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第30話 酔っ払いの戯言

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『本当の愛というものを知ることができたよ』

 突然送られてきた友人からのメールに、総一郎はびくりと体を震わせた。
 まさかあっちの総一郎に捨てられたのか!? 十夜と出会えたから!?
 そう考えたが、事の顛末を聞いてほっと胸を撫でおろす。

「どうしたんだぁ? 総一郎?」
「いや。なんでもない」
「そっかー」

 十夜はすっかりと出来上がっている。顔を真っ赤にしてへらへらとした、普段は見せない笑顔を浮かべている。そのギャップに愛おしさを覚えるのも無理はないだろう。
 十夜をお姫様抱っこして彼の。いや、これから二人で暮らすことになるマンションへと向かう。
 
「十夜、どうやら武井先生は一夜のプロテクトを解いたらしいぞ? そしてそのうえで結婚生活を継続することを決めたらしい」
「そっかー。それはよかった。あー、でも結婚かー。総一郎、俺たちはどうする?」
「どうする、って……」
「だあーかーらー、俺と結婚しないかって言ってるの!」

 十夜の言葉に総一郎は渋面を浮かべる。
 十夜と結婚? それはなんとも嬉しい話だ。これが彼が素面の時にした話なら喜んで受けたことだろう。だが今の彼は完全に酔っぱらっている。思ったことを考えるより先に口にしてしまっている。結婚という言葉を聞いて、自分が結婚するなどとは考えずに言ってしまっているのだろう。

「十夜。すまないが、私はその手の冗談に付き合うのは無理だ。それくらいに君のことを愛しているんだと思ってほしい」
「冗談じゃないって。先生が結婚してるって聞いてた時から、考えてはいたんだよね。総一郎、俺はお前と結婚したいって。っていうかほら、結局まだお前の所有者登録してないじゃん? せっかくだから結婚制度利用して俺のパートナーになってもらいたいなー、って」
「十夜……」

 どこまで本気なのかがわからない。だが、この口ぶりから察するに本当にそう考えてくれているのではないか?

「十夜。その言葉はもう一度、素面の時に言ってほしい。そうしたらプロポーズを受け入れさせてもらうから」
「わかった。絶対だぞ?」

 自宅に帰りつき、彼をベッドに寝かせる。昨日は同じベッドに寝たが、さすがに今日もまた同じベッドに寝るわけにはいかない。なにしろあんな話をした後だ。自分の理性が保たれる保証なんてどこにもない。
 初日に借りた客間を借りよう。そう思って部屋を出ようとする総一郎の服の裾を十夜が掴んだ。

「総一郎、もう一つ聞いてもいい?」
「どうした?」
「お前ってさ、セックスの時って感じるの?」
「なに?」

 突然の言葉に総一郎は眉を寄せる。

「昨日は指だけだったからそりゃあ感じなかっただろうけどさ、俺の中に挿入したらお前も感じてくれるのかなって。だってさ、俺だけが気持ちよくなるなんて嫌じゃん?」
「……どうかな。前の相手とは気持ちよくなることはなかったな」

 なにせ愛してもいない相手だ。プログラムに従って淡泊に相手を愛撫していたにすぎない。
 性欲が掻き立てられるため、完全に不干渉だということはないのだが。それでも物足りない気分は解消されなかった。
 だが十夜は愛する相手だ。彼とならひょっとして、と思わないわけでもない。

「だったらさ、試してみない?」
「……何を言ってるんだ、酔っ払い。今のお前に手を出せるわけがないだろ?」
「じゃあ、ちょっと待ってろ」

 そう言うと十夜はスマホを操作し始める。

「なにをするつもりだ?」
「ちょっとセフレと浮気してくる! そうすれば足腰経たなくなるまでセックスしてくれるって約束してくれただろ?」
「待て、早まるな。っていうか今から外に行くつもりか? その千鳥足で。無理にきまってるだろ」
「そこはほら……頑張る!」

 歯を見せてにっかりと笑って見せる十夜に、総一郎は小さくため息を吐いた。
 この調子では本当にセフレの元に行きかねない。浮気に利用されるためだけに抱かれる女性のことを考えるとなんともいたたまれなくなる。第一に、今の状態の十夜がきちんと避妊を出来るかどうかも怪しい。
 自分と結婚する前に誰かを孕ませてしまい、その相手と結婚しなくてはならなくなる。それだけはどうしても避けたかった。

「わかったわかった。ただし、まだちゃんと挿入できるくらいに拡張できているか怪しいからな。とりあえず試してみて、まだ出来そうになかったら途中で辞める。無理はしないって約束してくれるのならセックスをするが。どうだ、約束できるか?」
「わかった、頑張る!」

 そう言って十夜は手にしていたスマホを放り投げる。その画面にはなにも映されてはいない。十夜が操作していたふりをしていただけだということにようやく気が付いた。
 本当に分かっているのか?
 そうは思いながらも行為に及ぼうとしているのは、総一郎自身も彼とのセックスが楽しみで仕方がない証だ。
 今夜出来た友達。一夜からのメールには、追伸が掛かれていた。

『追伸、人を愛するって素晴らしいな!』

 ああ、まさしくもって本当にその通りだ。総一郎も強く頷いた。
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