夏の終わりに

佐城竜信

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「あーあ……。結局取れなかったよ」
正志は残念そうな声を上げた。結局、射的の屋台で手に入れたものは何もなかったのである。
「まあ、仕方ないだろ?運が悪かったってことで」
彰久はそう言って慰めてくれるが、正志は納得できない様子だった。するとそんな正志の様子を見ていた千里が口を開いた。
「ほら!元気出して!せっかくの夏祭りなんだから、もっと楽しもうよ!」
そんな千里の言葉に、雄介も同意するように頷く。
「そうそう。まだ時間はたっぷりあるからさ」
そう言われて、正志は辺りを見渡す。確かに、夏祭りはまだ始まったばかりだ。
「うん、そうだね!せっかくの夏だし、楽しまないと!」
正志がそう言うとみんな笑顔になってくれた。そのまま五人で屋台を周り始めると、すぐにみんな好きなものを見つけ始めた。
「あっ!りんご飴食べたい!」
そう言って千里が指差したのは、赤く輝く宝石のような果物だった。それを見た小百合は、
「いいね!私も食べたい!」
と賛同する。雄介も笑顔で頷くと、屋台のおじさんにりんご飴を注文し始めた。
「おじさん!りんご飴五つ下さい!」
それを聞いた屋台のおじさんは、慣れた手つきであっという間に人数分のりんご飴を用意してくれたのだった。そしてみんなで一斉にかぶりつく。
「ん~!美味しい!」そんな声が、五人全員から上がったのだった。
しばらく歩き回った後、彰久が時計を見て声を上げた。
「そろそろ花火が始まる時間だな」
その言葉に小百合と千里も反応する。雄介だけはスマホで時刻を確認していて、
「おおー、本当だ!もうこんな時間なんだな」
と嬉しそうに声を上げた。
花火の時間が近づいているからだろう。どんどんと人が集まってきている気がする。
そんな人混みの中を歩いていた時だった。
「きゃっ!」
小さな悲鳴が聞こえて来たので、そちらの方を見やると……そこでは小百合が転んでいたようで、地面に座り込んでいる姿が目に入った。浴衣の膝の部分には土がついてしまっている。
「大丈夫か?小百合」
雄介が小百合に手を差しのべて立たせると、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「ありがとう、雄介君」
すっかり二人の世界が出来上がってしまっている。
「やれやれ……。あの二人にも困ったもんだな」
そんな彰久の呟きに、正志は苦笑いをしながら答えた。
「あはは……。まあ、彰久たちも似たようなもんじゃない?」
「え?俺と誰が?」
「え?いや、こっちの話」
不思議そうに首を傾げている彰久を横目に見ながら、千里は雄介と小百合を見つめている。二人は付き合ってまだ間がない上に、八月が過ぎれば小百合が引越しをして休みの時に小百合がこちらに来るか、あるいは雄介が北海道に行かない限りは直接会うことが出来なくなってしまうのだ。
(なんとかして思い出を残せないかな……)
そんなことを考えていると、あることを思いついた。
「そうだ、二人とも!ちょっと耳を貸して!」
千里は彰久と正志に、とある提案をするのだった。


「ごめん、小百合!途中ではぐれちゃった!」
千里は電話の向こうにいる小百合に、そう噓をついた。
『えっ!?大変!じゃあどこかで待ち合わせをして合流しよう!』
「うーん……。それなんだけどさ、せっかくだから雄介と二人で花火見てきなよ。雄介もそっちのほうが、きっと喜ぶと思うし!」
『え?でも……』
「いいからいいから!遠慮しないで二人で行ってきてね!それに、夏休みが終わったら雄介とももう会えなくなっちゃうんだよ?ここらで恋人同士らしく、ロマンチックな思い出の一つでも作っておきなよ!」
やや強引に、千里は小百合を説得する。
『うーん……わかった。じゃあ花火が終わったら、また連絡するね』
「うん、待ってる!」
そう言って千里は電話を切ろうとするが。
『あっ、千里……』
「なに?」
『気を使ってくれて、ありがとう』
小百合の言葉に、千里は自分の考えが見透かされていたことを悟った。
千里が思いついたのは、人込みではぐれたふりをして雄介と小百合を二人きりにする、ということだ。とはいってもただはぐれただけでは二人も心配するだろうから、電話で連絡を取り合い、二人で花火を見てもらえるように仕向けるつもりだったのだ。
「……どういたしまして」
千里は電話の向こうで、小百合に聞こえないようにそっと呟いた。そしてスマホをしまうと、彰久と正志が待っているはずの場所へ向かって歩き始めた。
「千里、二人はどうだった?」
「うーん。わざとはぐれたこと見透かされちゃってた。まあでも、小百合も嬉しそうだったから、結果オーライかな?」
千里がそう答えると、正志は納得したように頷いていた。
「なるほどね……。確かにこれは気が利くね!さすが、モテる女は違うな!」
正志の言葉に、千里は少し照れ臭そうにしながら頭をかいた。そんなやり取りをしていると、夜の空に大輪の花が咲き始めた。
「お、始まったな!」
彰久が嬉しそうにそう言う。千里と正志も、その美しい光景に魅入られていた。それから次々と打ち上げられる花火を見ていると、隣にいる正志の様子がいつもと違うことに気がついた。
「正志?」
千里が声をかけると、正志はハッとした様子で我に返り、それから慌てて取り繕うような笑みを浮かべた。
「ご、ごめん。ちょっとトイレに行ってくるよ」
そう言うと、正志は人混みの中に消えていく。その後ろ姿を見届けながら、千里は不思議そうに首を傾げていた。
(どうしたんだろ、正志のやつ……?)
そんな疑問を抱きながらも、千里はちらりと隣に立っている彰久に視線を送る。そこで千里は、今彰久と二人きりだということを改めて認識した。
(あー……。これってもしかして、正志も気を使ってくれたのかな)
そんなことを考えながら、千里は苦笑を漏らすのだった。
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