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「おおっ!でけえ花火だなっ!」
夜空を彩る花火に見とれながら、彰吾は子供のようにはしゃいでいる。
(まったく。これがもうすぐ50歳になろうとしてる男の姿とはな)
そう思いながらも、正義は微笑ましい気持ちでその光景を眺めていた。
「彰吾、腰はもういいのか?」
「おう!この通り、ピンピンしてるぜ!」
彰吾はその場でトントンと跳ねるようにジャンプして見せた。いかにも中年といった体型の彰吾だが、その身軽な動きを見る限りまだまだ衰えていないようだ。
「そうか。それは良かった」
正義は嬉しそうに笑った。
彰吾と正義。二人は今鏑木空手道場の前にいる。切り立った山の中にある道場の前というのは、花火を見るのにはもってこいの場所だった。
「彰久たちも夏祭りなんて行かないで、ここで見りゃあ良かったのにな」
「まあ、それは仕方ないだろう。なにせ千里の友達が引っ越してしまうらしいから、その思い出づくりも兼ねているらしいからな」
「そっか」
彰吾は本気で言ったわけではないらしく、すぐに納得した様子を見せた。
「……なあ、彰吾。私のことを怒っているか?」
正義は唐突に尋ねてきた。
「あん?まあ、そりゃあな。お前のお陰でうちはそのうち潰れることが決まったわけだし、腹がたたねえってわけじゃねえよ?でもさ、今回のことで彰久がちゃんと大人になったんだ、って思えたんだよな。だからまあ、それでチャラにしてやるよ」
彰吾は空を見上げながら答えた。それは嘘偽りのない本心であった。
「そうか……ありがとう」
正義は礼を言うと、再び花火の方に目を向けた。その目はどこか悲しげだったが、その理由を彰吾は知らない――否、知る必要すらないだろう。
「『自由』と『責任』を天秤にかけてさ。ちゃんと自分なりの答えを出したんだ。ちゃんと祝福してやるのが親ってもんだろうが」
「彰吾……」
正義は驚いたように目を見開いた。
「彰久、立派に成長してくれて本当に良かったよ」
正義は花火を見つめながら、どこか遠くを見て呟いた。その表情には安堵の色が浮かんでいるように見えた。
「責任か……。思えば彰久君にはいろいろと背負わせ過ぎてきたな。もしも千里のことがなくて、空手の強豪校に行っていたとしたらどれほど才能を伸ばしていたことか……。そう思うと、もっと自由にさせてあげれば良かったな」
正義は後悔の入り交じったような声を出す。そんな正義を、彰吾は笑い飛ばし。
「なにいってんだよ。プロ格闘家になるって夢も叶ったし、インターハイにだって出場したんだぜ?十分才能は伸びてるじゃねえか。それにさ、あいつが千里ちゃんと同じ学校に行ったの、ただ面倒を見るためなんかじゃねえぞ?」
「ほう?それはどういう意味だ?」
正義は興味深そうに尋ねてくる。彰吾は意味ありげな笑みを浮かべながら、言った。
「決まってんだろ。好きな子と一緒にいたいからだよ」
「そう、か……」
彰吾の言葉を聞いた正義は優しい表情を浮かべた。今まで抱えていた後悔が、ほんの少しだけ晴れていく気がした。
「それにさ、あいつには言うなって口止めされてたんだけどよ。あいつはただ空手が強くなりたいんじゃねえ、お前の弟子として、世界一の空手家になるって目標があったみたいなんだ」
正義は意外そうな表情を浮かべた。そんなことは初耳だったのだ。しかし、不思議と納得する部分もあった。それはきっと、彰久があまりにも熱心だったからだろう。
「そうか……ならば私は、その道を全力で応援するだけだな」
そう言うと正義は、再び夜空を見上げた。その目に、花火の鮮やかな光が映る。
「ああ、それでいいんだよ」
そんな正義の様子を満足そうに見つめながら、彰吾もまた花火に目をやった。
「なあ、お前が教えてくれたから私も教えるけどな。もしかしたらお前の酒屋潰れないかもしれないぞ?」
正義はにやりと笑ってそういった。てっきり彰吾は喜ぶものとばかり思っていたが、なぜか彰吾は暗い顔をしている。
「どうしたんだ?」
「いや、どうしたじゃねえよ。彰久がそう言ったのか?うちの酒屋を継ぎたいって。でもな、俺はもうあいつを応援するって決めたんだ。だから今更あいつに継いでもらいたいだなんて……」
「違う違う。彰久君じゃない、千里だよ」
「千里ちゃんが?」
突然正義の娘の名前が飛び出し、彰吾は混乱した。
「ああ。あいつが言ってたぞ。彰久が空手道場を継ぐなら、自分が酒屋を継げば解決するんじゃないかって。そうすればお前の家の歴史も続けられるし、彰久君に負担をかけなくてすむ。そう思っているんだろう」
「……そいつはうれしいけどよ。でもいいのか?千里ちゃんにだってやりたいこととかあるだろ?」
「ああ、あるさ。でもな、千里は酒屋を継いでくれるそうだよ」
正義の言葉の意味が分からずに、彰吾は首をかしげた。正義はそんな彰吾の様子を見て笑いながら言う。
「つまりだな、彰久君と千里が結婚すればいいってことだ」
「結婚って……。いや、そりゃああの二人はお似合いだと思うけどよ?千里ちゃんが彰久のことを好きだってのは見てりゃわかるし、彰久だって自分の気持ちに気づいていないってだけで、千里ちゃんのことを憎からず思ってんだろ?でも、そんな簡単にいくものなのかよ」
彰吾は未だに信じられないといった様子でそう尋ねた。
「ああ、簡単だとも。お前も知ってるだろ?うちの娘は父親に似て頑固だってことをさ。まあ、だから娘の意思を尊重することにしたんだがな。それに、お前にとっても悪い話じゃないだろう?」
「まあ、そうだけどよ……」
彰吾は納得がいっていない様子だったが、これ以上口を挟むことはなかった。
「……でもさ、お前。もしも彰久が『娘さんを下さい!』って言いにきちまったら、どうすんだよ」
「まあ、その時は一発殴らせてもらうかな」
正義はそう答えて、にやりと笑った。
「マジかよ。そりゃあいいな。それでこそ俺の親友だ!」
彰吾は嬉しそうに言った。正義も笑って、二人は拳をぶつけ合うのだった。
「でもな、実際彰久君以上に千里のことを幸せに出来る男なんていないからな。いや、千里だけじゃない。私も真理も、彰久君には返しきれないほどの恩があるんだ」
正義はそういうと、夜空を見上げた。
「だから、彰久君になら娘を任せられるよ。きっと幸せになってくれるさ」
「まあ、そうだな」
彰吾も同意するように頷いて、同じように空を見上げる。そこには色とりどりの花が咲いていた。それはどこか幻想的で、まるで夢を見ているかのような気分にさせるのだった。
夜空を彩る花火に見とれながら、彰吾は子供のようにはしゃいでいる。
(まったく。これがもうすぐ50歳になろうとしてる男の姿とはな)
そう思いながらも、正義は微笑ましい気持ちでその光景を眺めていた。
「彰吾、腰はもういいのか?」
「おう!この通り、ピンピンしてるぜ!」
彰吾はその場でトントンと跳ねるようにジャンプして見せた。いかにも中年といった体型の彰吾だが、その身軽な動きを見る限りまだまだ衰えていないようだ。
「そうか。それは良かった」
正義は嬉しそうに笑った。
彰吾と正義。二人は今鏑木空手道場の前にいる。切り立った山の中にある道場の前というのは、花火を見るのにはもってこいの場所だった。
「彰久たちも夏祭りなんて行かないで、ここで見りゃあ良かったのにな」
「まあ、それは仕方ないだろう。なにせ千里の友達が引っ越してしまうらしいから、その思い出づくりも兼ねているらしいからな」
「そっか」
彰吾は本気で言ったわけではないらしく、すぐに納得した様子を見せた。
「……なあ、彰吾。私のことを怒っているか?」
正義は唐突に尋ねてきた。
「あん?まあ、そりゃあな。お前のお陰でうちはそのうち潰れることが決まったわけだし、腹がたたねえってわけじゃねえよ?でもさ、今回のことで彰久がちゃんと大人になったんだ、って思えたんだよな。だからまあ、それでチャラにしてやるよ」
彰吾は空を見上げながら答えた。それは嘘偽りのない本心であった。
「そうか……ありがとう」
正義は礼を言うと、再び花火の方に目を向けた。その目はどこか悲しげだったが、その理由を彰吾は知らない――否、知る必要すらないだろう。
「『自由』と『責任』を天秤にかけてさ。ちゃんと自分なりの答えを出したんだ。ちゃんと祝福してやるのが親ってもんだろうが」
「彰吾……」
正義は驚いたように目を見開いた。
「彰久、立派に成長してくれて本当に良かったよ」
正義は花火を見つめながら、どこか遠くを見て呟いた。その表情には安堵の色が浮かんでいるように見えた。
「責任か……。思えば彰久君にはいろいろと背負わせ過ぎてきたな。もしも千里のことがなくて、空手の強豪校に行っていたとしたらどれほど才能を伸ばしていたことか……。そう思うと、もっと自由にさせてあげれば良かったな」
正義は後悔の入り交じったような声を出す。そんな正義を、彰吾は笑い飛ばし。
「なにいってんだよ。プロ格闘家になるって夢も叶ったし、インターハイにだって出場したんだぜ?十分才能は伸びてるじゃねえか。それにさ、あいつが千里ちゃんと同じ学校に行ったの、ただ面倒を見るためなんかじゃねえぞ?」
「ほう?それはどういう意味だ?」
正義は興味深そうに尋ねてくる。彰吾は意味ありげな笑みを浮かべながら、言った。
「決まってんだろ。好きな子と一緒にいたいからだよ」
「そう、か……」
彰吾の言葉を聞いた正義は優しい表情を浮かべた。今まで抱えていた後悔が、ほんの少しだけ晴れていく気がした。
「それにさ、あいつには言うなって口止めされてたんだけどよ。あいつはただ空手が強くなりたいんじゃねえ、お前の弟子として、世界一の空手家になるって目標があったみたいなんだ」
正義は意外そうな表情を浮かべた。そんなことは初耳だったのだ。しかし、不思議と納得する部分もあった。それはきっと、彰久があまりにも熱心だったからだろう。
「そうか……ならば私は、その道を全力で応援するだけだな」
そう言うと正義は、再び夜空を見上げた。その目に、花火の鮮やかな光が映る。
「ああ、それでいいんだよ」
そんな正義の様子を満足そうに見つめながら、彰吾もまた花火に目をやった。
「なあ、お前が教えてくれたから私も教えるけどな。もしかしたらお前の酒屋潰れないかもしれないぞ?」
正義はにやりと笑ってそういった。てっきり彰吾は喜ぶものとばかり思っていたが、なぜか彰吾は暗い顔をしている。
「どうしたんだ?」
「いや、どうしたじゃねえよ。彰久がそう言ったのか?うちの酒屋を継ぎたいって。でもな、俺はもうあいつを応援するって決めたんだ。だから今更あいつに継いでもらいたいだなんて……」
「違う違う。彰久君じゃない、千里だよ」
「千里ちゃんが?」
突然正義の娘の名前が飛び出し、彰吾は混乱した。
「ああ。あいつが言ってたぞ。彰久が空手道場を継ぐなら、自分が酒屋を継げば解決するんじゃないかって。そうすればお前の家の歴史も続けられるし、彰久君に負担をかけなくてすむ。そう思っているんだろう」
「……そいつはうれしいけどよ。でもいいのか?千里ちゃんにだってやりたいこととかあるだろ?」
「ああ、あるさ。でもな、千里は酒屋を継いでくれるそうだよ」
正義の言葉の意味が分からずに、彰吾は首をかしげた。正義はそんな彰吾の様子を見て笑いながら言う。
「つまりだな、彰久君と千里が結婚すればいいってことだ」
「結婚って……。いや、そりゃああの二人はお似合いだと思うけどよ?千里ちゃんが彰久のことを好きだってのは見てりゃわかるし、彰久だって自分の気持ちに気づいていないってだけで、千里ちゃんのことを憎からず思ってんだろ?でも、そんな簡単にいくものなのかよ」
彰吾は未だに信じられないといった様子でそう尋ねた。
「ああ、簡単だとも。お前も知ってるだろ?うちの娘は父親に似て頑固だってことをさ。まあ、だから娘の意思を尊重することにしたんだがな。それに、お前にとっても悪い話じゃないだろう?」
「まあ、そうだけどよ……」
彰吾は納得がいっていない様子だったが、これ以上口を挟むことはなかった。
「……でもさ、お前。もしも彰久が『娘さんを下さい!』って言いにきちまったら、どうすんだよ」
「まあ、その時は一発殴らせてもらうかな」
正義はそう答えて、にやりと笑った。
「マジかよ。そりゃあいいな。それでこそ俺の親友だ!」
彰吾は嬉しそうに言った。正義も笑って、二人は拳をぶつけ合うのだった。
「でもな、実際彰久君以上に千里のことを幸せに出来る男なんていないからな。いや、千里だけじゃない。私も真理も、彰久君には返しきれないほどの恩があるんだ」
正義はそういうと、夜空を見上げた。
「だから、彰久君になら娘を任せられるよ。きっと幸せになってくれるさ」
「まあ、そうだな」
彰吾も同意するように頷いて、同じように空を見上げる。そこには色とりどりの花が咲いていた。それはどこか幻想的で、まるで夢を見ているかのような気分にさせるのだった。
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