1 / 5
第1話 想い出の花を冠に
しおりを挟む
「おはよう召使いさん! 」
「おはようございます、お嬢様 」
---最近お屋敷にいるのが楽しい。
私、天音 鈴はいわゆる箱入り娘で、幼い頃にお母様を亡くし、お父様は大手製薬会社、天音製薬の社長を務めているためいつも帰りは遅い。その上お父様はとても過保護で、一人で家から出てはダメだという。
つまり今まで長い時間を広いお屋敷の中、ひとりぼっちで過ごしていたのだ。幸いにもお父様の書斎には本がたくさんあったし時間を持て余すことはなかった。
けれど、やはり寂しかったのだ。1人布団に潜り毎晩毎晩泣いていた。しかしお父様も心配させるわけにもいかず、表向きは元気に振る舞った。流す涙の量は日に日に増えていったのだが。
そんなある日、お父様が1人の和服を装った女性をお屋敷に連れてきた。
「彼女は今日からここで働いてもらうことになった。仲良くしてやってくれ 」
年は私より3歳ほど年上だろうか。長い艶やかな黒髪が陶器のような白い肌に映え、とても凛とした瞳をもった、大人びた雰囲気の美人さんだった。ヤマトナデシコ、という言葉を形にすると彼女になるのだろう。
そして私と目が会うと、彼女は人懐っこそうな笑みを浮かべた。
「はじめましてお嬢様。これからしばらくの間、よろしくお願い致します 」
その日から私の世界の全てが、毎日が楽しく変わったのだ。
「お嬢様、お皿を洗うのでしたら私にお任せください。これでも召使いとして雇われていますので 」
「大丈夫よ、これくらい!お父様に家事ぐらいできるようになれって言われて毎日頑張っているんだから 」
「お嬢様、...大変申し上げにくいのですが...その... 」
「なぁに?気になるじゃなキャァァァ 」
鈴の悲鳴とともに、パリンッと鋭く皿が割れる音が屋敷に響いた。
「...本日10枚目でございます。お怪我はありませんか? 」
「...ごめんなさい、元気です 」
召使いの彼女はため息をつきながら持っていた箒で鈴の周囲に散らばった破片を掃除した。
どうやら私はとても不器用らしい。お父様もいつも仕事から帰って来るなり、「今日は何枚葬ったんだ? 」と言われるくらいだし。
...ちなみにその後、私がいつも1時間かけて(破壊しながら)終わらせてる量のお皿を、召使いさんはわずか5分で(当然一枚の犠牲も出さずに)完璧に洗い終えてしまったのだった。
それから数日後、雨が多いこの街では珍しく雲ひとつない青空が広がったいい天気になった。
私は勇気を振り絞って、召使いさんに話しかけた。
「ねぇ召使いさん、一緒にお花を摘みに行きましょう! 」
今まで友達はできたことがなく、このように人を誘うのに緊張してやや語尾が強くなってしまった。召使いさんは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつものように優しい顔で微笑んで言った。
「かしこまりました、お嬢様 」
天音家の屋敷の庭園はいわゆる世間では『ハイカラ』と呼ばれているものだった。煉瓦造りの花壇には多数の花が色彩豊かに植えられており、そしてその花壇の奥には鯉池もある広場があり、タンポポやシロツメクサなどが生息している。
「ここよ、召使いさん! 」
「まぁ、素敵なお花畑でございますね。...おや、この花は 」
召使いさんは白いふわふわした花を一本摘んだ。
「そのお花はね、シロツメクサって言うのよ。気に入ってくれたかしら? 」
召使いさんはシロツメクサを見つめたままどこか懐かしむように語り始めた。
「えぇ、私の育った場所にもたくさん咲いていましたが名前までは知りませんでした。よくご存じでしたね 」
「お父様の書斎に植物の図鑑があったから、何度も読んだのよ 」
「シロツメクサ、でございますか。可愛らしい名前でございますね 」
召使いさんの顔が綻んでいるのがわかる。きっと彼女にとって特別な花なのだろう。
「ところでお嬢様は冠はお作りになられるのですか? 」
召使いさんが尋ねてきた。
「カンムリ?金属はここには無いと思うのだけれど 」
「...わかりました。少々お待ちを 」
そういうと彼女は長めのシロツメクサを何本か摘んで、器用に巻き付け始めた。
数分後、召使いさんの手には見事な花の輪、花の冠が握られていた。
「わぁ!!すごいわ!!! 」
思わず子供のような声が出てしまった。はしゃぐ私を見て召使いさんも嬉しそうに微笑んだ。
「さぁお嬢様、屈んでくださいませ 」
私が屈むと召使いさんは冠を頭に乗せてくれた。その時、私は今までに感じたことのないなにか温かいものを感じた。
「ありがとう、召使いさん!一生大切にするわね 」
満面の笑みでそう答えると召使いさんは少し赤面していた。
「ねぇ、私にも作り方教えて!私もあなたにプレゼントしたいわ 」
「.....! ありがとうございます。もちろんですよ、お嬢様 」
そう言って召使いさんの見よう見まねでシロツメクサを集めて、絡み付けていった。
数分後、私の手には見事な花のワラ人形が握り締められていた。
「...ごめんなさい、わたし不器用みたい 」
「...は、はぁそれは存じておりましたが... 」
最早不器用というレベルではなかった。
「...これではあなたにプレゼントできないわね... 」
私がしゅんとしていると召使いさんは笑顔でとんでもない、と首を振った。
「お嬢様、私はそのお心使いだけでも十分満たされております。どうかその可愛らしい人形をいただけませんか? 」
「...いいの? 」
「構いません。一生大切に致します 」
そして花のワラ人形を手渡すと、彼女は本当に嬉しそうな笑顔になった。
『あぁ、この楽しい時間がずっと続けばいいのに 』そう強く思った。
その後も庭園の広場で、日が沈むまでたわいもないおしゃべりをして過ごした。
「おはようございます、お嬢様 」
---最近お屋敷にいるのが楽しい。
私、天音 鈴はいわゆる箱入り娘で、幼い頃にお母様を亡くし、お父様は大手製薬会社、天音製薬の社長を務めているためいつも帰りは遅い。その上お父様はとても過保護で、一人で家から出てはダメだという。
つまり今まで長い時間を広いお屋敷の中、ひとりぼっちで過ごしていたのだ。幸いにもお父様の書斎には本がたくさんあったし時間を持て余すことはなかった。
けれど、やはり寂しかったのだ。1人布団に潜り毎晩毎晩泣いていた。しかしお父様も心配させるわけにもいかず、表向きは元気に振る舞った。流す涙の量は日に日に増えていったのだが。
そんなある日、お父様が1人の和服を装った女性をお屋敷に連れてきた。
「彼女は今日からここで働いてもらうことになった。仲良くしてやってくれ 」
年は私より3歳ほど年上だろうか。長い艶やかな黒髪が陶器のような白い肌に映え、とても凛とした瞳をもった、大人びた雰囲気の美人さんだった。ヤマトナデシコ、という言葉を形にすると彼女になるのだろう。
そして私と目が会うと、彼女は人懐っこそうな笑みを浮かべた。
「はじめましてお嬢様。これからしばらくの間、よろしくお願い致します 」
その日から私の世界の全てが、毎日が楽しく変わったのだ。
「お嬢様、お皿を洗うのでしたら私にお任せください。これでも召使いとして雇われていますので 」
「大丈夫よ、これくらい!お父様に家事ぐらいできるようになれって言われて毎日頑張っているんだから 」
「お嬢様、...大変申し上げにくいのですが...その... 」
「なぁに?気になるじゃなキャァァァ 」
鈴の悲鳴とともに、パリンッと鋭く皿が割れる音が屋敷に響いた。
「...本日10枚目でございます。お怪我はありませんか? 」
「...ごめんなさい、元気です 」
召使いの彼女はため息をつきながら持っていた箒で鈴の周囲に散らばった破片を掃除した。
どうやら私はとても不器用らしい。お父様もいつも仕事から帰って来るなり、「今日は何枚葬ったんだ? 」と言われるくらいだし。
...ちなみにその後、私がいつも1時間かけて(破壊しながら)終わらせてる量のお皿を、召使いさんはわずか5分で(当然一枚の犠牲も出さずに)完璧に洗い終えてしまったのだった。
それから数日後、雨が多いこの街では珍しく雲ひとつない青空が広がったいい天気になった。
私は勇気を振り絞って、召使いさんに話しかけた。
「ねぇ召使いさん、一緒にお花を摘みに行きましょう! 」
今まで友達はできたことがなく、このように人を誘うのに緊張してやや語尾が強くなってしまった。召使いさんは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつものように優しい顔で微笑んで言った。
「かしこまりました、お嬢様 」
天音家の屋敷の庭園はいわゆる世間では『ハイカラ』と呼ばれているものだった。煉瓦造りの花壇には多数の花が色彩豊かに植えられており、そしてその花壇の奥には鯉池もある広場があり、タンポポやシロツメクサなどが生息している。
「ここよ、召使いさん! 」
「まぁ、素敵なお花畑でございますね。...おや、この花は 」
召使いさんは白いふわふわした花を一本摘んだ。
「そのお花はね、シロツメクサって言うのよ。気に入ってくれたかしら? 」
召使いさんはシロツメクサを見つめたままどこか懐かしむように語り始めた。
「えぇ、私の育った場所にもたくさん咲いていましたが名前までは知りませんでした。よくご存じでしたね 」
「お父様の書斎に植物の図鑑があったから、何度も読んだのよ 」
「シロツメクサ、でございますか。可愛らしい名前でございますね 」
召使いさんの顔が綻んでいるのがわかる。きっと彼女にとって特別な花なのだろう。
「ところでお嬢様は冠はお作りになられるのですか? 」
召使いさんが尋ねてきた。
「カンムリ?金属はここには無いと思うのだけれど 」
「...わかりました。少々お待ちを 」
そういうと彼女は長めのシロツメクサを何本か摘んで、器用に巻き付け始めた。
数分後、召使いさんの手には見事な花の輪、花の冠が握られていた。
「わぁ!!すごいわ!!! 」
思わず子供のような声が出てしまった。はしゃぐ私を見て召使いさんも嬉しそうに微笑んだ。
「さぁお嬢様、屈んでくださいませ 」
私が屈むと召使いさんは冠を頭に乗せてくれた。その時、私は今までに感じたことのないなにか温かいものを感じた。
「ありがとう、召使いさん!一生大切にするわね 」
満面の笑みでそう答えると召使いさんは少し赤面していた。
「ねぇ、私にも作り方教えて!私もあなたにプレゼントしたいわ 」
「.....! ありがとうございます。もちろんですよ、お嬢様 」
そう言って召使いさんの見よう見まねでシロツメクサを集めて、絡み付けていった。
数分後、私の手には見事な花のワラ人形が握り締められていた。
「...ごめんなさい、わたし不器用みたい 」
「...は、はぁそれは存じておりましたが... 」
最早不器用というレベルではなかった。
「...これではあなたにプレゼントできないわね... 」
私がしゅんとしていると召使いさんは笑顔でとんでもない、と首を振った。
「お嬢様、私はそのお心使いだけでも十分満たされております。どうかその可愛らしい人形をいただけませんか? 」
「...いいの? 」
「構いません。一生大切に致します 」
そして花のワラ人形を手渡すと、彼女は本当に嬉しそうな笑顔になった。
『あぁ、この楽しい時間がずっと続けばいいのに 』そう強く思った。
その後も庭園の広場で、日が沈むまでたわいもないおしゃべりをして過ごした。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】冥界のイケメンたちとお仕事することにすることになりました。
キツナ月。
キャラ文芸
☆キャラ文芸大賞 エントリー☆
現世で就活に失敗した女子大生が冥界に就職!?
上司は平安時代に実在した歴史上の人物、小野篁(おののたかむら)。
冥界にて七日ごとに亡者を裁く「十王」の他、冥界の皆さんを全員クセのあるイケメンにしてみました。
今回は少しずつの登場ですが、いずれシリーズ化して個性豊かな冥界のイケメンたちを描いていけたらいいなと思っています!
十王の中には閻魔さまもいますよ〜♫
♡十王の皆さま♡
罰当たりでごめんなさい。
地獄に落とさないでください。
※読者の皆さま※
ご覧いただいてありがとうございます。
このお話はフィクションです。
死んだらどうなるかは誰にも分かりません。
死後の世界は、本作みたいに楽しくはないはず。
絶対に足を踏み入れないでください……!
大嫌いは恋の始まり
氷室ユリ
キャラ文芸
この人だけはあり得ない!そう思っていたのに………。いつも私を振り回す〝普通〟の感情が分からない男。数々のトラブルを乗り越えた先に待っていたのは?笑いあり、怒りあり、涙ありの、ちょっとだけダークなストーリー。恋愛はもちろん、兄妹愛、師弟愛、親子愛、たくさんの愛が詰まってます!読み返しててギョッ……私ってば、どんだけ悲劇のヒロイン!?
※内容は全てフィクションです。
※「小説家になろう」でも公開中ですが、こちらは加筆・修正を加えています。
※こちらは続編がございます。別タイトルとなっておりますのでご注意ください。
予知部と弱気な新入生
小森 輝
キャラ文芸
山に囲まれ自然豊かな高校『糸山高校』に入学した弱気な少女『白山秋葉』は部活選びで奇妙な部活『予知部』というのに興味を引かれてしまう。そこで見た物は、古い本の山と変な先輩『愛仙七郎』そして不思議な体験の数々だった。
感想やお気に入り登録、お待ちしています!してくれると、モチベーションがかなり上がります!
Hip Trap Network[ヒップ トラップ ネットワーク]~楽園23~
志賀雅基
キャラ文芸
◆流行りに敏感なのは悪くない/喩え真っ先に罠に掛かっても◆
惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart23[全64話]
ボディジェムなる腕に宝石を埋めるファッションが流行。同時に完全電子マネー社会で偽クレジットが横行する。そこで片腕を奪われる連続殺人が発生、犯人はボディジェムが目的で腕を奪ったと推測したシドとハイファ。予測は的中し『ジェム付属の素子が偽クレジットの要因』とした別室命令で二人は他星系に飛ぶ。そこは巨大な一企業が全てを支配する社会だった。
▼▼▼
【シリーズ中、何処からでもどうぞ】
【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】
【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】
おんぼろ寺の黄泉川さん~三途の川の守り人~
小牧タミ
キャラ文芸
彼氏にフラれ家を追い出された悠香(はるか)は、母親の勧めで親戚が営んでいるという旅館に赴いた。
心と体を癒そうとわくわくしながら向うが、
悠香を待っていたのは、ぼろぼろの何ともいえぬ廃寺だった。しかも悠香を迎えたのは超絶美形だが愛想の欠片もない男性だった……。
世界亜夜~魂の街で夜獣を狩れ!
一陽吉
キャラ文芸
人々の精神が住む夜だけの街、世界夜。
そこで野八彩は負の感情でできた魔物・夜獣と戦い神貨を稼ぐ。
すべては現実世界へ帰り、家族との日常を取り戻すため。
舞台イメージは岩手県盛岡市。
今宵も彩は魔法を撃つための銃、スピールを手に世界夜で戦い続ける。
イラストは寝娘さまに描いていただきました。
郷土料理女子は蝦夷神様をつなぎたい
松藤かるり
キャラ文芸
お客様は蝦夷の神様!?
北海道ならではマニアック郷土料理で、人と蝦夷神様の想いをつなぐご飯。
北の大地に、神様がいるとして。
自然のあらゆるものに魂が存在すると伝えられ、想いの力から誕生した蝦夷神様。その足跡は北海道の各地に残っている。
だが伝承を知る者は減り、蝦夷神様を想う人々は減っていた。
北海道オホーツク沿岸の町で生まれ育った鈴野原咲空は札幌にいた。上京資金を貯めるためバイトを探すも、なかなか見つからない。
そんな矢先『ソラヤ』の求人広告を見つけ、なんとか店まで辿り着くも、その店にやってくるお客様はイケメンの皮をかぶった蝦夷神様だった。
理解を超える蝦夷神様に満足してもらうため咲空が選んだ手段は――郷土料理だった。
さらには店主アオイに振り回され、札幌を飛び出してオホーツク紋別市や道南せたな町に出張。
田舎嫌いの原因となった父とのわだかまりや、今にも人間を滅ぼしたい過激派蝦夷神様。さらには海の異変も起きていて――様々な問題起こる中、咲空のご飯は想いをつなぐことができるのか。
・一日3回更新(9時、15時、21時)
・1月20日21時更新分で完結予定
***
*鈴野原 咲空(すずのはら さくら)
本作の主人公。20歳。北海道紋別市出身
*アオイ
ソラヤの店主。変わり者
*白楽 玖琉(はくら くる)
咲空の友人
*山田(やまだ)
Ep1にて登場。蝦夷神様
*鈴木(すずき)
Ep2にて登場。蝦夷……?
*井上(いのうえ)
Ep3にて登場。蝦夷神様の使い
*磯野(いその)
Ep3にて登場。蝦夷神様
*鈴野原 ミサキ(すずのはら みさき)
咲空の母。北海道せたな町出身
転校生は朝ドラ女優!?
小暮悠斗
キャラ文芸
若者に絶大な人気を誇る若手女優――新田結衣には夢があった。
普通の生活がしてみたい。国民的女優の仲間入りを果たしつつある彼女に普通の生活など送れるはずもなく、多忙な日々を送っていた。そんな中、結衣は周囲を巻き込み自分の夢をかなえる手段を思いつく。
問題は山積みのまま。
朝ドラ女優の二重生活が幕を開ける!!
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
小説サイト「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる