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アラフィフ暗殺者、異世界転生を果たす
12,ナナシという男〈中編〉
しおりを挟むクロエとナナシの対決が始まった。
「あんたがディーラーをやったら絶対に勝てない、ってことはわかったわ。だからディーラーはあたしにやらせて」
「構わないけど、大丈夫かい?」
「ええ、任せときなさい!」
ナナシは心配そうな表情を浮かべるが、クロエは自信ありげに答える。
「それじゃあ、始めるとするかね」
クロエはトランプをシャッフルしながらナナシの様子を窺う。
(まずは相手の出方を伺わないと……)
ナナシは余裕の笑みを浮かべており、何を考えているのか全く読めなかった。そして――
「さあ、配ったわよ」
クロエがカードを配り終えるとナナシが口を開く。
「さあ、ゲームを始めようか」
「……ええ、そうね」
クロエの目は真剣そのもので一切の油断はなかった。
(やれやれ……。私なんぞに『負けたら自由にしていい』なんて賭けをもちかけるなんて危険な真似をするものだよ)
ナナシは内心で苦笑するが、表情は崩さずにゲームを始める。
「さあ、ショータイムの始まりさね」
ナナシは手札を確認するとニヤリと笑う。その手札に揃っているのはフォーカードだ。クロエが自力でロイヤルストレートフラッシュをそろえることが出来なければナナシの勝ちである。
(とはいっても。ここで私が勝ってしまうと、この子は私の奴隷になってしまうからねぇ。それは流石に可哀想だし、何より面白くない。仕方がない、あれをやるか)
ナナシは自分のカードを袖口のカードとすり替える。思い付きでやったことだ。少しお粗末かとも思ったが、幸いにして誰にもばれていない――ゼノ以外には。
ゼノの目が一瞬細くなるが、すぐに元に戻る。
(お願いだから黙っていてくれよ)
ゼノに気づかれたことにナナシは冷や汗を流すが、なんとかポーカーフェイスを保つ。
「それじゃあ勝負と行きましょうか!」
クロエの宣言で二人はカードをオープンする。
「…………」
「……ほう」
ナナシの手は4のスリーカード。対するクロエの手は――
「残念だったわね!フルハウスよ!」
「……なるほど」
クロエは得意気に宣言する。それに対してナナシは特に表情を変えずに呟く。
「それじゃあ約束通りあなたのことを教えてもらいましょうか?そうねえ。まずは本名から――」
「待ちなさい。まだ勝負は終わっていない」
ゼノの冷たい声が響き渡る。その瞬間、場の空気が凍りつくのを感じるのであった。
ゼノの一言により場の雰囲気が変わる。全員が固唾を飲んでナナシのことを見る。
「な……何を言っているんだい?もう勝負はついたじゃないか。私の敗北という形でねぇ」
「まだ決着がついたわけじゃない」
冷静な口調で言うゼノに対してクロエは反論する。
「ふざけないで!この状況を見てよくそんなことが言えるわね!?」
クロエの言葉を聞いたゼノはため息をつきながら答える。
「確かに状況だけを見ればお前の負けだ。だが、お前はまだナナシのイカサマに気づいてない」
「はぁ!?イカサマですって!?」
ゼノの発言にクロエは驚きの声を上げる。
「そう。ナナシはイカサマをしている」
「いやいや……。そんなはずはないよ。私はただの一般人だよ?そんなことが出来るわけないだろう」
ナナシは否定するがその表情からは焦りの色が見える。
「ほう。だとしたらこれをどう説明するんだ?」
ゼノはナナシの腕を掴んでテーブルの上に押さえつけ、ナナシの袖から五枚のカードを引き抜いた。「ちょっ!?あんた、いつの間に!?」
「やはりイカサマをしていたようだな」
「くっ……」
ナナシは悔しそうに顔を歪めるが、その表情には諦めの色が浮かぶ。
「さて、ナナシ。お前の本来完成させていた手札はフォーカード。どうしてわざと負けるようなことをしたのか、説明してもらおうか?」
「……降参だよ。私の完敗だよ」
ナナシは両手を上げて白状すると、ゼノはナナシを解放して全員に告げる。
「さて、これで一件落着だな」
ゼノの言葉を聞き、全員が安堵のため息をつく。そして――
「さあ、約束通り私のことを教えるよ」
ナナシがそう言うと、ゼノはナナシに詰め寄る。
「それでは教えてもらおうか。お前は一体誰なんだ?どうしてハウンドに近づいた?」
ゼノの目は鋭く光っており、ナナシは思わず後ずさる。
「まあまあ、落ち着きなさい。私はしょせんしがない老人に過ぎないんだ。君が思うような大層なものじゃないよ」
「……そんなわけがないだろう。お前が何者かは知らないが、普通の人間にあんな芸当が出来るとは思えない」
「……はぁ、困ったねぇ。私はただ得意になって自分の特技を披露しただけだっていうのにさ。ほら、私はしょせんただのお茶目なおじいさんだからね?そんなに警戒しないでも大丈夫だよ」
ナナシは笑顔のままそう言うと、ゼノはナナシのことを睨みつける。
「……まあいいだろう。それで、お前の正体はなんなんだ?正直に話さないなら、こっちにも考えがある」
「怖いなぁ。ゼノ、君の拷問は素晴らしく恐ろしいっていう評判を耳にしているからねぇ」
「なら、早く答えろ」
「わかったよ。私が誰かという質問にはこう答えるしかないねぇ。――『私はナナシだ』ってね」
ナナシの言葉に全員の頭に疑問符が浮かび上がる。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味さ。私の名前はナナシ。それ以外の何者でもないよ」
「……ふざけているのか?」
「まさか。至って真面目だよ」
ナナシは笑顔のまま答えるが、ゼノは納得していない様子だ。
「……仮にそれが本当だとして、なぜハウンドに近づいてきた?」
「ハウンドに近づいたも何も、私は十八歳の時からハウンドに所属しているんだ。そりゃあ私の主な役割は偵察行動だから組織にいなかった期間も長いし、所属してからだってずっと裏方の仕事をしていたから表舞台に立つ機会なんてほとんどなかったけどねぇ。それでも、私だって一応は幹部の一人だ。それに、あの組織は私にとって大切な場所でもある。そのぐらいのことしか語れることはないなぁ」ナナシは肩をすくめてそう言うが、その言葉は嘘ではないだろうとゼノたちは判断する。
「……じゃあ、あなたの本名はなんなわけ?まさか『名無し』が名前だなんて言わないわよね?」
クロエがそう言うと、ナナシは苦笑する。
「そのまさかだよ。私には名前がないんだ」
「えっ……」
ナナシの予想外の言葉にクロエたちは驚く。そしてナナシは自分のことを語り始めた。
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