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7話 狼の長

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 「村を襲う狼の群れの討伐、ねぇ」
 

 依頼の内容が書かれた紙を見て、アロウが呟く。
 彼女がサーヤに〝何か依頼を見繕ってくれ〟と言って出された依頼だ。
 
 アロウの言葉に頷いて、サーヤは説明を続けた。

 
 「先程入ってきた依頼です。なんでも最近、頻繁に狼の群れが出没し、村の食料を漁っていくようです。幸い死傷者はいませんが、何しろ小さな村ですからね。それだけで村へのダメージは大きくて。なので早めに終わらせたい依頼なんですけど、今動けるのが新人冒険者のみなんです。……後のベテランはほら、飲んだくれてるから」

 
 そう言って呆れた顔で視線を投げるサーヤに釣られ、私は振り返った。
 
 ……そこには、隣の冒険者と肩を組み、ジョッキを片手に陽気に歌う、屈強な男達がいた。
 皆、一様にふらついている。確かにあれでは、まともな戦闘はできないだろう。

 そんな男達を見て、アロウは声をあげて笑った。
 

 「いつ見ても面白い光景だな。酒場に行けば、もっと酒の種類もあるだろうに」
 
 「冒険者同士で飲むのが好きなんでしょうね。……それじゃあ、この依頼、よろしくお願いしますね」
 
 「はい!いってきます」
 

 にこり、微笑みながら手を振るサーヤに見送られ、私達は冒険者ギルドを後にした。
 
 狼が襲われた村は、この街から少し離れている。
 車だと二十分程で着く距離だが、この世界に車はない。移動手段は徒歩か馬車が普通だ。
 
 
 「じゃあ、馬車の手配をしてきますね、先生」
 
 
 そう告げてその場を去ろうとすると「待て」と声がかかって、私は振り返った。
 
 
 「良い機会だ、走って行こう」
 
 「はい?」

 
 アロウの提案に、私は素っ頓狂な声を上げた。――走って、だと?

 
 「ちょ、ちょっと待ってください!今から行くのって馬車で二時間以上かかるんですよね!?」
 
 「ああ、そうだ!」
 
 「何、良い笑顔で言ってるんですか!」
 

 今まで見てきた中で一番いい笑顔を浮かべたアロウに思わず突っ込んで、はた、と私は察した。

 
 「……もしかして、魔法ですか?」
 
 「そうだ。リリアも魔力操作に慣れてきた今なら、魔力による身体強化モドキもうまくできるだろう」
 
 
 アロウは「見ておけ」と私に言い、私から少し離れる。
 私は慌てて、魔力の流れを見るために集中して彼女を見た。

 
 「こうやって……こうだ!」

 
 青白い魔力を脚全体に纏ったアロウが膝を曲げ、地面を軽く蹴り上げた、次の瞬間。
 ――彼女の姿は、頭上のもっと空高くにあった。

 
 「は……」
 

 絶句。――魔法って、こんな事もできんの?それが私の感想だった。
 アロウは地上に優雅な足取りで飛び降りると「ふう」と溜息を吐いた。

 
 「どうだ、原理は分かったか?」
 
 「一応。なんか、足と地面の反発力を魔力が補ってるっていうか、足の裏が爆発してたっていうか」
 
 「そんな感じで捉えていいだろう、さすが我が弟子だ。……あ、ちなみに魔力で足を保護してないと多分足ヤラレルから、そこだけ注意な。後、目も良く見えるようにしないと、障害物に当たって死んだり死なせたりするかも」
 

 ――こわっ。そう思いつつも、目の前で身体強化をして様々な動きをするアロウを見て、こうも思った。
 ――怖い、怖いけど……楽しそう、と。

 
 数分後、私は体に魔力を纏わせる事に成功した。
 超人並みの身体能力を得た私は、アロウと共に村へと急いだ。


 
 *



 「やっと着いたぁ」
 
 「はっ、はっ……こ、ここが、例の村、だな?」
 
 「なんで先生が息切れしてるんですか」

 
 身体に魔力を纏わせ走る事、約十分。
 人や馬車の横を風の如く走り抜け、私達は村に着いた。

 見渡す限り、自然豊かな農村、といった雰囲気の村を見て、私は呟いた。

 
 「なんか、一見のどかな村って感じですね」
 
 「はぁ、はぁ……そ、そうだな。早く、村人の所へ、はぁ、行かなきゃな」
 
 「……先生、大丈夫ですか?」
 
 
 魔法使いは体が弱い、というのは本当らしい。
 アロウが息を整えているのを見て思い出し、はたと私は疑問に思う。――なんで私は平気なんだ?
 
 
 「異世界転生の特典みたいなもんなのかな」
 
 「ふぅ。……なんか言ったか?」
 
 「あっいえ、別に」
 
 
 思わず声に出していたらしい。
 私が慌てて口を塞ぎ、笑ってごまかしていたその時だった。

 ――きゃああああ!
 

 「っ……今の……」
 
 
 遠くから、女性の悲鳴が聞こえた。
 私とアロウは顔を見合わせると、足に魔力を纏わせて再度、悲鳴の聞こえた方へと走り出した。

 
 「クソ、狼風情がっ!」
 
 
 ……現場にたどり着いて見えたのは、数匹の狼の死骸と、無傷の一匹の狼と、それに立ち向かう男性たちの姿だった。
 狼は武器を持って立ち向かっている男性達に怯むことなく、唸り声を上げる事すらせずに堂々とした様子で立っている。

 ――このままじゃ、村の人達がやられる!

 
 「魔法で倒します!」
 

 私は手のひらを狼向かって差し出した。――しかしそれは、ある人物によって遮られた。
 

 「――っ、先生!?」
 

 差し出された私の腕を、アロウが掴んでいたのだ。
 彼女は困惑している私を見る事もなく、真っ直ぐ狼を見つめていた。

 
 「アレに攻撃するな」
 
 「は!?村の人達が襲われてるんですよ?そんな事言ってる場合じゃ」
 

 私の言葉が最後まで続くことはなかった。――村人達の方から、様々な悲鳴が上がったのだ。


 「――え?」
 

 ドンっという衝撃が全身を襲った。
 体は宙を舞い、背中と頭が地面に叩きつけられた。一瞬、息が詰まって変な声が出てしまった。

 ――何が、起こって……。

 突然の衝撃で咄嗟に閉じた目を、ゆっくりと開いた。
 ……視界いっぱいに見えるのは、こちらを見下す狼の顔。

 ――あ、死ぬ。
 真っ白となった頭に浮かんだのは、ただその言葉だけだった。
 
 狼の口が大きく開かれて、長くて赤い舌が見えた。
 私はすぐ襲い掛かるであろう痛みに耐える様に、もう一度、力強く目を瞑った。
 
 ……目を瞑って数秒。私は違和感を感じて目を開けた。
 
 
 「……え?」
 

 狼が、私の頬をペロペロと舐めていた。
 
 ハフハフと息を吐きながら懸命に舐めて、尻尾なんてブンブン音を鳴らして左右に振っている。――なんだこの状況?
 呆気にとられながら、私は上半身を起こしてその狼に問いかけた。

 
 「えっと、狼さん?なにしてんの?」
 
 「ワンッ!」

 
 ――ワンって言ったよ、この狼。
 先程まで村人相手に凛とした佇まいを見せていた狼は、今やキラキラとしたつぶらな瞳でこちらを見つめている。まるで、何かを期待しているかのような瞳だ。

 ――この光景は見たことがある。アレだ、人懐っこい犬が人間に飛び掛かるのと同じだ。
 
 そこまで考えて、私は重い溜息を吐いた。
 なんかよく分からないけど、狼に懐かれて助かったらしい。

 「ワフッ」と息を漏らしながら私へすり寄ってくる狼は、本当に犬の様だ。
 完全に気の抜けた私は「おーよしよし」とその頭を撫でた。
 

 「お、おい」

 「はい?……あ」


 後ろから聞こえた呼びかけに振り返れば、そこには武器を持った村人の男性が立っていた。
 彼は恐る恐るといった様子で近づき、私と狼を交互に見比べた。
 
 
 「お、お嬢ちゃん、大丈夫なのかい?」
 
 「あっ、はい。なんか懐かれました」
 
 「そ、そうか……」
 

 おずおずと聞いてくる村人に答えれば、なぜかドン引きされてしまった。何故だ。
 少し傷付いていると、後ろからくつくつと笑い声が聞こえた。この声は、アロウのものだ。

 
 「いやぁ、ここまで懐かれるとは。想像以上だな」
 
 「……先生。まさか、こうなるの分かってたんですか?」
 
 「いや?ただ、リリアの存在を認識すれば、攻撃はやめるだろうと思っただけだ。お前からは、こいつ等が好物にしている魔力が駄々洩れだからな」
 
 
 アロウの意味深な発言に、私は頭をひねった。――好物の魔力?駄々洩れ?
 
 
 「どういう事ですか?」
 
 「この狼はな、ただの狼じゃない。魔使いと呼ばれる存在の、成れの果てだ」
 
 「魔使い?」
 

 尻尾を振っている狼の頭を撫でながら、私はアロウを見上げた。

 
 「魔人と呼ばれる奴らの従順な僕みたいなものだ。こいつ等は魔力を糧に生きていてな、なんらかの理由で魔力の供給が絶えると、こんな風に狼の姿に戻っていくんだ」
 
 「狼の姿に戻っていく?元々は狼だったって事ですか?」
 
 「そうだ。魔使いっていうのは、魔人によって大量に魔力を摂取された獣だ。大方、コイツの主人に何かがあって魔力を供給できなくなり、こうやって少しでも魔力を摂取しようと食べ物を漁っていたんだろう。普通の食べ物でも、大量に食べれば体内で魔力に変換できるしな」
 
 「なるほど……。お前、結構苦労してたんだね、村を襲うのは良くないけど」
 

 そう言って私は狼――魔使いの頭を撫でた。気持ちよさそうに目を細める姿は犬さながらだ。

 
 「……さて。この魔使いだが、私達が引き取ろうと思っている。それでいいだろうか」
 
 「え?あ、ああ。村への被害が収まるなら、俺等はなんでもいいが……その……」

 
 アロウからの問いかけに、村人達はごにょごにょと口ごもる。
 それを見てアロウが「言いたいことがあるなら言え」と言うと、村人は覚悟を決めた様に口を開いた。
 

 「アンタ、さっき魔人って言ったよな?」
 
 「言ったな」
 
 「ま、魔人が飼ってた動物なんて、殺さなくていいのか?」
 

 怯えた様に魔使いを見ながら言う彼に、私は悟った。――魔人という存在は、きっと彼等にとって恐るべき存在なのだろう。
 
 しかし、そんな彼等を見ても尚、アロウは微笑んでいた。
 微笑みを浮かべた顔が、村人達を見渡した。村人達はそんな彼女の様子に首を傾げていた。
 
 
 「……この村に怪我人は出ているか?」
 
 「あ、いや。それなら大丈夫だ。奇跡的に村人全員、無事だよ」
 
 「――お前等が無事なのは、奇跡なんかじゃない」
 
 「え?」

 
 彼女の言葉に、村人は瞠目した。
 しかし、それは私もだ。――それは一体、どういう意味だ?

 アロウは魔使いの側に屈むと、その頭を撫でた。
 されるがままの魔使いは、気持ちよさそうに目を細めている。
 
 
 「さっきも言った通り、魔使いというのは食べた食料を体内で変換できる。でも、食料を漁るよりもM目の前にいる人間を殺して食べた方が効率が良いんだよ。それを襲わないっていう事は、コイツは人を食べないよう訓練されているか、もしくは人間に好意的かのどちらかだ」


 アロウの説明に、魔使いが「クゥーン」と鳴いた。まるで彼女の説明に同意するような泣き声だ。
 私は「なるほど」と納得しながら、魔使いの顎下を撫でる。気持ちよさそうな顔に、少し笑みが零れた。
 
 
 「それで村の人達は無傷だったんですね……。でも、死んでる他の魔使いは?」
 
 「こいつ等は魔使いじゃなくてただの狼だ。多分、この魔使いが強いから群れのリーダーにしたんだろう。……さて」

 
 魔使いの頭を撫で終え、アロウは村人達へ振り返った。
 微笑みを浮かべたままだというのに、彼女には一切の隙も感じられなかった。

 
 「この魔使いは私達が責任もって引き取り、管理する。それでいいな?」
 
 「……あ、ああ」
 

 村人達は気圧される様に頷いた。
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