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第2章 惹かれ合う二人

33話 眠れぬ夜の、月下の逢瀬⑶

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 自分の唇に感じる熱くて柔らかな何か。それがエドガーの唇だと気づいたレインリットは、反射的に逃れようとしてエドガーの胸を押し返す。しかし、片手を掴まれているので思うように力が入らない。

 ――私、またキスされてる?

 息苦しさから口を開くと、キスがもっと深くなる。 エドガーの舌がレインリットの舌に触れ、身体が勝手にピクリと反応した。うやむやになってしまった最初のキスより濃密で、レインリットは戸惑いながらも唇を受け入れてしまっていた。
 合間に息をついたエドガーが、自分の鼻先をレインリットの鼻先に擦り付けてくる。そして、囁くような声を出してきた。

「レイン、レインリット……次に君がダンスを踊るのは、私とだ。私以外に誰とも踊らないでくれ」

「そんなこと……エドガー様、私に、何故キスを」

「約束はしてくれないのか?」

「し、知りません!」

 エドガーが唇を離した隙にレインリットが顔を背けると、今度は抵抗されなかった。顎から手を離したエドガーが、レインリットの肩に額を押し当てて荒い息をつく。

「……まいったな、もう少しうまく立ち回れるはずだったのに」

 レインリットの耳元で、エドガーの囁くような低い声が紡がれた。甘えるような仕草で擦り寄られ、エドガーからキスをされたという事実がレインリットをじわじわと絡めとっていく。

「エドガー様、酔っていらっしゃるのですね」

 唇に残るわずかな酒の味が、レインリットまで酔わせてしまったようだ。ぽわぽわとした熱が全身に回り、エドガーから伝わってくる体温が心地よく感じられたレインリットは、おずおずとその広い背中に腕を回す。しばらくの間お互いに抱き合っていた二人だったが、急に流れ込んできた冷たい川風が合図となり、抱擁を解いた。

「嫌だったか?」

 流れるような動作で立ち上がったエドガーが、レインリットの手を掴んでぐいっと引き寄せた。エドガーの胸に頬を寄せる形となったレインリットの耳に、自分のものとは違う心音が聞こえてくる。今度のキスは、エドガーもうやむやにするつもりはないようだ。

「嫌では……ありません、けれどその、よくわからなくて」

 自分と同じように緊張しているらしいエドガーが、はっと短く息をついた。本当は、そのキスがどういう意味を持っているか、わからないわけではない。いつか素敵な貴公子が、と子供の頃にお伽話に憧れを抱いていた女性であれば、誰しも知っていることだ。
 レインリットには、それを素直に受け入れることができなかった。自分の気持ちすら曖昧で、それ以前に色恋にうつつを抜かしては駄目だという戒めが、突き詰めることを拒む。

「では、私は君を困らせているか?」

「困るわけでは……そ、そんなに見られては、落ち着きません」

「そうか、それは困ったな。私は君を見ていたいんだが」

 柔らかく微笑んだエドガーが、またもや顔を近づけてくる。乱れた銀色の髪が額にかかり、月明かりによる印影のせいで大人の艶っぽさが増していく。その吐息を感じる距離まで縮まった瞬間、レインリットは両手を突き出した。

「あっ、や、やっぱり、困ります!」

 再びキスされると感じたレインリットは、とっさにエドガーの唇を両手で押さえた。手のひらに熱くて柔らかな感触がして、これが先ほど自分の唇を覆っていたのかと思うと叫びだしたくなる。

「レイン?」

「このように、親密なキスは、夫婦や恋人同士がするものです!」

 エドガーが自分のことを好きだ、と言うことすらまだ受け入れられないというのに。淑女としてはしたないと感じる気持ちの方が強いレインリットは、急に力が抜けたエドガーから身をよじって距離を開けた。固まってしまったように動かないエドガーに、雰囲気に流されまいと意思を強く持ったレインリットが続ける。

「エドガー様のことは、頼り甲斐があって、優しくて、素敵な方だと思います。時々、困ったことに、少し胸がドキドキしてしまいすが」

「そうか、もっとたくさんドキドキすればいいのに」

「エドガー様っ、私の心臓が壊れてしまったらどうするのですか!」

 ドキドキしたり、痛んだり、苦しくなったり。レインリットの心臓は、エドガーと出逢ってからとても奇妙な動きをみせるのだ。病気じゃないかと心配するくらい、今も外に音が聞こえているかもしれないと思うくらいに激しく鳴っている。

「それは困るな。うん、困る」

 しかし、月明かりに怪しく輝く銀色の目を向けたエドガーは、言葉とは裏腹に少しも困った素振りも見せず、レインリットを見つめていた。
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