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第2章 惹かれ合う二人
26話 伯爵は自覚する⑶
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恋をしていると言われても、エドガーは自分が認識している恋と、直面している恋の違いに戸惑った。
――恋愛とはもっと洗練されていて、駆け引きを楽しむものではなかったのか。
スケィル・クラブからの帰り道の馬車で、エドガーはマックスに言われたことを考える。
メアリのことは、最初から好ましいと思っていた。木から落ちてきた彼女を受け止めた時の印象が強烈で、大きな緑色の瞳に吸い込まれるかと思ったものだ。少し化粧を施した彼女もまた素晴らしく美しかった。唇にさした控えめな口紅がよく似合っており、伏せた目を縁取る睫毛は、頬に影ができるくらいに長くて……。
――やはり好きなのか……恋愛的な意味合いで。
メアリを思い浮かべることなど容易い。彼女のことは見ていて飽きず、もっと色んな表情を見てみたいと思いさえする。今はきっと自分たちのことで精一杯で、物思いにふける時間が多いが。たまに見せてくれるふわりとした微笑みはもちろん、心からの笑顔を見せてくれたらと思うのだ。
――そのためには、早く元家令を探し出さなければな。
カハル・マクマーンという男は、去年の春に確かに正規の手続きを得てエーレグランツの港から入国していた。妻であるアンとその弟ナイオルの名前もあり、ソルダニア帝国内にいることはほぼ確実だ。そこから他の地方や他国に行った可能性も否定できないが、メアリは確信があるのかエーレグランツだと言っていた。そこでエドガーは、闇雲に探すよりはとシャナス公国の下調べに加えて、部下にエーレグランツの中流階級の者たちが住む地区を探させている最中だ。マクマーンという苗字はリングール系の家名なので、偽名を使って潜伏していない限りさほど時間を割かずとも見つかる算段であった。
メアリに暗い影を落とす原因を取り除くことができた時、彼女はどんな顔を見せてくれるのだろう。シャナス公国に渡り調査を行う合間に、なんとかしなければならならない。その時はメアリたちをどうするのか、エドガーはまだ決めかねていた。エーレグランツの街屋敷に置いていこうか、レイウォルド領の本邸の母親の元に預けようか思案する。
――エーレグランツは危険が多い。どれくらいの期間シャナス公国にいなければならないかわからない現状、母上にお任せする方が安全だろう。
レイウォルド領は他国との境にある豊かな土地だ。エーレグランツに行ったばかりの息子がいきなり女性を連れて帰って来て、後は頼むと言ったら母親はどう思うだろうか。
――駄目だな。ろくに説明もせずに預けるのは心象もよくない……ならば、一緒にシャナス公国に渡るか。
一緒であれば自分が守ってやれる。またメアリであれば、シャナス公国の社交界に妻と装って連れて行くのもいいかもしれない。もしメアリの家を乗っ取ったという男が見つけたら、向こうの方から接触を図ってくるはずだ。それが正面から正々堂々と来るのか、それとも闇討ちのように闇夜に紛れてやってくるのか知れないが。
エドガーは杖をトントンと鳴らして御者に合図を送る。程なくして馬車が止まり、御者台の背面に位置する小窓から御者が顔を覗かせた。
「お呼びでございますか、旦那様」
「ああ、繁華街に行ってくれ。今流行りの菓子類を置いているのはどこだ?」
女性たちへの贈り物など、全部執事のバークレーに手配させて任せっきりにしていたエドガーは、買い物の足として使われる御者に聞いてみる。バークレーから報告はうけていたが、どこの店のどんなものを送ったのか、内容は例のごとくほぼ覚えていなかった。
「この間、マナリューズの店が新しい香茶とそれに合わせたお菓子を出したそうです。バークレーさんが次はそこだと申しておりました」
「なるほど。ではそこへ」
メアリはソルダニア帝国の香茶が気に入っているようだから、お茶に誘って、あの酷い提案を撤回しなければ。ギクシャクしてしまった関係を一度精算しよう、とエドガーは考えた。
――恋愛とはもっと洗練されていて、駆け引きを楽しむものではなかったのか。
スケィル・クラブからの帰り道の馬車で、エドガーはマックスに言われたことを考える。
メアリのことは、最初から好ましいと思っていた。木から落ちてきた彼女を受け止めた時の印象が強烈で、大きな緑色の瞳に吸い込まれるかと思ったものだ。少し化粧を施した彼女もまた素晴らしく美しかった。唇にさした控えめな口紅がよく似合っており、伏せた目を縁取る睫毛は、頬に影ができるくらいに長くて……。
――やはり好きなのか……恋愛的な意味合いで。
メアリを思い浮かべることなど容易い。彼女のことは見ていて飽きず、もっと色んな表情を見てみたいと思いさえする。今はきっと自分たちのことで精一杯で、物思いにふける時間が多いが。たまに見せてくれるふわりとした微笑みはもちろん、心からの笑顔を見せてくれたらと思うのだ。
――そのためには、早く元家令を探し出さなければな。
カハル・マクマーンという男は、去年の春に確かに正規の手続きを得てエーレグランツの港から入国していた。妻であるアンとその弟ナイオルの名前もあり、ソルダニア帝国内にいることはほぼ確実だ。そこから他の地方や他国に行った可能性も否定できないが、メアリは確信があるのかエーレグランツだと言っていた。そこでエドガーは、闇雲に探すよりはとシャナス公国の下調べに加えて、部下にエーレグランツの中流階級の者たちが住む地区を探させている最中だ。マクマーンという苗字はリングール系の家名なので、偽名を使って潜伏していない限りさほど時間を割かずとも見つかる算段であった。
メアリに暗い影を落とす原因を取り除くことができた時、彼女はどんな顔を見せてくれるのだろう。シャナス公国に渡り調査を行う合間に、なんとかしなければならならない。その時はメアリたちをどうするのか、エドガーはまだ決めかねていた。エーレグランツの街屋敷に置いていこうか、レイウォルド領の本邸の母親の元に預けようか思案する。
――エーレグランツは危険が多い。どれくらいの期間シャナス公国にいなければならないかわからない現状、母上にお任せする方が安全だろう。
レイウォルド領は他国との境にある豊かな土地だ。エーレグランツに行ったばかりの息子がいきなり女性を連れて帰って来て、後は頼むと言ったら母親はどう思うだろうか。
――駄目だな。ろくに説明もせずに預けるのは心象もよくない……ならば、一緒にシャナス公国に渡るか。
一緒であれば自分が守ってやれる。またメアリであれば、シャナス公国の社交界に妻と装って連れて行くのもいいかもしれない。もしメアリの家を乗っ取ったという男が見つけたら、向こうの方から接触を図ってくるはずだ。それが正面から正々堂々と来るのか、それとも闇討ちのように闇夜に紛れてやってくるのか知れないが。
エドガーは杖をトントンと鳴らして御者に合図を送る。程なくして馬車が止まり、御者台の背面に位置する小窓から御者が顔を覗かせた。
「お呼びでございますか、旦那様」
「ああ、繁華街に行ってくれ。今流行りの菓子類を置いているのはどこだ?」
女性たちへの贈り物など、全部執事のバークレーに手配させて任せっきりにしていたエドガーは、買い物の足として使われる御者に聞いてみる。バークレーから報告はうけていたが、どこの店のどんなものを送ったのか、内容は例のごとくほぼ覚えていなかった。
「この間、マナリューズの店が新しい香茶とそれに合わせたお菓子を出したそうです。バークレーさんが次はそこだと申しておりました」
「なるほど。ではそこへ」
メアリはソルダニア帝国の香茶が気に入っているようだから、お茶に誘って、あの酷い提案を撤回しなければ。ギクシャクしてしまった関係を一度精算しよう、とエドガーは考えた。
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