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第2章 惹かれ合う二人
28話 妖精と呼ばれた令嬢⑵
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一気に言い終えたレインリットは、ふぅと息をつく。言ってしまった、と思う反面、胸のつかえが取れたような気分になる。もし断られたとしても、嘘を抱えていくよりずっといい。エドガーはというと、信じられないとでも言うように、身を乗り出して彼女を凝視していた。
「レインリット・メアリエール・オフラハーティ。君が、ソランスター伯の娘だって?」
「信じていただけるだけの何かを、今の私は持ち合わせておりません。だから、お知りになりたいことは全てお答えします」
「ソランスター伯は、シャナス公国の西の海軍をまとめる重要な役割を担っているはずだ。そのソランスター伯が亡くなられた……そんな」
「事実なのです。大公様に直訴しようにも、ずっと見張りがついていたので叶いませんでした」
結婚式の日にクロナンの気が緩んだことで、ようやく逃げ出すことができたのは奇跡だった。立地条件がよければ大公の住まう公都へ向かうことも考えたレインリットだったが、流石に山越えはできないとマクマーンを探してエーレグランツへとやってきた。結果的にエドガーに救われることになったのは不幸中の幸いだ。
「メアリ、いや、オフラハーティ伯爵令嬢」
「エドガー様、私のことはレインとお呼びください。家族もそう呼んでおりました」
「レイン……では、戦争で亡くした兄というのは、その、君の兄君が第十七代ソランスター伯の称号を継ぐはずだったのか?」
「はい、兄が生きておりましたら」
「どこの戦場で亡くなられたのか、聞いても?」
「ティルケット砦だったと聞かされました。その戦闘は激しく、亡骸すら戻って来れないほどであった、と」
エドガーが口に手を当て、早口で何かを呟く。銀色の瞳に浮かぶのは涙だろうか。彼のあまりの動揺ぶりに、レインリットも動揺する。
――そういえばエドガー様も、戦争でご友人を亡くされたとおっしゃられていた。
そのことを無理矢理思い出させてしまったのかもしれない。何を言っていいのかわからず、レインリットはおろおろとするばかりだ。ぐっと目頭を押さえ、エドガーが立ち上がる。そして彼女の横まで回ってくると、手を差し出してきた。
「レイン、君に見せたいものがある。私について来てくれ」
反射的に手を乗せたレインリットは、強い力で引っ張り上げられた。エドガーの様子は怒っている風ではない。しかし、彼女の手を引いて歩き始めた彼は、口をひき結んで何も話そうとしなかった。
大広間を抜け二階に上がると、連れてこられたのは書斎と思しき部屋だ。ソランスターの屋敷の書斎とよく似た作りの部屋は整然としていて、本棚には何やら難しい題名の本が並んでいる。
その一つ、抽斗のついた棚の中から何かを取り出したエドガーは、それを手のひらに乗せてレインリットに見せてきた。
「これに見覚えはあるか?」
そこには、金と銀で作られた小さなチャームがあった。金色の小さな人の背中に銀色の羽根が生えた、妖精の形をしたそのチャームに、レインリットは確かに見覚えがあった。
「これは……エドガー様、どうしてこれを?」
震える手を伸ばし、レインリットはそっとチャームに触れる。指先ほどの小さな妖精の隣には、希望を表す文字が彫られた長方形のチャームがついている。
「このチャームは、お兄様が成人なされた時に私がお贈りしたものです。ティーナの工房で作った、世界に一つしかないミァンの妖精なんです」
「そうか、やはり君は……」
チャームを渡してくれたエドガーが、レインリットの手を引いて一人がけのソファに座らせる。彼はその側に立つと、大きく深呼吸をした。
「私も、戦争で友人を亡くしたと言ったね。私と彼は、ソルダニア帝国連合軍としてクリムゾール准将が指揮する重騎兵旅団にいたんだ。彼の名前はファーガル。ファーガル・ノイシュ・オフラハーティ」
レインリットの唇がわなわなと震え出し、それは止まりそうにもなかった。そんなことがあるなんて、と声に出したいのに、言葉が出てこない。彼女はチャームに目を落とす。ファーガル。その名前は、兄のものだった。
「ようやく見つけたよ、彼の幸運の妖精。レインリット」
「レインリット・メアリエール・オフラハーティ。君が、ソランスター伯の娘だって?」
「信じていただけるだけの何かを、今の私は持ち合わせておりません。だから、お知りになりたいことは全てお答えします」
「ソランスター伯は、シャナス公国の西の海軍をまとめる重要な役割を担っているはずだ。そのソランスター伯が亡くなられた……そんな」
「事実なのです。大公様に直訴しようにも、ずっと見張りがついていたので叶いませんでした」
結婚式の日にクロナンの気が緩んだことで、ようやく逃げ出すことができたのは奇跡だった。立地条件がよければ大公の住まう公都へ向かうことも考えたレインリットだったが、流石に山越えはできないとマクマーンを探してエーレグランツへとやってきた。結果的にエドガーに救われることになったのは不幸中の幸いだ。
「メアリ、いや、オフラハーティ伯爵令嬢」
「エドガー様、私のことはレインとお呼びください。家族もそう呼んでおりました」
「レイン……では、戦争で亡くした兄というのは、その、君の兄君が第十七代ソランスター伯の称号を継ぐはずだったのか?」
「はい、兄が生きておりましたら」
「どこの戦場で亡くなられたのか、聞いても?」
「ティルケット砦だったと聞かされました。その戦闘は激しく、亡骸すら戻って来れないほどであった、と」
エドガーが口に手を当て、早口で何かを呟く。銀色の瞳に浮かぶのは涙だろうか。彼のあまりの動揺ぶりに、レインリットも動揺する。
――そういえばエドガー様も、戦争でご友人を亡くされたとおっしゃられていた。
そのことを無理矢理思い出させてしまったのかもしれない。何を言っていいのかわからず、レインリットはおろおろとするばかりだ。ぐっと目頭を押さえ、エドガーが立ち上がる。そして彼女の横まで回ってくると、手を差し出してきた。
「レイン、君に見せたいものがある。私について来てくれ」
反射的に手を乗せたレインリットは、強い力で引っ張り上げられた。エドガーの様子は怒っている風ではない。しかし、彼女の手を引いて歩き始めた彼は、口をひき結んで何も話そうとしなかった。
大広間を抜け二階に上がると、連れてこられたのは書斎と思しき部屋だ。ソランスターの屋敷の書斎とよく似た作りの部屋は整然としていて、本棚には何やら難しい題名の本が並んでいる。
その一つ、抽斗のついた棚の中から何かを取り出したエドガーは、それを手のひらに乗せてレインリットに見せてきた。
「これに見覚えはあるか?」
そこには、金と銀で作られた小さなチャームがあった。金色の小さな人の背中に銀色の羽根が生えた、妖精の形をしたそのチャームに、レインリットは確かに見覚えがあった。
「これは……エドガー様、どうしてこれを?」
震える手を伸ばし、レインリットはそっとチャームに触れる。指先ほどの小さな妖精の隣には、希望を表す文字が彫られた長方形のチャームがついている。
「このチャームは、お兄様が成人なされた時に私がお贈りしたものです。ティーナの工房で作った、世界に一つしかないミァンの妖精なんです」
「そうか、やはり君は……」
チャームを渡してくれたエドガーが、レインリットの手を引いて一人がけのソファに座らせる。彼はその側に立つと、大きく深呼吸をした。
「私も、戦争で友人を亡くしたと言ったね。私と彼は、ソルダニア帝国連合軍としてクリムゾール准将が指揮する重騎兵旅団にいたんだ。彼の名前はファーガル。ファーガル・ノイシュ・オフラハーティ」
レインリットの唇がわなわなと震え出し、それは止まりそうにもなかった。そんなことがあるなんて、と声に出したいのに、言葉が出てこない。彼女はチャームに目を落とす。ファーガル。その名前は、兄のものだった。
「ようやく見つけたよ、彼の幸運の妖精。レインリット」
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