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第2章 惹かれ合う二人

30話 妖精と呼ばれた令嬢⑷

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 知らず内頬を噛み締めたエドガーの手が、わずかに震えて止まらなくなる。

 決死の突撃によってバルタイユ王国軍をくだした部隊は、人も馬も酷い状態で命からがら戻ってきた。戦場で散ってしまった仲間たちの亡骸を拾えるだけ拾って、それができないくらいに酷い状態の者もいて。ファーガルは多分後者だったのだろう。彼のいた天幕はもぬけの殻で、荷物が散乱していて、いくら待っても戻って来なかった。天幕の状態から、何者かに荒らされたのだとすぐにわかった。戦場では、そんなことがよくあったから。
 エドガーがそんな中見つけたのが、小さなチャームだ。ファーガルが肌身離さず身につけていたはずの妖精のチャーム。バルタイユ王国軍の奇襲のせいで、つけ忘れていったようだった。

「私はいつか、ソランスターの家族の元へ届けようと思っていた」

「エドガー様」

 レインリットがエドガーの手に手を重ね、頬をすり寄せた。手袋に涙が染み込み、エドガーの心を揺さぶる。

「ああ、お願いだ、レイン。レインリット」

 エドガーは空いた手でレインリットの肩を掴む。この折れてしまいそうなほど華奢な肩に、何というものを背負っているのか。

「私と一緒にシャナス公国へ行ってはくれないだろうか」

 レインリットの身体が、ビクリと跳ねる。見開いた目からさらに涙が溢れ、嗚咽を漏らすまいとしてか、その唇を白くなるまで噛み締めていた。

「エドガー様と一緒に、シャナス公国に……」

「君を守りたい。一人で全てを背負わないでくれ。私がいる。私が、君の憂いを晴らしてみせるから」

 先ほど、決意を秘めた顔で自分に助けを求めてきたレインリットは、ハッとするほど美しかった。その緑色の瞳に囚われてしまったと言っても過言ではないくらいに引き込まれて、見惚れてしまった。そして今も、抱きしめたい衝動を必死に抑えている。

 ――そうか……好きとはこういうことなのか。

 スケィル・クラブでマックスから指摘されたことが、ここにきて完全に腑に落ちた。エドガーはゆっくりと腰を屈めると、レインリットの手の甲にキスを落とす。

「私と君で、ソランスターを取り戻そう。そしたら、もう一度だけ考えてくれないか」

 エドガーは瞳に熱を込め、レインリットに思いをぶつける。気づいてほしい、知ってほしい、そして同じ気持ちを返してほしい。今まで付き合ってき女性には感じなかった衝動が、エドガーを突き動かす。

「ソランスターを取り戻したら……もう一度?」

 よくわからないのか、レインリットがおうむ返しに呟いた。そのことがもどかしく、エドガーの心を急かす。何故伝わらない、何故わからない、と焦るが、そういえばまだ何も伝えてはいないことに気づいた。
 エドガーは今度は両膝をつき、レインリットに視線を合わせると、その小さな両手を自分の両手で包み込む。

「そう、今度は大丈夫。あんな酷い提案じゃなくて、本当に君に結婚を前提として申し込みたい」

 大きく息を吸い込んだエドガーは、ゆっくりと吐き出して緊張をほぐすように目を瞑る。そして腹をくくると、一気にその胸にくすぶる思いを告げた。

「私の腕の中に落ちてきた時から、私は君に目を奪われている。レインリット・メアリエール・オフラハーティ」

 これ以上ないくらいに目を見開いているレインリットに、エドガーはなんてザマだと自嘲する。彼女よりも随分と大人であるはずの自分が、高揚する気持ちを抑えきれずに年下の彼女を困らせてしまっている。何もこんな時にとは思ったものの、エドガーの口は止まってはくれなかった。

「君がメアリでもレインリットでもどちらでもいい。どうやら一目惚れらしいが、私は一目惚れなんて初めてだから自分の気持ちに気づくのが遅れたようだ」

「伯爵様が、私に、一目惚れを」

「ああ、間違いなく。君が好きだ、君を守りたい、君とこの先ずっと一緒にいられたら、と願ってやまないんだ」

 エドガーの突然の告白に、レインリットの緑色の瞳がこぼれ落ちそうになっていた。宝石のようにキラキラと輝くその瞳は、最初に出逢ってた時に見惚れてしまうくらいに美しかった。嫌悪の感情は見られない。ただただ、驚きと、少しの羞恥を伝えてくる瞳に、らしくなく緊張した自分の姿が映っている。一度言ってしまえば何度でも言いたくなり、反応が欲しくて「好きだ」と言うと、その度にレインリットの華奢な身体がびくりと動いた。

「君がまだ大変なことはわかっている。今はこのままでもいい、努力して我慢する。でも、逃すと思ったら大間違いだと覚えておいて……私は諦めが悪い男だからね」
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