端に目を移した時には、すでに人影は消えていた。
エファと合流し、物思いに耽りながらも散策を楽しんでいたところ、話が終わったのかエドガーがやってきた。
「レイン、具合はどうだい?」
「だいぶよくなりました。ありがとうございます、エドガー様」
「話は終わったよ」
「後からお聞かせくださいね? それより、アンから聞きました。ソランスターで働いていた者たちが、どうやら酷い目に遭わされていたようなのです。助けてあげたいのはやまやまなのですが……」
「そうか……酷い目に、ね。可哀想だが、今は君のことが最優先だ。ソランスターを取り戻したら、一緒に考えよう。マクマーン夫人、彼らに伝えてくれないか。勇敢な令嬢が、必ず陰謀を暴き出し、ソランスターを取り戻す、と」
「か、かしこまりました」
今のレインリットでは何もできることがない。エドガーの言う通りだと、レインリットも同意する。彼らを助けたければ、一日も早くあの男をなんとかしなければならない。見送りに出てきたカハルに別れを告げ、レインリットは後ろ髪を引かれる思いを振り切って町を後にした。
「素敵な庭ね……アンが造ったの?」
「は、はい、お嬢様。香草などは売り物にもなりますので」
「貴女たちを守ってあげられなくてごめんなさい」
「いいえ、お嬢様! 私たちがお嬢様をお守りしなければならなかったのです」
「エファを残してくれたのは、貴女なのでしょう? 私がどれだけ救われたことか。アン、ありがとう」
当時、家政婦としてソランスターの屋敷に仕える侍女や女中、下女たちをまとめていたのはこのアンだ。せめてレインリットの身の回りの世話をする人を、とクロナン……いやウィリアム・キーブルに頭を下げて頼み込んだのだろう。
「もったいないお言葉にございます」
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取り戻したとしても、きっと自分一人ではソランスターの地を維持していくことはできない、とレインリットは自分の力の無さを実感している。しかし、解雇されてしまった使用人ちを可能な限り呼び戻し、生活を保障してやらなければならない。それがレインリットにできる唯一の償いだった。
「あら?」
その時レインリットは、眦の涙を拭うアンの後方に黒い人影を見つけた。誰だろうと訝しみ、ここに来てまさか追っ手かと思い至るとレインリットの足がすくむ。
「あの、あそこにいるあの方は?」
庭の端、建物の影に誰かがいる。対峙するのは怖いが、顔は確認しておいた方がいい、と考えて覗き込もうとしたレインリットを、アンが鋭く制した。
「お嬢様、なりません!」
「アン、どうしたの?! 貴女も知らない人?」
レインリットは一気に緊張する。そして、庭の入り口付近に待機する従僕とエファに目配せをしようとして、またもやアンから遮られた。
「か、彼は、こちらに一緒に逃げてきた下男でございます! あの時に酷い目に遭い、情緒不安定なのです」
「そうだったのね……」
「根は優しい者でございます。どうか、そっとしておいてくださいませ」
「わかったわ……私に、何かできることがあればいいのだけれど」
逃げ出す時にドレスから引き千切ってきた宝石も、それほど残っていない。レインリットがもう一度庭の端に目を移した時には、すでに人影は消えていた。
エファと合流し、物思いに耽りながらも散策を楽しんでいたところ、話が終わったのかエドガーがやってきた。
「レイン、具合はどうだい?」
「だいぶよくなりました。ありがとうございます、エドガー様」
「話は終わったよ」
「後からお聞かせくださいね? それより、アンから聞きました。ソランスターで働いていた者たちが、どうやら酷い目に遭わされていたようなのです。助けてあげたいのはやまやまなのですが……」
「そうか……酷い目に、ね。可哀想だが、今は君のことが最優先だ。ソランスターを取り戻したら、一緒に考えよう。マクマーン夫人、彼らに伝えてくれないか。勇敢な令嬢が、必ず陰謀を暴き出し、ソランスターを取り戻す、と」
「か、かしこまりました」
今のレインリットでは何もできることがない。エドガーの言う通りだと、レインリットも同意する。彼らを助けたければ、一日も早くあの男をなんとかしなければならない。見送りに出てきたカハルに別れを告げ、レインリットは後ろ髪を引かれる思いを振り切って町を後にした。
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