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25話 好きな奴

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 フォルティアがジェイルに恋している事が発覚した。
 それからの彼女の行動はとても健気だった。

 休日はジェイルに会えるかもしれないという理由でマギーア・ポーリの敷地内を歩き回っているし、話をすればずっとジェイルについての事を話している。どうすれば自然に仲良くなれるか、悩んでいるのだ。

 『お店に行けば?』

 私がそう言った時のフォルティアの顔は、今思い出しても笑ってしまう。真っ赤になって、形容しがたい表情をしていた。そのあまりの可愛さに笑ってしまい、怒られてしまったのは記憶に新しい。

 『なんの用事もないのにお店に行くなんてできないよ!』

 ……というのが、彼女の言い分だ。
 別に、杖を届けてくれたお礼を持って行くとか理由をつけて会いに行けばいいのにと思うのだが、彼女は結構真面目だ。下心でお店まで会いに行くのに罪悪感を感じてしまうらしい。

 ――良い子だなぁ。
 
 赤面して悩むフォルティアは、まさに恋する乙女だ。微笑ましく思いながら、私は彼女を見守る日々を過ごした。






 「あ、ジェイルさんだ」

 「えっ!?」


 ある日の夕食時、フォルティアと共に食堂へ来た私は、遠巻きにジェイルの姿を見かけた。彼は一人で席に座って食事をしている。なぜ、ここにいるのだろうか。
 そんな事を思いながら、ちらりと横のフォルティアを見る。彼女の視線はジェイルに釘付けだ。

 「……フォルティア。ジェイルさんと食べてこれば?」

 「えっ!?な、何言ってるのリリアちゃん!」

 「だってジェイルさん、今一人っぽいし。一緒に食べませんかーって言えば、オッケーしてくれるかもよ?」

 「……うぅ~」

 
 私の提案にフォルティアは唸りながら俯いた。きっと、勇気が出ないのだろう。
 ――仕方ない。
 いつまでたっても行動しないフォルティアを見かねて、私は彼女を置いて歩き出す。


 「えっ、あっ、リリアちゃん!?」


 慌てたフォルティアの声が背後から聞こえるが、私は止まる事無く進んでいく。
 そしてフォルティアの意中の相手――ジェイルの目の前まで来た私は、彼に微笑んだ。

 
 「こんにちは、ジェイルさん」

 「……あれ、リリアじゃないか!君も今から夕食?」

 「はい、フォルティアも一緒に。よければ、一緒にどうですか?」

 「もちろん!食事は大勢で食べた方が楽しいからね」


 柔らかな笑顔を浮かべたジェイルにお礼を言って、私はフォルティアの方に顔を向ける。
 彼女は少しだけ離れたところで、どう動くべきか決めかねている様だ。
 
 ――お節介かもしれないけど、これじゃあいつまで経っても進展しない。

 別にくっつけようとは思っていない。子供と大人なのだ、くっついた方がすごい。
 でも、好きな人と時間を過ごすというのも青春の内だ。フォルティアには、その体験をしてほしい。
 
 私は大股でフォルティアの元まで行き、その腕を掴んで引っ張る。
 彼女は少し抵抗していたが、そのままジェイルの前まで連れて行くと大人しくなった。
 
 
 「やぁ、フォルティア。調子はどう?」

 「あっ、えっ、げ、元気です!」

 「ハハッ、それは良かった。子供は元気なのが一番だからね。……さ、座って座って」


 ジェイルに促され、「失礼します」とおずおずした様子でフォルティアは席に座った。
 ……さて、私はどうしよう。欲を言えば、邪魔者である私はここで立ち去るのが一番なのだろうが、なんと言い訳して立ち去るか。

 そんな事を考えていると、ふと、前方に見知った姿が見えた。――これだ。


 「あ、ジェイルさんすみません!私、ちょっと用事があるんで席外しますね」

 「えっ!?リリアちゃん!?」

 「そう、なのかい?……そういうことなら、フォルティア。僕と二人になっちゃうけど、嫌じゃないかな?」

 「えっ!?い、いいい嫌だなんて、そんな!」

 「……って事で、失礼しまーす」


 フォルティアが慌てて引き留める前に、私は素早くその場を立ち去った。
 目指すのは、ある人物の元だ。


 「――ベリタス!」

 「……あ、リリア。どうかした?」

 
 私は、偶然見かけた人物――ベリタスの元に来た。
 彼は夕食の乗ったトレイを持っていて、今から席に座るようだった。いつも一緒のレオの姿はない。

 
 「ね、ベリタス。ご飯、一緒に食べない?」

 「え?……あ、うん。良いよ、もちろん」


 突然の提案に、ベリタスは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐ笑顔になった。どこか嬉しそうにしているのは、私の自意識過剰だろうか。
 私はベリタスへ席に座って待つよう伝え、急いで夕食を取りに行く。今日のメニューのチキンソテーとパン、スープや副菜等を取って、私はベリタスの元へと戻った。

 
 「おまたせ。……あれ、先に食べてて良かったのに」

 「いや、リリアと一緒に食べたいから」

 「お~。ベリタス、イケメンだね~」

 「リリア、揶揄うの止めてくれない?」


 そう言いながらも、どうやら満更でもないらしい。口元に笑みを浮かべたベリタスを見ながら、私は彼の隣に座る。


 「それじゃ、いただきます」

 「いただきます。……この挨拶も、なんか慣れてきたな」

 「ふふ、最初は戸惑ってたよね」

 「そりゃあそうだろ。どこの宗教に入ってるのかってびっくりしたよ」


 思い出話に花を咲かせながら、私達は夕食に手を付ける。
 
 チキンソテーは柔らかく、ハーブと塩で味付けされていた。
 シンプルながらに、素材の味が感じられて美味しい。
 噛めば噛むほど口の中に旨味が広がり、思わず笑みが零れた。


 「……リリアって、本当、美味しそうに食べるよね」

 「だって実際、美味しいもん」

 「確かに。温かくて、美味しい」

 「ハハ、温かさに注目したことはなかったなぁ」


 笑いながら言えば、「貴族の食事はちょっと冷めてるんだよ」とベリタスは笑う。
 貴族というのは美味しいご飯を食べている、みたいなイメージがあったから、少し驚きだ。
 
 「そうなんだ」と相槌を打ちながら、私は前方に見えるフォルティア達の様子を盗み見た。
 
 ――フォルティア、かわいいなぁ。

 赤らんだ顔でジェイルに笑顔を見せて何かを話しているフォルティアに笑みが零れた。
 女の子は恋をするとかわいくなる、というのはあながち間違いではないらしい。


 「……フォルティアか?」

 「え?あ、うん。……フォルティア、かわいいよねぇ」


 私の視線の先を見たベリタスにそう言いながら、私はチキンソテーを口に含んだ。
 お喋り好きなおばちゃんの作るご飯は、何を食べても美味しくて幸せを感じる。
 
 ゴクリ、と咀嚼したものを飲み込んで、再度フォルティアを見る。
 一生懸命話をしている赤い顔に、私は少し思った。――フォルティアのために、何かできないかな、と。


 「ねぇ、ベリタス」

 「なに?」

 「ベリタスって好きな人いる?」

 「ンッグ、はっ?」


 ご飯を食べていたベリタスは慌てて口の中のものを飲み込んでこちらを見た。
 その顔は〝何言ってんだお前〟とでも言いたげで、私はフォルティアを見ながら話し始めた。


 「友達ががんばってるのを見るだけって、ちょっと辛いなぁって」

 「……あー、なるほどね」


 状況を理解したらしいベリタスの方から、カチャリと食器の当たった音がした。
 振り向けば、彼は持っていたフォークを皿の上に置いて、こちらを見ていた。

 
 「リリアはフォルティアのために何かしてあげたいって思ってるんだな」

 「うん。友達だしさ、小さなことでも良いから何か力になりたいよ」

 「……力になるのは、あっちがそれを求めてきた時だけでいいんじゃない?恋してる側からしたらさ、見守ってくれるだけでも心強いと思うよ」

 「え?」

 「俺もその気持ち、分かるから」
 
 
 その言葉に、私はベリタスの顔を見つめた。
 長い前髪で目元は見えないが、真剣な雰囲気を感じ取れる。……もしかして、ベリタスにも好きな人がいるのだろうか?
 
 ――でもまぁ、聞くのは無粋な事だよなぁ。
 ベリタスの意見に「そっか」とだけ返して、私は食事を再開する。
 デザートのプリン以外もうほとんどなくなっていて、後、数口分しか残っていない。

 食堂のおばちゃんが作るプリンは絶品だ。
 チキンソテー等も美味しかったが、それらが前菜と思わせるくらいにこのプリンが美味しい事を、私は一年生の時に知ってしまったのである。
 
 残りのご飯を食べ終え、プリンにスプーンを差し込んだ時だった。


 「リリアは、好きな奴とかいるの?」

 「んー?いないよ?」


 ベリタスの問いに答えながら、私はプリンを掬う。
 ベリタスから「そっか」と安心したような声が聞こえた。
 
 スプーンの上の、ふるりと震えたそれを見ながら、私は咄嗟に思いついた台詞を口にした。

 
 「何?私が誰かに取られないか、心配だったとか?」


 ――なんて、自意識過剰な事を言って見たりして。
 彼の、笑いながら言う「うるさい」の言葉を待ちながら、私はプリンを口に含んだ。――甘い。
 
 もう一口食べようと、私はまたプリンにスプーンを差し込んだ。


 「――悪いかよ」

 「……え?」


 不機嫌そうな声に、私は横を見る。――頬をほんのり赤くしたベリタスが、こちらを見ていた。
 ぴちゃり、スプーンからプリンが落ちた音がした。


 「……あ、え?」


 ――今、なんて?
 そう口にしたつもりが、声は出なかった。ただ、ぽけっとしてしまって、きっと今の私は間抜け面になっている事だろう。


 「……」

 「……」
 

 静寂が流れて、気まずい空気になる。
 数秒だけその空理が流れた時、ベリタスが意を決したように息を吸い込み、口を開いた。
 

 「リリア、俺――」


 ――これは、まさか。やめて、止まって。
 〝何か〟を言いかけたベリタスに、様々な感情が頭を駆け巡った、その時だった。

 
 「――ベリタス、リリア!」

 「ウォッ」

 「ヒィッ」

 
 突然、真横から聞こえた大声に、私は肩を跳ねさせた。――そこにいたのは、満面の笑顔を浮かべたレオと、爽やかに微笑んでいるユーリ。
 二人共、両手に食事が乗ったトレイを持っている。
 

 「ユーリ先生との特訓終わったから、俺等も仲間に入れろよ!」

 「リリア、ベリタス。僕達もご一緒していいかな?」

 「……え?あ、はいっ!もちろん!さっ、座って座って!」

 「……レオ、恨むぞ」

 「え、何が?ってか、なんかお前、顔赤い――」

 「うるさい」

 「むぐっ」


 ――助かった。
 より一層不機嫌な顔になったベリタスを他所に、私は安堵の溜息を吐く。
 顔に熱が集まっている気がするのは、きっと気のせいだ。
 
 私はお皿に落ちたプリンの欠片を掬い、口に入れた。
 それはやっぱり甘かった。
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