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第一部 異世界アーステイル編

29 忘れていたもの

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 思ったよりも結果はすぐに出た。
 世界は広しと言えど、空から探せば難しい話では無かったみたいだな。
 ……とは言えあくまで見つけただけ。そう見つけただけだ。

「すぐそこに見えるのに何も出来ないのはなぁ……いくらなんでもぬか喜びが過ぎるって言うか」
「触ったりとかも出来なかったんですか?」

 クリムゾンもこの話には興味があるようで、なかなかぐいぐいと質問してくる。

「まるで映像が空気中に投影されているみたいに、触っても手がすり抜けてしまうんだよ。体ごと通り抜けようとしても同じくそのまま素通りするだけだった」
「となるとそこから元の世界に……みたいなのは無理そうですね」

 俺の話を聞いて彼女は目に見えて残念そうな表情を浮かべていた。まあそうもなるだろう。あと一歩で元の世界に帰るための方法に辿り着きそうなのだ。
 誰だってそうなるし、俺もさっきまではそうなっていた。

「それじゃあ俺はこの辺で」
「あら、もう帰っちゃうんですか?」

 もう夜も遅いし、いつまでもここにいたらクリムゾンの迷惑になるだろう。
 そう考えて店を出ようとしたのだが……。

「うぉっ」
「……」

 突然背後から抱き着かれてしまった。
 一体何事だ?

「……クリムゾン?」
「この世界に来てから色々とありましたけど、ここまでやってこれたのはHARUさんのおかげなんです」
「それは……どうも。でもどうして急にそんなことを」
「このままだと、HARUさんが急にいなくなっちゃいそうで不安で……」

 クリムゾンの泣きそうな声が聞こえてくる。
 ……そうか、そうだったんだな。いなくっちゃいそうだったのは彼女の方じゃない。俺が、彼女の前から消えてしまいそうだったんだ。
 
 心の奥底でそれを願ってしまっていた。もう何もかもを投げ捨てて終わってもいいとさえ思っていた。
 いつからかこの世界にも元の世界にも興味を失ってしまっていたし、ただただ意味も無く生き続けていた。そのせいで気づかない内に精神が削れていたんだ。
 けど彼女は違った。今でも、今までも、元の世界へ戻れる可能性を決して捨てなかった。いつ死んでもいいとさえ思っていた俺とは大違いだ。

「……ごめん」

 そんな彼女を残して消える?
 出来るわけが無いだろそんなこと。

 帰るんだ俺たちは。元の世界へ。

「俺は絶対にクリムゾンの前から消えたりしないから安心してくれ」
「約束ですよ?」
 
 彼女は小指を前に出してくる。なんだか凄く懐かしい気がするな。

「はい、指切った。これで嘘ついたら針千本の刑ですからね?」 

 久々に見たクリムゾンの笑顔。こんなにも輝いていただろうか。
 いや俺の精神がすさんでいただけか。この世界は俺が思っている異常に、輝いているんだ。

「ではひと段落付いたので……その、少し良いですか?」
「え、良いって何を……て、あっあのクリムゾンさん!?」

 クリムゾンは再び俺に強く抱き着いてきた。それもついさっきされたようなものとは違う、こう何と言うかいけない風味を感じる抱き着き方と息の荒さがある。

「私、しばらくの間RIZEちゃんと暮らしていて気付いたんです。幼女は……抱き心地が良いと」
「な、何を言って……というか一緒に寝ているんですね」
「ん~やっぱり女の子は柔らかくて抱き心地が良いですね」

 先ほどまでのしんみりとした雰囲気はどこへやら。クリムゾンの表情は緩み、その手の動きは完全にアウトなそれだ。
 彼女はかなりまともだと思っていた。いや実際まともだったのだろうこの世界に来た時は。
 きっと環境が変わってしまったことによる色々なストレスが彼女を変えてしまったのだ。

「あ、あの……一応俺は男なので……」
「私は気にしませんよ。今はこんなに可愛い女の子ですし」
「お、俺が気にしますから!! ぁぁっ、駄目ですそこは!」

 ……結局、一晩中好きにされてしまった。
 初めての女性との添い寝は抱き枕代わりとしてでした。と、人生のアチーブメントがまた一つ解放されたな。
 幸い彼女が狂っていたおかげで恥ずかしさとかそう言うのは無かったな。いや俺自身が変わって行っているだけかもしれないが。 

「……昨晩はすみませんでした」
「いえいえ、特に実害とかは無いし大丈夫だ」

 一晩経ってシラフ……というかまあ正常に戻った彼女は開口一番謝罪してきた。ヤバい行為である自覚はあったらしい。

「色々と安心して緊張の糸が切れちゃったと言いますか、HARUさんがあまりにも可愛らしくて思いを止められなかったと言いますか」
「可愛らしい……ね。誉め言葉として受け取っておくよ」

 こっちに来たばかりの頃はかなりの恥ずかしさもあった女の子扱いだが、だんだん慣れて来てはいるんだ。
 流石に二つ名ともなると別の恥ずかしさも出てくるのだが。

「じゃ、じゃあ俺は昨日に続いて手がかりを探してみるのでこれで……」
「では行ってらっしゃいのハグをしましょう」
「ハグ……まあそれくらいなら」

 俺がそう言うと彼女はぎゅっと抱き着いてきた。昨日はいきなりのことで気づかなかったが、今では彼女の体温が、息が、肌の柔らかさが、直に感じられてしまう。
 ……いつしか忘れてしまっていた男としての心が息を吹き返していく気がする。
 キャラメイクで作られた容姿である彼女もまたとてつもない美女だ。整った顔に美しい髪。そして程よい肉付きの体。どうしても視線が……。

 って違う違うクリムゾンとはそう言う関係では無いんだ。
 とはいうものの、考えてしまう。客観的に見て今の俺と彼女の関係は完全にそういうのだろうと。
 少女を連れた一人の女性の元に夜な夜な通う……少女。そうだ今の俺は少女だった。
 じゃあ……問題ないか。いや別の意味で問題あるだろ。

「……HARUさん?」
「ぅぁっ、あっ何でも無いです……!?」
「えっと、HARUさんがその気なら私は……」

 クリムゾンはそう言うと、頬を染めながら胸元のボタンを外し始めてしまった。
 なんてことだ視線に気付かれていたのか!?
 だ、駄目だそれは……いくら体が女の子と言えど俺の中身は男!
 そう言う関係性で無い男女がそんな不純異性交遊を……いや、彼女がその気なら俺もあれだし、純異性交遊……なのか?
 
 いやいやそんなことを考えている場合じゃねえ。このままだと超えてはいけない一線を……!

「ちが、違うんです忘れてください!」
「あら、そうなのですか? ふふっ、すみません少しイタズラしたくなってしまって」

 良かった冗談だったのか。いや良くはないけども。

「では改めて、行ってらっしゃいHARUさん」
「……ふぅ、行ってきます」

 色々とあったが、いつもと同じように店を出る。
 しかし何かがいつもとは違う。何というか清々しい雰囲気と言うべきか。
 心の中にあったモヤモヤが晴れたかのようないい気分だ。どこかの人の言葉を借りるなら、新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝のよーに、と言った感じかな。

 よし、この勢いのまま新たな手掛かりを見つけてやろうじゃないか。
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