31 / 33
31話 お前のせいじゃない
しおりを挟む
「落ち着いた?」
「うん。……あの、本当にごめん」
「なんで謝るの」
優しく微笑むベリタスを横目に、私は沸き上がる感情に溜息を吐いた。――子供みたいに泣き喚いて、恥ずかしすぎる!
熱が集まる顔を見られたくなくて、私は抱えた膝に顔を埋めた。
休憩場所を人気のない木陰にしておいてよかった。そうじゃなきゃ、こんな情けない姿を皆に見せていたのだ。
――もしかしたら、さっきの事、みんなに見られてるのかな。
そこまで考えてまた溜息を吐いた。先程よりも重い溜息に、余計に気が重くなっていく。
ベリタスの顔を見る事が出来なくて、私は顔を埋め続けた。
「……ふふっ」
「……ベリタス、笑うのは酷くない?」
「いや、だって……は、ははっ、リリアがすごい恥ずかしがるから……っ」
突然聞こえた笑い声に、私は顔を埋めたまま横目でベリタスを見た。
彼は手で口を押え、必死に笑いを堪えようとしている。
――気まずくなるより、笑ってくれた方が良いのかもしれない。
ベリタスの笑顔に釣られ、私の口角も少し上がった。ベリタスが笑顔なら、それでいい気がしてきた。
「ありがとう、ベリタス」
「あははっ、どういたしまして」
私達は顔を見合わせて笑った。――そっか。ベリタスは、こういう人だった。
〝重い〟と思って自分の気持ちを吐露できずにいたけど、彼は人の思いをしっかりと受け止めてくれる人なのだ。
――みんな、私の事を思ってくれていたのに、私が壁を作ってたんだ。
心の中で反省した。彼等よりも大人だからと抱え込んでいた私は、誰よりも子供だったのだ。
「――本当に、ありがとね」
私は抱えた膝に頬を付けたまま、ベリタスに微笑んだ。
するとベリタスの頬は少しだけ赤くなって、その口元に弧を描いた。
「リリアは、大切な友達だから」
穏やかな時間はユーリの授業終了の掛け声で終わった。
フォルティアに元へ駆け寄って声を掛ければ、彼女の顔には安心したような笑みが浮かんだ。
*
「本当、一年が過ぎるのは早いよね」
「だね~。新学期、リリアちゃんと一緒に登校したのが昨日の事の様だよ~」
「リリアとフォルティアはいつも一緒に登校してるだろ」
「アハハ、確かに」
他愛もない事を話しながら、私達三人は廊下を歩く。前までは気になっていたこちらへの視線も、フォルティアとベリタスと話しながらだと全然気にならないから不思議なものである。
私達は目当ての物が視界に入ると「早く見よう!」と足早にそちらへと向かう。
「やっぱり、今年もリリアちゃんが主席だよ!本当、リリアちゃんってすごいね!」
「本当勝てないよなぁ、リリアには」
「アハハ、ありがとう。……でも、ベリタスとフォルティアも次席だよ!ってかフォルティア。薬草学、満点超えてるんだけど……どゆこと……」
目当ての物――学年末の成績が貼り出された掲示板を見上げながら、私達ははしゃぐ。有難い事に私が主席、次席はベリタスとフォルティアだ。
全体的な点数が高い私とベリタスと違い、フォルティアは薬草学の点数が飛びぬけて高かった。満点を超えている、というか満点の倍近い点数が書かれてある。なんだこの点数は。
貼り出された紙を見ながら、私は「ん?」と首を傾げた。去年、私に次いで次席の位置にいたレオの名前がないのだ。
私は上から順に名前を辿っていく。そして、私は愕然とした。――彼の名前は、学年の中くらいの位置にあったのだ。
「レオ、めっちゃ成績落ちてない?」
「え?……うわ、本当だ。去年、次席だったよね?なにかあったのかな?」
「いや、アイツはただ――」
「――オイ、ベリタス!リリア、フォルティア!」
言いかけた私達は、こちらを呼びかける言葉に振り返った。……そこには、爽やかな笑顔を浮かべたレオがいた。
私達は「あ」と漏らしながら、どうしようかと顔を見合わせた。負けん気の強い彼が自分の成績を見たらどうなるか不安になったのだ。
私は恐る恐る「レオ?」と声を掛けた。笑顔のまま首を傾げるレオに、私は意を決して口を開く。
「余計なお世話かもしれないけどさ……その、どうしたの?何か悩みでもある?」
「は?いきなりなんだよ」
「いや、その……」
言うのは気まずくて、私は掲示板を振り返る。それを見て「ああ」と頷いて、レオは貼り出された紙の真ん中を躊躇いなく見て、「うん、やっぱこれくらいだな」と納得した様な声を出した。
私とフォルティアは意味が分からずに顔を見合わせる。――やっぱり、とはどういう事だろうか?
「あの、レオ?やっぱって?」
「いやー俺さ、今年入ってから体術にハマっただろ?今まで勉強してた時間も体術の練習につぎ込んだから、成績落ちるのは分かってたんだよなー。ま、予想よりは良い成績だけどな!」
そう言って豪快に笑い始めたレオに、私達は再度顔を見合わせる。悔しがると思っていたのに、意外だ。
ベリタスは呆れたように溜息を吐いた。その横で呆ける私とフォルティアを他所に、レオは「ってかユーリ先生見なかった?」とこちらへ問いかけてくる。……どうやら、本当に成績の事は何とも思っていないらしい。
今日の朝で彼の監視対象から外れた私が「職員室に行ったよ」と言うと、それを聞くや否やレオは笑顔を輝かせた。
「分かった!ありがとな、リリア!」
「あ、うん」
上機嫌な様子でこの場から去っていくレオの後姿を見ながら、私はフォルティアと笑った。
「なんか去年より生き生きしてるね、レオ」
「うん。体術が生きがい、って感じ」
「レオがあそこまで打ち込めたモノなんて、今までなかったからね。……このまま最下位にならないといいけど」
重い溜息を吐いたベリタスの隣でフォルティアと笑いあっていれば、遠くから「ユーリ先生ー!」とレオの大きな声が聞こえた。その声に私達は耐え切れず、声を上げて笑った。ベリタスはまた溜息を吐いていた。
掲示板の一番下、圏外の欄にはセルフィアの名前があった。その事実を知りながらも、私は笑えていた。
それもきっと、私にはこんなにも素敵な友達がいるから。笑いあって、喧嘩して、悲しい時は一緒に悲しんでくれる。そんな、素敵な友達。
だから、私は根拠もなくおもっていた。これから彼等と送る学校生活は、平穏で幸せなものだと。
だから、私は思わなかったのだ。これから彼等と送る学校生活が、今までよりも波乱に満ちたものになる事を。
*
「なんで、なんでアイツが主席なのよ!」
寮へ戻って、私は荷物を壁に投げつけた。大きな音を立てたそれに同室の子が顔を歪めるけれど、どんなのどうだっていい。問題はそこじゃない。
――去年もアイツが……リリアが主席だった。しかも、次席にあのフォルティアとかいう女の名前もあった。こんなの、あり得ない!
抑えきれない苛立ちに歯を食いしばる。ギリッという音が鳴った。
そんな私を見て同室の子は呆れたように溜息を吐いた。
「レーニス。あのスキルなしが主席だからって荒れすぎじゃない?」
「あのスキルなしが主席だから荒れてるんじゃない!アンタ、悔しくないの!?」
「うーん」
私の言葉に彼女は頭を掻いた。なんというか、こちらの言葉が全然響いていない、という態度だ。
「確かにスキルなしだけどさ、あの子の魔法がすごいのは本当じゃん?杖なし、詠唱もなしで普通の魔法使いよりも強い魔法が使える訳だし。しかも頭良いんでしょ?そんな子に勝てるわけなくない?」
「なっ……あ、あのスキルなし、そんなにすごいの!?」
「え、知らなかったの?あの子に興味津々な割に、何も知らないんだね。まぁ、あの子はアンタの事、なんとも思ってないみたいだけど。それに、あの子の事悪く言う前に努力したら?アンタが勉強してるとこなんて見た事ないけど」
「っ……!」
彼女の一言に、私はカッと頭に血が上った。――なんで私がそこまで言われなきゃいけないのよ!
私は「アンタなんなのよ!?」と彼女へ叫ぶ。彼女は肩を竦めて「あー怖い」と吐き捨てて部屋を出ていった。
そんな彼女の態度に、私の怒りは増していく。――なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!私は何も悪くないのに!
私は頭の中に、今日見た景色を思い出す。成績が貼り出された掲示板の前で笑いあうあの子達は、認めたくなくとも周りとは違った輝きを放っていた。それが余計に腹立たしい。
リリアだけじゃない、フォルティアという女もだ。入学式の日に私の頬を引っぱたいた挙句、あの王子様と親し気にしているあの女は、本当にいけ好かない。
「アイツら、絶対に引きずり落とす」
思わず漏れた声は、憎しみに染まっていた。
*
「ただいま帰りました~」
「お、帰ったか。お帰り、リリア」
扉を開けば、そこには懐かしい景色が広がっていた。
馴染みのある家具に、馴染みのある匂い。そこに馴染む、馴染みのある穏やかな笑みを浮かべた赤毛――アロウに、私も笑顔を浮かべた。
別に学校生活を送っていた間、ずっと帰省していなかったわけではない。サクラのご飯も用意しなければならないのだ。少なくとも、月に二回は帰っていた。
けれど、今年は色々と辛い事も悲しい事も重なった。だからだろう、帰省しても心は休まる事はなかったのだ。
久々の穏やかな帰省に私は、尻尾を振りながら駆け寄ってきたサクラの頭を撫でる。見ない間に、また少し大きくなったらしい。その背丈は私の背をも超えている。
そうしていると、「リリア」と声を掛けられた。その声掛けにアロウを見れば、彼女は優しく「おいで」と自分の座っている席の向かいへ座るよう促してくる。
私は素直にそれに従い、彼女の向かいへ腰かける。
アロウは魔法を使って手際よくお茶を淹れると、私の前へと置いてくれる。
「どうだった、今年の学校生活は?」
「なんていうか、いろんな事がありましたね。一年生の時も色々あったけど、それよりも大変でした」
「ハハッ、だろうな」
私の返答にアロウは声高らかに笑った。そんな彼女を見ながら「知ってるくせに」と私は愚痴っぽく言葉を零す。
今年、私の身に降りかかった出来事を、アロウは知っている。詳細を書いた手紙を、私とフィデスが送ったからだ。
フィデスが手紙を送ったのを知ったのは、アロウからの手紙で知った。なんでも、意識を取り戻さないセルフィアの事を色々と頼まれたらしい。
恨み言のような私の呟きにアロウは「悪い、悪い」と笑う。本当に悪いと思っているのだろうか。
一通り笑った彼女は少し落ち着いて、「さて」と私を真っ直ぐに見つめ、言葉を続けた。
「セルフィアの事なんだが」
「っ!セルフィア、目が覚めたんですか!?」
切り出された言葉に私は思わず立ち上がった。そんな私を見て、アロウは顔色を変えずに首を振る。
「いや、まだだ。というか、いつ目が覚めるか、私にも分からん」
「……そう、ですか」
芽生えた希望が消えていく感覚に、私は体の力が抜けて椅子にもたれる。
けれど、セルフィアの話をし始めたという事は、きっと何かある筈だ。そう思って、私は話の続きを促した。
「それで、セルフィアがどうかしたんですか?」
「ああ。彼女について分かった事だが――セルフィアはスキルによって洗脳されていた可能性が高い」
「洗脳……」
静かに告げられた言葉を反芻し、私はセルフィアを思い出した。確かに、彼女が急に態度を変えたのは今年に入ってからだ。――彼女が急変したのは、洗脳されていたから?
少し戸惑っている私に「ああ」と頷き、アロウは話を続ける。
「記憶を覗こうとしたんだがな、弾かれてしまった。……アレは魔法じゃない。スキルによる効果だ」
「なんでそう言い切れるんですか?」
「私の魔法が弾かれるんだ。女神から授かった絶対の力――スキルに決まってるだろう?」
私の問いに、アロウは事も無げに答える。「そういうモノなのか」と良く分からない納得をしていれば、彼女は「それで」と続ける。
「リリア。お前、セルフィアに嫌われていたと言っていたな?」
「あ、はい。そうですけど……?」
「それも洗脳のせいだ。決して、お前が彼女に何かしたとか、そういう事じゃないよ」
「え……」
優しくなった声色に、私は弾かれたようにアロウを見つめた。彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。今までよりもずっと、もっと穏やかな笑みを。
彼女はフッと笑って、席を立った。そして座ったままの私の隣へ来ると、優しい力で私の肩を抱き寄せた。
「せ、先生……?」
突然の出来事に、彼女の柔らかな胸に頭を預けながら声を上げた。
「リリア、お前のせいじゃないよ。……お前のせいじゃない」
酷く優しい声が、彼女の胸の奥から聞こえた。くぐもって聞こえたその声が、私の胸の奥へと響く。
――嗚呼。本当に、私は人に恵まれてるな。
そんな事を考えながら、私は熱くなった目頭を拭った。
サクラが心配そうに顔を覗き込んでいるのを見て、少し笑う。
「……ありがとうございます、先生」
少し震えてしまった声。
アロウは私の頭を撫でてくれた。酷く優しい手つきだった。
その時間は少しの間続いた。
サクラのお腹の音が鳴ってやっと、アロウは私から離れた。彼女の顔は、やっぱり穏やかだった。
「うん。……あの、本当にごめん」
「なんで謝るの」
優しく微笑むベリタスを横目に、私は沸き上がる感情に溜息を吐いた。――子供みたいに泣き喚いて、恥ずかしすぎる!
熱が集まる顔を見られたくなくて、私は抱えた膝に顔を埋めた。
休憩場所を人気のない木陰にしておいてよかった。そうじゃなきゃ、こんな情けない姿を皆に見せていたのだ。
――もしかしたら、さっきの事、みんなに見られてるのかな。
そこまで考えてまた溜息を吐いた。先程よりも重い溜息に、余計に気が重くなっていく。
ベリタスの顔を見る事が出来なくて、私は顔を埋め続けた。
「……ふふっ」
「……ベリタス、笑うのは酷くない?」
「いや、だって……は、ははっ、リリアがすごい恥ずかしがるから……っ」
突然聞こえた笑い声に、私は顔を埋めたまま横目でベリタスを見た。
彼は手で口を押え、必死に笑いを堪えようとしている。
――気まずくなるより、笑ってくれた方が良いのかもしれない。
ベリタスの笑顔に釣られ、私の口角も少し上がった。ベリタスが笑顔なら、それでいい気がしてきた。
「ありがとう、ベリタス」
「あははっ、どういたしまして」
私達は顔を見合わせて笑った。――そっか。ベリタスは、こういう人だった。
〝重い〟と思って自分の気持ちを吐露できずにいたけど、彼は人の思いをしっかりと受け止めてくれる人なのだ。
――みんな、私の事を思ってくれていたのに、私が壁を作ってたんだ。
心の中で反省した。彼等よりも大人だからと抱え込んでいた私は、誰よりも子供だったのだ。
「――本当に、ありがとね」
私は抱えた膝に頬を付けたまま、ベリタスに微笑んだ。
するとベリタスの頬は少しだけ赤くなって、その口元に弧を描いた。
「リリアは、大切な友達だから」
穏やかな時間はユーリの授業終了の掛け声で終わった。
フォルティアに元へ駆け寄って声を掛ければ、彼女の顔には安心したような笑みが浮かんだ。
*
「本当、一年が過ぎるのは早いよね」
「だね~。新学期、リリアちゃんと一緒に登校したのが昨日の事の様だよ~」
「リリアとフォルティアはいつも一緒に登校してるだろ」
「アハハ、確かに」
他愛もない事を話しながら、私達三人は廊下を歩く。前までは気になっていたこちらへの視線も、フォルティアとベリタスと話しながらだと全然気にならないから不思議なものである。
私達は目当ての物が視界に入ると「早く見よう!」と足早にそちらへと向かう。
「やっぱり、今年もリリアちゃんが主席だよ!本当、リリアちゃんってすごいね!」
「本当勝てないよなぁ、リリアには」
「アハハ、ありがとう。……でも、ベリタスとフォルティアも次席だよ!ってかフォルティア。薬草学、満点超えてるんだけど……どゆこと……」
目当ての物――学年末の成績が貼り出された掲示板を見上げながら、私達ははしゃぐ。有難い事に私が主席、次席はベリタスとフォルティアだ。
全体的な点数が高い私とベリタスと違い、フォルティアは薬草学の点数が飛びぬけて高かった。満点を超えている、というか満点の倍近い点数が書かれてある。なんだこの点数は。
貼り出された紙を見ながら、私は「ん?」と首を傾げた。去年、私に次いで次席の位置にいたレオの名前がないのだ。
私は上から順に名前を辿っていく。そして、私は愕然とした。――彼の名前は、学年の中くらいの位置にあったのだ。
「レオ、めっちゃ成績落ちてない?」
「え?……うわ、本当だ。去年、次席だったよね?なにかあったのかな?」
「いや、アイツはただ――」
「――オイ、ベリタス!リリア、フォルティア!」
言いかけた私達は、こちらを呼びかける言葉に振り返った。……そこには、爽やかな笑顔を浮かべたレオがいた。
私達は「あ」と漏らしながら、どうしようかと顔を見合わせた。負けん気の強い彼が自分の成績を見たらどうなるか不安になったのだ。
私は恐る恐る「レオ?」と声を掛けた。笑顔のまま首を傾げるレオに、私は意を決して口を開く。
「余計なお世話かもしれないけどさ……その、どうしたの?何か悩みでもある?」
「は?いきなりなんだよ」
「いや、その……」
言うのは気まずくて、私は掲示板を振り返る。それを見て「ああ」と頷いて、レオは貼り出された紙の真ん中を躊躇いなく見て、「うん、やっぱこれくらいだな」と納得した様な声を出した。
私とフォルティアは意味が分からずに顔を見合わせる。――やっぱり、とはどういう事だろうか?
「あの、レオ?やっぱって?」
「いやー俺さ、今年入ってから体術にハマっただろ?今まで勉強してた時間も体術の練習につぎ込んだから、成績落ちるのは分かってたんだよなー。ま、予想よりは良い成績だけどな!」
そう言って豪快に笑い始めたレオに、私達は再度顔を見合わせる。悔しがると思っていたのに、意外だ。
ベリタスは呆れたように溜息を吐いた。その横で呆ける私とフォルティアを他所に、レオは「ってかユーリ先生見なかった?」とこちらへ問いかけてくる。……どうやら、本当に成績の事は何とも思っていないらしい。
今日の朝で彼の監視対象から外れた私が「職員室に行ったよ」と言うと、それを聞くや否やレオは笑顔を輝かせた。
「分かった!ありがとな、リリア!」
「あ、うん」
上機嫌な様子でこの場から去っていくレオの後姿を見ながら、私はフォルティアと笑った。
「なんか去年より生き生きしてるね、レオ」
「うん。体術が生きがい、って感じ」
「レオがあそこまで打ち込めたモノなんて、今までなかったからね。……このまま最下位にならないといいけど」
重い溜息を吐いたベリタスの隣でフォルティアと笑いあっていれば、遠くから「ユーリ先生ー!」とレオの大きな声が聞こえた。その声に私達は耐え切れず、声を上げて笑った。ベリタスはまた溜息を吐いていた。
掲示板の一番下、圏外の欄にはセルフィアの名前があった。その事実を知りながらも、私は笑えていた。
それもきっと、私にはこんなにも素敵な友達がいるから。笑いあって、喧嘩して、悲しい時は一緒に悲しんでくれる。そんな、素敵な友達。
だから、私は根拠もなくおもっていた。これから彼等と送る学校生活は、平穏で幸せなものだと。
だから、私は思わなかったのだ。これから彼等と送る学校生活が、今までよりも波乱に満ちたものになる事を。
*
「なんで、なんでアイツが主席なのよ!」
寮へ戻って、私は荷物を壁に投げつけた。大きな音を立てたそれに同室の子が顔を歪めるけれど、どんなのどうだっていい。問題はそこじゃない。
――去年もアイツが……リリアが主席だった。しかも、次席にあのフォルティアとかいう女の名前もあった。こんなの、あり得ない!
抑えきれない苛立ちに歯を食いしばる。ギリッという音が鳴った。
そんな私を見て同室の子は呆れたように溜息を吐いた。
「レーニス。あのスキルなしが主席だからって荒れすぎじゃない?」
「あのスキルなしが主席だから荒れてるんじゃない!アンタ、悔しくないの!?」
「うーん」
私の言葉に彼女は頭を掻いた。なんというか、こちらの言葉が全然響いていない、という態度だ。
「確かにスキルなしだけどさ、あの子の魔法がすごいのは本当じゃん?杖なし、詠唱もなしで普通の魔法使いよりも強い魔法が使える訳だし。しかも頭良いんでしょ?そんな子に勝てるわけなくない?」
「なっ……あ、あのスキルなし、そんなにすごいの!?」
「え、知らなかったの?あの子に興味津々な割に、何も知らないんだね。まぁ、あの子はアンタの事、なんとも思ってないみたいだけど。それに、あの子の事悪く言う前に努力したら?アンタが勉強してるとこなんて見た事ないけど」
「っ……!」
彼女の一言に、私はカッと頭に血が上った。――なんで私がそこまで言われなきゃいけないのよ!
私は「アンタなんなのよ!?」と彼女へ叫ぶ。彼女は肩を竦めて「あー怖い」と吐き捨てて部屋を出ていった。
そんな彼女の態度に、私の怒りは増していく。――なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!私は何も悪くないのに!
私は頭の中に、今日見た景色を思い出す。成績が貼り出された掲示板の前で笑いあうあの子達は、認めたくなくとも周りとは違った輝きを放っていた。それが余計に腹立たしい。
リリアだけじゃない、フォルティアという女もだ。入学式の日に私の頬を引っぱたいた挙句、あの王子様と親し気にしているあの女は、本当にいけ好かない。
「アイツら、絶対に引きずり落とす」
思わず漏れた声は、憎しみに染まっていた。
*
「ただいま帰りました~」
「お、帰ったか。お帰り、リリア」
扉を開けば、そこには懐かしい景色が広がっていた。
馴染みのある家具に、馴染みのある匂い。そこに馴染む、馴染みのある穏やかな笑みを浮かべた赤毛――アロウに、私も笑顔を浮かべた。
別に学校生活を送っていた間、ずっと帰省していなかったわけではない。サクラのご飯も用意しなければならないのだ。少なくとも、月に二回は帰っていた。
けれど、今年は色々と辛い事も悲しい事も重なった。だからだろう、帰省しても心は休まる事はなかったのだ。
久々の穏やかな帰省に私は、尻尾を振りながら駆け寄ってきたサクラの頭を撫でる。見ない間に、また少し大きくなったらしい。その背丈は私の背をも超えている。
そうしていると、「リリア」と声を掛けられた。その声掛けにアロウを見れば、彼女は優しく「おいで」と自分の座っている席の向かいへ座るよう促してくる。
私は素直にそれに従い、彼女の向かいへ腰かける。
アロウは魔法を使って手際よくお茶を淹れると、私の前へと置いてくれる。
「どうだった、今年の学校生活は?」
「なんていうか、いろんな事がありましたね。一年生の時も色々あったけど、それよりも大変でした」
「ハハッ、だろうな」
私の返答にアロウは声高らかに笑った。そんな彼女を見ながら「知ってるくせに」と私は愚痴っぽく言葉を零す。
今年、私の身に降りかかった出来事を、アロウは知っている。詳細を書いた手紙を、私とフィデスが送ったからだ。
フィデスが手紙を送ったのを知ったのは、アロウからの手紙で知った。なんでも、意識を取り戻さないセルフィアの事を色々と頼まれたらしい。
恨み言のような私の呟きにアロウは「悪い、悪い」と笑う。本当に悪いと思っているのだろうか。
一通り笑った彼女は少し落ち着いて、「さて」と私を真っ直ぐに見つめ、言葉を続けた。
「セルフィアの事なんだが」
「っ!セルフィア、目が覚めたんですか!?」
切り出された言葉に私は思わず立ち上がった。そんな私を見て、アロウは顔色を変えずに首を振る。
「いや、まだだ。というか、いつ目が覚めるか、私にも分からん」
「……そう、ですか」
芽生えた希望が消えていく感覚に、私は体の力が抜けて椅子にもたれる。
けれど、セルフィアの話をし始めたという事は、きっと何かある筈だ。そう思って、私は話の続きを促した。
「それで、セルフィアがどうかしたんですか?」
「ああ。彼女について分かった事だが――セルフィアはスキルによって洗脳されていた可能性が高い」
「洗脳……」
静かに告げられた言葉を反芻し、私はセルフィアを思い出した。確かに、彼女が急に態度を変えたのは今年に入ってからだ。――彼女が急変したのは、洗脳されていたから?
少し戸惑っている私に「ああ」と頷き、アロウは話を続ける。
「記憶を覗こうとしたんだがな、弾かれてしまった。……アレは魔法じゃない。スキルによる効果だ」
「なんでそう言い切れるんですか?」
「私の魔法が弾かれるんだ。女神から授かった絶対の力――スキルに決まってるだろう?」
私の問いに、アロウは事も無げに答える。「そういうモノなのか」と良く分からない納得をしていれば、彼女は「それで」と続ける。
「リリア。お前、セルフィアに嫌われていたと言っていたな?」
「あ、はい。そうですけど……?」
「それも洗脳のせいだ。決して、お前が彼女に何かしたとか、そういう事じゃないよ」
「え……」
優しくなった声色に、私は弾かれたようにアロウを見つめた。彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。今までよりもずっと、もっと穏やかな笑みを。
彼女はフッと笑って、席を立った。そして座ったままの私の隣へ来ると、優しい力で私の肩を抱き寄せた。
「せ、先生……?」
突然の出来事に、彼女の柔らかな胸に頭を預けながら声を上げた。
「リリア、お前のせいじゃないよ。……お前のせいじゃない」
酷く優しい声が、彼女の胸の奥から聞こえた。くぐもって聞こえたその声が、私の胸の奥へと響く。
――嗚呼。本当に、私は人に恵まれてるな。
そんな事を考えながら、私は熱くなった目頭を拭った。
サクラが心配そうに顔を覗き込んでいるのを見て、少し笑う。
「……ありがとうございます、先生」
少し震えてしまった声。
アロウは私の頭を撫でてくれた。酷く優しい手つきだった。
その時間は少しの間続いた。
サクラのお腹の音が鳴ってやっと、アロウは私から離れた。彼女の顔は、やっぱり穏やかだった。
11
お気に入りに追加
120
あなたにおすすめの小説
サフォネリアの咲く頃
水星直己
ファンタジー
物語の舞台は、大陸ができたばかりの古の時代。
人と人ではないものたちが存在する世界。
若い旅の剣士が出逢ったのは、赤い髪と瞳を持つ『天使』。
それは天使にあるまじき災いの色だった…。
※ 一般的なファンタジーの世界に独自要素を追加した世界観です。PG-12推奨。若干R-15も?
※pixivにも同時掲載中。作品に関するイラストもそちらで投稿しています。
https://www.pixiv.net/users/50469933
学園アルカナディストピア
石田空
ファンタジー
国民全員にアルカナカードが配られ、大アルカナには貴族階級への昇格が、小アルカナには平民としての屈辱が与えられる階級社会を形成していた。
その中で唯一除外される大アルカナが存在していた。
何故か大アルカナの内【運命の輪】を与えられた人間は処刑されることとなっていた。
【運命の輪】の大アルカナが与えられ、それを秘匿して生活するスピカだったが、大アルカナを持つ人間のみが在籍する学園アルカナに召喚が決まってしまう。
スピカは自分が【運命の輪】だと気付かれぬよう必死で潜伏しようとするものの、学園アルカナ内の抗争に否が応にも巻き込まれてしまう。
国の維持をしようとする貴族階級の生徒会。
国に革命を起こすために抗争を巻き起こす平民階級の組織。
何故か暗躍する人々。
大アルカナの中でも発生するスクールカースト。
入学したてで右も左もわからないスピカは、同時期に入学した【愚者】の少年アレスと共に抗争に身を投じることとなる。
ただの学園内抗争が、世界の命運を決める……?
サイトより転載になります。
魔王城の面子、僕以外全員ステータスがカンストしている件について
ともQ
ファンタジー
昨今、広がる異世界ブーム。
マジでどっかに異世界あるんじゃないの? なんて、とある冒険家が異世界を探し始めたことがきっかけであった。
そして、本当に見つかる異世界への経路、世界は大いに盛り上がった。
異世界との交流は特に揉めることもなく平和的、トントン拍子に話は進み、世界政府は異世界間と一つの条約を結ぶ。
せっかくだし、若い世代を心身ともに鍛えちゃおっか。
"異世界履修"という制度を発足したのである。
社会にでる前の前哨戦、俺もまた異世界での履修を受けるため政府が管理する転移ポートへと赴いていた。
ギャル受付嬢の凡ミスにより、勇者の村に転移するはずが魔王城というラストダンジョンから始まる異世界生活、履修制度のルール上戻ってやり直しは不可という最凶最悪のスタート!
出会った魔王様は双子で美少女というテンション爆上げの事態、今さら勇者の村とかなにそれ状態となり脳内から吹き飛ぶ。
だが、魔王城に住む面子は魔王以外も規格外――そう、僕以外全てが最強なのであった。
精霊のジレンマ
さんが
ファンタジー
普通の社会人だったはずだが、気が付けば異世界にいた。アシスという精霊と魔法が存在する世界。しかし異世界転移した、瞬間に消滅しそうになる。存在を否定されるかのように。
そこに精霊が自らを犠牲にして、主人公の命を助ける。居ても居なくても変わらない、誰も覚えてもいない存在。でも、何故か精霊達が助けてくれる。
自分の存在とは何なんだ?
主人公と精霊達や仲間達との旅で、この世界の隠された秘密が解き明かされていく。
小説家になろうでも投稿しています。また閑話も投稿していますので興味ある方は、そちらも宜しくお願いします。
悪役令嬢は傍観に徹したい!
白霧雪。
恋愛
過激で可憐なお嬢様・ヴィオレティーナは妹に付きまとわれる日常に嫌気がさしていた。
何処へ行くにも「待ってお姉さま!」とやってくる妹の周りには妹を好いている殿方が複数人。
妹に構われるヴィオラの存在を邪魔に思う彼らだけど、そもそも関わってくるのは妹で、ヴィオラは平穏で平和な日常を過ごしたいだけ!
どうにかこうにか、妹――愛されヒロインから逃げるお姉さまもとい悪役令嬢に転成してしまった女の子が魔法学園で頑張るお話。
「7人目の勇者」
晴樹
ファンタジー
別の世界にある国があった。
そこにはある仕来たりが存在した。それは年に1度勇者を召喚するという仕来たり。そして今年で7人目の勇者が召喚されることになった。
7人目の勇者として召喚されたのは、日本に住んでいた。
何が何だか分からないままに勇者として勤めを全うすることになる。その最中でこの国はここ5年の勇者全員が、召喚された年に死んでしまうという出来事が起きていることを知る。
今年召喚された主人公は勇者として、生きるためにその勇者達に謎の死因を探り始める…
××の十二星座
君影 ルナ
ファンタジー
※リーブラの外での呼び方をリーからリブに変えましたー。リオもリーって書いてたのを忘れてましたね。あらうっかり。
※(2022.2.13)これからの展開を考えてr15に変更させていただきます。急な変更、申し訳ありません。
※(2023.5.2)誠に勝手ながら題名を少し変更させて頂きます。「〜」以降がなくなります。
───
この世界、ステラには国が一つだけ存在する。国の名も世界の名前同様、ステラ。
この世界ステラが小さいわけではない。世界全てが一つの国なのだ。
そんな広大な土地を治めるのは『ポラリス』と呼ばれる羅針盤(王)と、その下につく『十二星座』と呼ばれる十二人の臣下。その十三人を合わせてこの世界の『トップ』と呼ぶ。
ポラリスはこの世界に存在する四つの属性魔法全てを操ることが出来、更に上に立つ人間性も必要である。そして十二星座全員が認めた者しかなれない。この世界を治めるからには、条件も厳しくなるというもの。
そして十二星座は、それぞれの星座を襲名している人物から代々受け継がれるものである。ただし、それぞれ何かに秀でていなければならない。(まあ、主に戦闘面であるが)
そんな世界ステラで、初代に次いで有名な世代があった。小さい子から老人まで皆が知る世代。その名も『××の十二星座』。
その世代のことは小説や絵本などになってまで後世に根強く伝わっているくらいなのだから、相当の人気だったのだろう。
何故そこまで有名なのか。それは十三人とも美形揃いというのもあるが、この代の十二星座はとにかく世界が平和であることに力を注いでいたからだ。だからこそ、国民は当時の彼らを讃える。
これはその『××の十二星座』の時代のお話である。
───
※主要キャラ十二人は全員主人公が大好きです。しかし恋愛要素は多分無いと思われます。
※最初の『十二星座編』は主人公を抜いた主要キャラ目線で進みます。主人公目線は『一章』からです。
※異世界転生者(異世界語から現代語に翻訳できる人)はいません。なので物の名前は基本現代と同じです。
※一応主要キャラは十三人とも一人称が違います。分かりやすく書けるようには努めますが、誰が話しているか分からなくなったら一人称を見ていただけるとなんとなく分かるかと思います。
※一章よりあとは、話数に続いて名前が書いてある時はそのキャラ目線、それ以外はマロン目線となります。
※ノベプラ、カクヨム、なろうにも重複投稿しています。
草食系ヴァンパイアはどうしていいのか分からない!!
アキナヌカ
ファンタジー
ある時、ある場所、ある瞬間に、何故だか文字通りの草食系ヴァンパイアが誕生した。
思いつくのは草刈りとか、森林を枯らして開拓とか、それが実は俺の天職なのか!?
生まれてしまったものは仕方がない、俺が何をすればいいのかは分からない!
なってしまった草食系とはいえヴァンパイア人生、楽しくいろいろやってみようか!!
◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる