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第2章 惹かれ合う二人
34話 眠れぬ夜の、月下の逢瀬⑷
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そうして押し問答をしているうちにレインリットは再び抱き寄せられてしまった。エドガーの手はレインリットは背中から腰を上下に撫で続けてくる。時々かすめるように腰のあたりで指が蠢くと、レインリットの身体が勝手に反応してビクンと跳ねた。
「……どうすれば君の信頼を勝ち得ることができるのだろうな」
溜息と共に先ほどと同じように肩に顔を埋められ、レインリットはその悩ましげな熱い吐息を肩に感じて震える。しかし嫌な気持ちにはならず、甘えるように額を擦り付けるエドガーを、何故か可愛いとさえ思えてしまう。おずおずと手を持ち上げたレインリットは、エドガーの広い背中に手を伸ばした。
「私は、エドガー様のことを信じています」
「そうかな」
「はい。エドガー様だからこそ、私は本当の名前も告げました。何より、最初に助けていただいた時から、称号に誓ってくださいましたではありませんか」
貴族が自身の称号に誓うことは、そうそうできるものではない。名誉をかけることになり、その誓いが破られた時には不名誉を被ることになるからだ。だからおいそれと簡単に称号を持ち出すことはない。
「過信しすぎるのも考えものだが、君からそう言われると嬉しい」
エドガーのくぐもった声には、確かに喜色が感じられた。レインリットの背中を這う手に力が入り、グッと引き寄せられる。
「では、君を好きだと言うこの気持ちも信じてくれ……レイン、レインリット、どうしたら伝わる? どうしたら、君も私のことを好きになってくれる?」
「エドガー様、私……私は」
顔を上げたエドガーが、銀色の瞳に熱を込めて見つめてくる。言葉に詰まったレインリットは、その目や端正な顔を間近で見てしまい、顔が火照ってしまった。風が吹くたびに漂う女性ものの香水の香りを、嫌だと感じるのはどうしてだろう。夜会でたくさんの女性からダンスに誘われるエドガーを想像しただけで、自分の心にもやもやとした暗い感情が湧き上がってくるのはどうしてだろう。
今この月明かりの下で、レインリットは伯爵令嬢としての責務や矜持を放り出してエドガーにすがりたくなった。この告白を受け入れて、何も考えずに二人寄り添えたならば。
「君は、美しい」
レインリットのほつれた紅い髪を一筋、エドガーがすくい上げる。くるくると弄び、長い指に巻き付けると、エドガーはそれを自分の唇に当ててキスをした。
「貴族たれとあらんとするその心意気も、凛と佇む姿勢も、意志の強い眼差しも」
髪を離したエドガーの手が、そのままレインリットの頬に添えられる。指腹が優しく頬を滑り、レインリットは煩いくらいに鳴り響く心音がバレやしないかと緊張に身を強張らせた。瞼、鼻筋、顎、と、ゆっくりゆっくりと撫でるエドガーは、ジッとある一点に姿勢を定めている。
「キスがしたい」
「い、いけません」
「何故? 君のその魅力的な唇と瞳は、そうは言っていないが」
抗議をしようと開いたレインリットの唇に、エドガーの指が触れる。するりと滑り込んできた指先を噛むわけにもいかず、押し出そうとして舌先を指に当てると、エドガーが色気溢れる笑みを浮かべた。
一方、レインリットは少しがさつくエドガーの指先を図らずも舐めてしまい、どうすることもできずに固まってしまった。自分がとてつもなく背徳的で、ふしだらな行為をしているような気がしてくる。目頭が熱くなり、何故かわからない涙が込み上げてきたレインリットは、この状況から助けて欲しくて、原因たるエドガーに救いを求めた。
「……泣くほど、嫌……だったか」
その涙に気づいたエドガーが切なげな表情になり、レインリットの唇から指を抜く。そして抱擁を解くと距離を置いた。
「無理強いをするつもりはなかった。すまない、このことは忘れてくれ」
そう言うと、エドガーは立ち上がる。そして呆然としたままのレインリットに手を差し伸べる。月明かりの影になりその顔は暗くて見えないが、レインリットはその手が僅かに震えているように見えた。
――エドガー様も、緊張している?
レインリットが知るエドガーは、レイウォルド伯爵に相応しく、自信に溢れる紳士然とした男性だった。少し強引だと感じることもあるが、その強引さが間違った方向に進むこともない。何より、亡き兄ファーガルが、家のことを話したり愚痴をこぼすくらいに信頼していた人である。使用人たちの忠誠はエドガーの人柄に捧げられており、まさに理想的な貴族だと言えよう。そのエドガーが、成人したばかりの自分を相手に緊張することなどあるのだろうか。
レインリットが手を取ると、エドガーが身体をビクリと揺らした。
「エドガー様……私には、すべきことがあるのです」
その手をギュッと握ったレインリットは、迷う心を正直に告げる。自分でもどうしたらいいのかわからないこの気持ちを、誤解して欲しくはなかった。
「ソランスターを取り戻して父の汚名を晴らすことが私の望みだというのに」
それ以外を望んでしまうことに罪悪感を覚え、しかし、惹かれる心は止めることなどできはしない。
「エドガー様、私は、お側にいたいと、でも、これ以上貴方に頼れば、いずれ訪れる別れが怖いと、そう思うのです」
「レインリット」
「こんな風にして出逢わなければ、夢を見ていられたのでしょうか」
そう告げた瞬間、レインリットは力強い手に引き上げられ、あっという間にエドガーの腕の中にいた。
「……どうすれば君の信頼を勝ち得ることができるのだろうな」
溜息と共に先ほどと同じように肩に顔を埋められ、レインリットはその悩ましげな熱い吐息を肩に感じて震える。しかし嫌な気持ちにはならず、甘えるように額を擦り付けるエドガーを、何故か可愛いとさえ思えてしまう。おずおずと手を持ち上げたレインリットは、エドガーの広い背中に手を伸ばした。
「私は、エドガー様のことを信じています」
「そうかな」
「はい。エドガー様だからこそ、私は本当の名前も告げました。何より、最初に助けていただいた時から、称号に誓ってくださいましたではありませんか」
貴族が自身の称号に誓うことは、そうそうできるものではない。名誉をかけることになり、その誓いが破られた時には不名誉を被ることになるからだ。だからおいそれと簡単に称号を持ち出すことはない。
「過信しすぎるのも考えものだが、君からそう言われると嬉しい」
エドガーのくぐもった声には、確かに喜色が感じられた。レインリットの背中を這う手に力が入り、グッと引き寄せられる。
「では、君を好きだと言うこの気持ちも信じてくれ……レイン、レインリット、どうしたら伝わる? どうしたら、君も私のことを好きになってくれる?」
「エドガー様、私……私は」
顔を上げたエドガーが、銀色の瞳に熱を込めて見つめてくる。言葉に詰まったレインリットは、その目や端正な顔を間近で見てしまい、顔が火照ってしまった。風が吹くたびに漂う女性ものの香水の香りを、嫌だと感じるのはどうしてだろう。夜会でたくさんの女性からダンスに誘われるエドガーを想像しただけで、自分の心にもやもやとした暗い感情が湧き上がってくるのはどうしてだろう。
今この月明かりの下で、レインリットは伯爵令嬢としての責務や矜持を放り出してエドガーにすがりたくなった。この告白を受け入れて、何も考えずに二人寄り添えたならば。
「君は、美しい」
レインリットのほつれた紅い髪を一筋、エドガーがすくい上げる。くるくると弄び、長い指に巻き付けると、エドガーはそれを自分の唇に当ててキスをした。
「貴族たれとあらんとするその心意気も、凛と佇む姿勢も、意志の強い眼差しも」
髪を離したエドガーの手が、そのままレインリットの頬に添えられる。指腹が優しく頬を滑り、レインリットは煩いくらいに鳴り響く心音がバレやしないかと緊張に身を強張らせた。瞼、鼻筋、顎、と、ゆっくりゆっくりと撫でるエドガーは、ジッとある一点に姿勢を定めている。
「キスがしたい」
「い、いけません」
「何故? 君のその魅力的な唇と瞳は、そうは言っていないが」
抗議をしようと開いたレインリットの唇に、エドガーの指が触れる。するりと滑り込んできた指先を噛むわけにもいかず、押し出そうとして舌先を指に当てると、エドガーが色気溢れる笑みを浮かべた。
一方、レインリットは少しがさつくエドガーの指先を図らずも舐めてしまい、どうすることもできずに固まってしまった。自分がとてつもなく背徳的で、ふしだらな行為をしているような気がしてくる。目頭が熱くなり、何故かわからない涙が込み上げてきたレインリットは、この状況から助けて欲しくて、原因たるエドガーに救いを求めた。
「……泣くほど、嫌……だったか」
その涙に気づいたエドガーが切なげな表情になり、レインリットの唇から指を抜く。そして抱擁を解くと距離を置いた。
「無理強いをするつもりはなかった。すまない、このことは忘れてくれ」
そう言うと、エドガーは立ち上がる。そして呆然としたままのレインリットに手を差し伸べる。月明かりの影になりその顔は暗くて見えないが、レインリットはその手が僅かに震えているように見えた。
――エドガー様も、緊張している?
レインリットが知るエドガーは、レイウォルド伯爵に相応しく、自信に溢れる紳士然とした男性だった。少し強引だと感じることもあるが、その強引さが間違った方向に進むこともない。何より、亡き兄ファーガルが、家のことを話したり愚痴をこぼすくらいに信頼していた人である。使用人たちの忠誠はエドガーの人柄に捧げられており、まさに理想的な貴族だと言えよう。そのエドガーが、成人したばかりの自分を相手に緊張することなどあるのだろうか。
レインリットが手を取ると、エドガーが身体をビクリと揺らした。
「エドガー様……私には、すべきことがあるのです」
その手をギュッと握ったレインリットは、迷う心を正直に告げる。自分でもどうしたらいいのかわからないこの気持ちを、誤解して欲しくはなかった。
「ソランスターを取り戻して父の汚名を晴らすことが私の望みだというのに」
それ以外を望んでしまうことに罪悪感を覚え、しかし、惹かれる心は止めることなどできはしない。
「エドガー様、私は、お側にいたいと、でも、これ以上貴方に頼れば、いずれ訪れる別れが怖いと、そう思うのです」
「レインリット」
「こんな風にして出逢わなければ、夢を見ていられたのでしょうか」
そう告げた瞬間、レインリットは力強い手に引き上げられ、あっという間にエドガーの腕の中にいた。
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