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敵→ライバル
第4話 初めて見る顔
しおりを挟む「こ、これは……!」
コンビニのお茶についていたその、見覚えのあるキャラクターに、俺は飛びついた。
「たぬたぬ……たぬたぬだ……」
飲み物を買おうと寄ったコンビニで思いもよらない収穫だ。ぬいぐるみとかなら、遠慮されてしまうかもしれないが、これなら。
『……たまたま見かけたからさ。お前、好きだろ?』
『あ、ありがと』
ちょっと照れくさそうに、うつむきながらはにかむ理沙子。これ、すごい欲しかったの、樹、大好き……なんて、ことは言ってくれないだろうが、でも。
取引先との商談も思いのほかうまくいったし、今日はついている。帰社したら、報告書まとめて、今日の企画の根回しして、もし理沙子がいたら、あの時のこと謝ろう。そう決意して俺はたぬきに向き直る。
ちょっと間抜けな面の、愛らしいたぬきのラバーストラップ。全6種か……。岡はどれが一番好きだろうか。
「ふ、ふふ……樹さん、たぬたぬがお好きなんですか?」
「え……」
顔を上げると、取引先の、つい先ほど商談していた相手が、笑っていた。
「ごめんなさい、声をかけるつもりじゃなかったんですけど、あんまり真剣だったから」
「あ、いや、僕が好きなわけじゃないんですけど、その……」
あまりの気まずさに目が泳ぐ。
「彼女さん、かな。もしよかったら、これ」
「え……」
彼女はごそごそと今さっき買ったであろう袋からお茶をとりだすと、そのおまけを樹に渡す。
「え、いいんですか…?」
「はい、たまたまこのメーカーのお茶が好きで買っただけだから。」
「あ、ありがとうございます!」
俺はほくほくしながら、そのたぬきのストラップを受け取った。
***
隙のないグレーのパンツに、ぴんと伸びた背筋。わき目も振らずに歩くその背に、長い髪が揺れて、踊る。
ガラスの自動ドアの向こう、エントランスを颯爽と歩くその姿を見て、心が跳ねた。
彼女も俺と同じく営業から帰ってきたところなのだろう。
どうやって謝ろうか、って悩んでいたことも、すっかり忘れて、俺は速足に自動ドアをくぐると、声をかけていた。
「岡!」
びくりとその肩が揺れた。
「お前も今戻り?……偶然……」
少し大股で近づき、彼女の様子がおかしいことに気が付く。いつもは振り返ってこちらを見るなり嫌そうに顔をしかめるのに、今日はこちらを見ようともしない。
「おい……おーい?岡さーん?」
こないだの発言がまだ尾を引いている?俺は冷や汗をかいて、「返事ぐらいしてくれよ」なんて言いながら、その顔を覗きこみ、言葉を失った。
真っ赤に目を充血させて、明らかに泣いたと分かる顔。まだ、目の淵には涙がたまっており、光を反射してきらきらと光っていた。初めて見る理沙子の姿に俺は頭が真っ白になった。
「なんでもないから……」
ふいっと顔をそらすと、目元をぬぐい、理沙子は前を向く。エレベーターの開閉スイッチを押し、何事もなかったかのような顔をする彼女は、話しかけてくれるなと、全身から拒絶のオーラを放っていた。だが、それに怯むような俺ではない。
「それ、どうしたんだよ…」
「どうしたって?」
「その……」
さすがに、泣いてたのか、なんて聞けなくて、俺は目をそらす。
「ちょっとコンタクトがずれただけ。」
理沙子は俺の横を通り過ぎ、エレベーターに乗り込もうとする。その手を慌ててつかんだ。
「馬鹿!そんなんじゃないことぐらいみりゃわかるって!」
大声出してから、周囲の視線を感じて俺は焦った。まだ終業には少し早いこの時間、ひとどおりはまばらだったが、全く人がいないというわけでもない。
「……っちょっとこい」
とりあえず場所を移して話を聞きたかった。
「っ、だから!なんでもないって言ってんでしょ。離して!」
「嫌だ」
人目を気にして声を抑えつつも、暴れる理沙子を引きずり、歩く。だが、離せと怒るその声にも涙が混じっていて、俺はまたどうしていいかわからなくなる。ただ、とりあえず放ってはおけないことだけは確かだった。
人が少ない裏通りまででると、理沙子は声を大きくして、俺を睨んできた。
「あんたねぇ!ほっといってっていってんのがわかんないわけ?」
「だからほっときたくないって言ってる!!」
「あたしがへこんでること見て、何が楽しいっての。ほんと、どんだけあたしのことが嫌いなのよ!」
「逆だろ!滅多なことじゃ泣かないお前だから心配なんだろうが!」
虚を突かれた様に、理沙子は一瞬黙り込み、けれど我に返ったように手を振りほどこうと暴れた。
「……っ離して。」
「嫌だ、岡が話すまでは離さない。」
俺の手を振りほどこうと、ぶんぶんと腕を振る理沙子の手を俺も、ぐっと強く握った。
「はーなーせ!」
「いーやーだ!」
とっくみあいをすることしばらく、お互いに少し疲れて、息を荒くする。
「ほんっと、あんたなんなのよ……」
どれほどそうしていたのだろう、ふいに理沙子が困ったように笑いだした。
「………ったく、厄介なのにつかまっちゃったなぁ。」
眉を寄せて、力なく笑う理沙子はいつもと違って少し、しおらしい。
「そうそう、運が悪いと思って諦めろ。」
「自分で言う?」
「いう」
「ほんと質が悪いわぁ……」
「おい、言い方。」
ちょっとムッとして眉を寄せると、理沙子がとんとんと俺の手を叩いた。
「………樹、離して?」
静かな声だった。少し迷っていると「話すから」と、困ったように理沙子が眉を下げ、俺もしぶしぶその手を放す。
「ったく、信用ないんだからなぁ…」
あはは、と空笑いをして、理沙子はうーんと伸びをした。その背に俺は声をかける。
「話、聞かせてくれるんだろ、飲みでも行く?」
「あー、たまにはそれもいいかも。あんま聞かれたくないし、飲みたい気分。」
そのどこか投げやりな態度に戸惑う。一体、何があったのか、とさらに問い詰めたい気持ちを抑えて俺は理沙子に向き直った。
「仕事は?」
「定時から30分ぐらいで上がれるはず。報告は…課長に電話入れとこうかな。」
「お、その言葉忘れんなよ。絶対今日は逃がさねぇからな。」
冗談めかしてい言うと、理沙子はちょっと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「誰にものいってんのよ。当たり前でしょ。……あんたこそその言葉忘れないでよね。1分でも遅れたら許さないんだから。」
「お前こそな。」
少し調子を取り戻した理沙子に少し安心する。
「……あ、ちなみに俺、今日直帰の予定変えただけだから、多分定時にはいけるわ。」
「あんた……ほんっと、憎々しい男ね。」
理沙子が苦虫をかみつぶしたような顔で言った。
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