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ライバル→その先
第2話 こんなハズじゃ…
しおりを挟む「おっはよーございます」
久しぶりの1日内勤日。スケジュールで、理沙子も同じく内勤だと知っているので、機嫌よく部内に挨拶をして回る。
また木崎にストーカーだなんだと言われそうだが、最早慣れっこだ。別に部内でスケジュールは見られるようになっているのだし、全く問題はない、はず、だよな。
「おはよ」
ぶすっとした顔で理沙子が挨拶を返してきた。
「……なんだよ?朝から機嫌悪いな。」
「ちょっと、あんま近づかないでよ。今、あんたと色々話してると視線がうるさいんだから。」
「何それ。」
「あんた感じないの?あんたをちらちら見てる視線。」
そういえばこないだから、なんかやたらと誰かと目が合うような気はするが。
「まさか、ヤキモチだったりして?」
「んなわけあるか。さっさと仕事しろ。」
理沙子ははぁっとため息をついて席を立つ。
「どこ行くの?」
「朝からにやけた顔見て腹が立ったから、コーヒーでも買ってくる。」
「待てよ、なんかおごっちゃる。」
慌てて鞄を置いて理沙子をおいかけると、理沙子が眉をしかめた。
「はぁー?あんたにおごられる筋合いないんですけど。」
「いやいや、たまにはいいじゃん。」
「そんなこと言ってあとで倍返しさせんでしょ?」
「酷いな、俺はそんなことしないって。」
そんな軽口の応酬が楽しくて仕方がない。
だから、俺はその視線の意味にも気が付かなかったんだ。
***
「樹先輩、お昼一緒にいかがですか?」
昼過ぎ、違う課からゆるふわちゃんが現れた瞬間、部内に衝撃が走った。
「……え、俺?」
「はい、よかったら、と思って」
頬を染めて俯くゆるふわちゃんは文句なしに可愛い。可愛い、が、しかし。
「あ、いや……俺、まだ仕事残ってるから、ごめん。」
「そうですか……また、誘ってもいいですか?」
駄目だともいえず、あ、うん、とかなんとか曖昧な返事をして、俺は茫然とした。一体何が起こっているんだ、これは。
「おい、樹、どうなってんだよ。」
慌てて先輩がこちらににじりよる。
「どうもこうも……」
興味ないし、と言おうとして隣の理沙子が視界に入る
そう、そうだ、ここは他にも女の子はいるよ、アピールだ。
気づけ、気づけ、理沙子…!
「そ、そうなんだよなぁ、まいっちゃうよな。すげーかわいい子、だし。」
ちらっと視線をやるが、興味がないのか、ちらともこちらを見てくれるそぶりがない。
「……っ、岡は、どう思う?」
あ、こいつ自分で言った、馬鹿。周りの視線が痛い。
「そんなのあんたが決めることでしょ。ってか、周りに言いふらすのやめな。女の子にすごい失礼。ついでに今、まだ仕事中だから。」
「…………そうっすね。」
正論にそれ以上何も言えず、俺はがっくりと肩を落とした。
「樹、げきちーん」
周りが冷やかす声ももはや耳に入らなかった。
「俺……飲み物買ってくる……」
***
「なぁんで、こうなるんだよぉ……」
飲み屋で机に突っ伏し俺はしくしくと泣いた。
「お前が職場恋愛ありとか言うからだろ。」
冷ややかな声で木崎が言った。
「うぅ……でも、それは岡限定であって……」
「んなの、他の女どもに伝わるかっての。」
あ、ビールお願いします、と木崎が追加注文をする。
「…しかも、好みのタイプ、不器用でも仕事熱心、だっけか?んなの、いくらでもいるだろ。」
「尾瀬から聞いたのかよ?」
「聞いたけど。聞かなくても、こないだの飲み会でた女どもが噂してっから、すぐ耳に入ってきただろうな。」
お待たせしましたー、と運ばれてきたビールに口をつける。
「マジかよ……もてる男はつらいってか。」
冗談めかして言ってみるが、木崎は肩をすくめただけだった。
「阿保言ってる場合かよ?俺は参加しなかったけど、こないだの飲み、部をこえての合同だったんだろ?結構な人数に噂になってるぽいぜ。」
「……………それで、あの視線。」
最近感じるようになった視線の意味を知り、俺ははぁっとまた大きなため息をついた。
「まぁ、あの子、結構、仕事一生懸命で評判もいいし、案外お似合いなんじゃないの?」
「嫌だ!俺は岡がいいんだよ……」
「じゃあ、さっさと告れよ…めんどくせぇなぁ」
「だって、今告白したって絶対ふられるもん……」
ジョッキの淵をいじりながら、俺は唸った。
「けど、お前、はっきりさせないと、いい加減、岡にも迷惑かかるぞ」
「え、何、どういうこと?」
「あの子がお前のこと好きだってんで、今お前めちゃくちゃ注目の的なわけ。営業部は大体お前が岡と仲いいの知ってるけど、他の部署じゃ知らない奴が多いからさ。お前と岡の仲勘ぐって色々言ってくるやつも増えるんじゃないの。」
「それ、困る……」
理沙子のことだ。樹と一緒にいるとめんどくさいから、話しかけないで、とか普通にありそうで、怖い。
「あー、ありそう…」
「そこは否定しろよぉ……」
木崎の肩をがくがくと揺さぶっていると、「よぉ」と尾瀬が現れた。
「…………お前、なんかお前の荷物すごいことになってね?」
俺は木崎の肩を揺さぶっていたことも忘れ、茫然と尾瀬を見た。
尾瀬は手には、いつものビジネスバックの他、大量の紙袋をぶらさげており、とてつもない大荷物になっていた。
「ん?んー、全部もらいもん。なんか最近、お土産やら弁当の差し入れやら急に増えたんだよなぁ……」
食うか?と差し出された菓子を手にとってつまむ。お、うまい。
「おい、持ち込み厳禁だろ…」
真面目な木崎が渋い顔をする。
「一個ぐらいいいじゃん」
そうそう、と言いながら、尾瀬が席に着く。
「まぁ、残業の時とかつまみながら仕事できるからいいけど。」
ビールを注文して、背広をハンガーにかける。
「最近、お前も女子社員の中で誇張されて伝わってるっぽいからな。」
「え、どういうこと?」
「Ⅱ課の尾瀬が彼女をつくりたがってるって。」
「俺、そんなこと一言も言ってねぇけど?」
尾瀬がきょとんとしている。
「社内恋愛もまぁ悪くない的なことを言ったんだって?」
「え、でも別にだからと言って社内恋愛したいなんて、言ってないぞ。」
「不用意なことを口にすると痛い目をみるってことだな。」
「え、でも菓子とかたくさんもらえんなら、別によくね?」
全く気にするそぶりのない尾瀬にため息がでる。
「お前……ぶれねぇな……」
「まぁ、俺にはどうでもいい。せいぜい、岩井あたりに痛い目見させられればいいさ。」
木崎が憎々し気に言った。
「え、岩井?岩井がなんだって?」
「なんでもねぇよ、この鈍感男。」
木崎の言葉はきついが今度ばかりは同感だ。こいつときたら自分の気持ちにさえ、気づいていないんだもんな。相変わらず。
「そういや、岩井もあの子と同じ総務だったな。尾瀬、樹の為に聞いてきてやれば?」
木崎が意地の悪い笑みを浮かべた。こいつ性格悪いな。
「いや、別にいいよ、付き合いたいわけじゃないし。」
「え、でも情報はあったに越したことないだろ?ちょっと岩井に聞いとくわ。」
ほくほくと嬉しそうにしている尾瀬にため息をつく。
岩井というのは、俺達の同期で総務にいる岩井奈央という女の子だ。理沙子とは違って、見るからに人が好さそうで癒し系。本人は自覚していないっぽいが、多分、尾瀬は彼女のことを意識しているのだと思う。
だが、いかんせん鈍感すぎるこの男が、今みたいに女の子からの大量の差し入れを持っていったとき、岩井がどんな顔をするかは明白だ。
それを分かっていてけしかけるところが、本当に木崎らしい。
「じゃ、俺、もう行くから」
木崎がちらっと時計を見て、立ち上がった。
「俺、今きたとこなのに」
尾瀬がえーっと唇を尖らせる。
「今日は先約があるっていったろ。そろそろ、時間だ。」
そそくさと帰っていく木崎に首をかしげる。
「あいつ、彼女でもできたんかな。」
きゅうりをかじりながら俺がぽつりと落とした。
「さぁなぁ……、俺たちにはしばらく縁が遠そうなこったな。」
「そういうの、やめようぜ。つらくなるから。」
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