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桜とおじいちゃん

第172話 茂雄、稽古をつける

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 おじいさんたちがお茶とお菓子の用意を終えて、みんなでフレンド交換をしながらワイワイしていると、茂雄が大谷に付き添われてG区画の家にやってきた。

 イリューシュは茂雄と大谷に家に入る権限を付与すると、桜の木の下にロッキングチェアを出現させた。

 そして茂雄を招き入れると、茂雄に言った。

「ようこそ私たちの家へ。どうぞお掛けください。この椅子は茂雄さんの椅子として使ってくださいね」

「こんなに素晴らしい場所に……。良いのでしょうか……」

「ええ。いつでもここへいらして桜を楽しんでください」

「う……」

 すると茂雄は突然涙を流した。

「申し訳ございません。こんなに良くして頂いて……」

 するとアカネが笑顔で走ってきて茂雄に言った。

「じいちゃん、これ食べてよ! とっても美味うまいんだよ!」

 そう言うと、アカネは茂雄にプレミアム・ドラゴン大福を手渡した。

「ありがとう、お嬢さん」

「あたし、アカネだよ。よろしくね」

「あぁ、ありがとうアカネさん。わたしは茂雄です」

「ははは、知ってるよ。じゃあ、しげじぃって呼ぶね」

「ありがとうございます、あだ名を付けてもらったのは何十年ぶりでしょうか」

 茂雄は嬉しそうにすると、めぐが慌ててやってきてアカネに言った。

「ちょっとアカネ、急に失礼だよ」

「え? なんで?」

 めぐはアカネをたしなめると茂雄に挨拶をした。

「茂雄さん改めまして。わたし、めぐです」

「あ、めぐさんですね。茂雄です。宜しくお願いします」

「茂雄さん、アカネが失礼なことを言ってすみません」

「いえいえ、めぐさん。僕はアカネさんにあだ名を付けてもらって、とても嬉しいんです」

「え、そ、そうですか……」

 すると突然社長と話していたタマシリが大声を上げた。

「Wow!! Is it true, CEO!? It's amazing!! (ええっ! 社長、本当ですか!? すごい!)」

 それを聞いた黒猫はイリューシュの家全体に翻訳魔法ほんやくまほうをかけた。

 タマシリは茂雄の所へ行くとひざいて頭を下げた。

「シゲオさん、あなたは伝説のボクサー、シゲオ・オオサワですね」

「え? あ、ははは。そんな伝説だなんて……」

「わたしはタマシリといいます。あなたの右フックは凄かった。右フックを食らったら最後、誰一人立ち上がる者は居なかった」

「え、あ、ははは」

 茂雄は恥ずかしそうに頭をくと、タマシリは続けた。

「その世界チャンピオンの右フック、教えて頂けませんか!」

「「「ええっ!!」」」

 みんなが世界チャンピオンという言葉に一斉に驚くと、茂雄は恥ずかしそうに下を向いた。

 アカネはそれを聞くと嬉しそうに茂雄に尋ねた。

「茂じぃ! 世界チャンピオンだったの?」

「え、あ、はい。ですが何十年も前の話ですよ」

「すげー! 熊じぃと同じマンションに住んでるんでしょ。そのマンションやばいな!」

 大熊笹はそれを聞くと、アカネの所へやってきて言った。

「はっはっは。茂雄さんは私よりも凄いんだよ。3階級の体重で世界チャンピオンになったんだ」

「え? 3階級で!? 茂じぃ、すごいね!」

 すると、めぐがアカネのえりの後ろをつかんで引っ張った。

「ちょっとアカネ、いまタマシリさんがお話ししてるでしょ」

「え、あ、そ、そうか。ごめんねタマちゃん」

「ははは、気にしないでアカネさん。素敵な笑顔で話していたから、わたしも楽しく聞いていたよ」

「まじ!? 笑顔が素敵?」

 ボフッ!

「いてっ!」

 めぐはアカネの脇腹に「めぐ小パンチ」を食らわせるとアカネを引きずっていった。

 すると茂雄は笑顔になりながらタマシリに言った。

「ええと、タマシリさん。では、まずは、ぼくの右フックを味わってみますか」

「は、はい! 良いんですか?」

「ははは。こんな老いぼれですが、この世界では若い頃のように体が動きますので」

 それを聞いたイリューシュは茂雄とタマシリに言った。

「『格闘リング』と『グローブセット』がありますけれど、お使いになりますか?」

「はい、おねがいします」
「リングですか?」

 茂雄が不思議そうな顔をすると、イリューシュが説明した。

「通常は町や村の中では戦闘ができないのですが、格闘リングの上では町の外と同じように戦闘ができるんです」

 イリューシュはそう言うと、庭の端に格闘リングを出現させた。

 ボワン!

「「おおーー!」」

「リングの中では対戦者のステータスが平等に調整されて実力だけで戦えます。それに倒されても無傷ですから安全に戦えます」

「なるほど、実力で戦えるのですね」

 茂雄はイリューシュの話をだいたい理解すると、タマシリとお互いに一礼し、そしてリングに一礼してリングの中に入っていった。

 2人はリングに上がると、2人の頭の上には名前とHPが表示された。

 するとみんなは興味津々きょうみしんしんでリングの周りに集まってきた。

 2人がグローブをつけてリングの上でウォーミングアップを始めると、アカネはリングのはしに飛び乗ってアナウンスを始めた。

「さぁー、始まりました! ボクシング対ムエタイ! 世紀の一戦です!」

「「おおーー!!」」

 パチパチパチパチ!

 めぐはアカネを止めようとしたが、みんなが盛り上がっているのでしばらく様子を見る事にした。

「赤コーナー! 3階級制覇の元世界チャンピオン、茂じぃーー!!」

「「「おおーー!!」」」

 パチパチパチパチ!

 茂雄は静かに頭を下げた。

「青コーナー! 笑顔の挑戦者。タマシリー!!」

「「「おおーー!!」」」

 パチパチパチパチ!

 タマシリは両手を合わせると笑顔で頭を下げた。

 茂雄とタマシリがファイティングポーズをとって中央で近づくと、アカネが試合開始を宣言した。

「では、いくよー! 試合開始!!」

 パチッ

 2人はグローブを軽く当てて挨拶を交わすと、タマシリは素早く踏み込んで渾身の右ストレートを放った。

 ブワッ!!

「シュッ!」

 しかしその瞬間、タマシリの視界から茂雄が消えた。

「!?」

 ズバン!!!

「うっ!」

 なんと、タマシリの視野の外から恐ろしい速さで茂雄の右フックが放たれ、一瞬でタマシリの顔面をとらえていた。

 キュキュッ!

 タマシリは即座に体勢を整えたが、追い打ちをかけるように茂雄のボディブローが炸裂した。

 ドスッ!!

「ぐっ」

 茂雄はさらに恐ろしい速さの右ストレートを繰り出すと、タマシリはたまらず後ろへ下がった。

「「おおーー!!」」

 茂雄は背中を丸めてガードを固めながらタマシリに言った。

「ぼくの右フック、いかがでしたか?」

「すばらしい……、何も見えなかった……」

 タマシリは呼吸を整えると、ゆっくりとガードを固めた。

 しかし、タマシリが警戒して茂雄との距離を詰められずにいると、茂雄がタマシリに言った。

「あなたはキックボクサーですね。キックを使っても大丈夫ですよ」

「シゲオさん、でもそれでは……」

「大丈夫です。かかってきてください」

 茂雄が笑顔になるとアカネは嬉しそうにアナウンスした。

「おおっと! 茂じぃがタマちゃんにキックをゆるしたー! タマちゃんの本気が出るよー!」

「「「わーー!!」」」

 みんなが盛り上がると、タマシリはわきを緩めてわずかに重心を後ろへ移し、ファイティングポーズを変えた。

「あぁぁあああい!」

 タマシリは素早くボクサーが苦手とされているローキックを放つと、茂雄は一瞬で前に踏み込んでタマシリに体を密着させた。

「!!!」

 タマシリは逃げ場を失って咄嗟とっさに下がったが、その瞬間、茂雄の強烈なボディブローが炸裂した。

 ドスン!!

「うぐっ!」

「待って待って!! ストップ! ストーップ!!」

 アカネが慌てて止めに入ると、なんとタマシリのHPは1/4を切っていた。

 タマシリは事態じたい把握はあくして両手を合わせると、茂雄に深々と頭を下げた。

 アカネはリングの中に入ると、茂雄の右腕を上げた。

「勝者ー! 茂じぃーー!!」

「「「わーーー!!!」」」

 茂雄とタマシリはグローブを外して握手をすると、見ていたみんなは大盛りあがりで拍手をした。
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