夏の終わりに

佐城竜信

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真理の話が終わると、千里は泣いてしまった。
「千里……」
「ご、ごめん。泣くつもりなんて全く無かったのに」
千里は目元を拭う。それでも千里の瞳から流れる涙は止まらなかった。
「あたし、ずっとお姉ちゃんに謝らないといけないと思っていたんだ。あたしのせいでお姉ちゃんに苦労をかけているって思っていたから」
「そんなことないよ。それに、苦労をかけていたのは彰久君になんだから、ちゃんとお礼を言わないとね」
真理が優しく微笑むと、千里はこくりと肯いた。
「うん。そうだね。……でも、だったらどうして彰久は道場に来なくなっちゃったの?」
「……それは」
その理由は真理も知らない。真理が知っているのは、この三日間一度も鏑木家に彰久が近づいていないということだけだ。
「もしかして、あたしのせいかな……?」
千里が不安げな表情で言うと、真理は首を横に振った。
「違うよ。だって、彰久君は千里のこと大好きだから」
「でも、あんなに空手に一生懸命だった彰久が道場に来ないなんておかしいよ。やっぱり、あたしがなにかしちゃったのかも……」
「大丈夫だよ。だから、今は彰久君のことをそっとしておいてあげよう?」
「……わかった」
千里は俯きながら言った。
「ねえ、真理姉。もし、もしもだけど。彰久と仲直りできたとしたら、どうする?」
「私は……」
真理は考え込む。その時、玄関の方から扉が開く音が聞こえた。
「ただいま」
声の主は正義である。正義はリビングへとやってきた。
「お帰りなさい」
「お帰り」
正義は千里と真理の様子を見てぎょっとする。二人は涙を堪えながら、じっと正義を見つめているのだ。
「ど、どうかしたのか?」
「お父さん、彰久君のことで相談があるの」
真理の言葉に正義は真剣な面持ちになった。
「彰久がどうかしたのか?」
「ここのところ道場に顔を見せていないの」
「なんだ、そんなことか」
正義はほっとしたような顔を浮かべる。
「ちょっと、そんなことってどういうこと?彰久がどれだけ辛い思いをしてるかわからないの?」
千里が怒りの声を上げる。
「いや、そういうわけじゃないんだが」
「じゃあ、どうして彰久が道場に顔を見せてくれないか知ってるの?」
「それは……」
真理に問い詰められ、正義は口ごもる。
「ごめんね。責めるような言い方をしてしまって」
真理は申し訳なさそうな顔をした。
「いや、私が悪かった」
「それで、どうして彰久は道場に姿を見せなくなったの?」
「ああ、実はな……」
真理の質問に対して、正義は歯切れが悪そうに答える。
「実は、なんだっていうの?」
千里はいらいらしたように聞き返した。
「それは隠れている本人に説明してもらったほうがいいだろう」
正義は玄関口に隠れるように立っている彰久に視線を向ける。彰久は千里を届けた後、帰ったふりをして、こっそりと千里と真理の様子を覗いていたのだ。
「隠れてないで、さっさと入ってきたらどうだ?」
正義がそう言うと、彰久はゆっくりと歩いてリビングへ入ってくる。その姿を見た千里は叫んだ。
「何よ、あんた!どうして道場に顔を見せなかったのよ!」
千里の言葉を聞いた彰久は悲しそうにうつむくと、すぐに顔を上げて頭を下げた。
「ごめんな、千里。いろいろ勘違いさせて」
「勘違い?」
千里は不思議そうに首を傾げる。彰久はそのまま言葉を続けた。
「実はうちの親父がぎっくり腰やっちゃってさ。だから今、俺が配達の手伝いしてるんだよ。ほら、インターハイも格闘大会も終わった後だから休むのにもちょうどいいタイミングだったし」
「そうなんだ……」
千里は安堵したような声を出す。だが、すぐに険しい顔に戻った。
「でも、だからってあたしたちに黙って配達の手伝いなんてする必要なかったでしょ?」
「いや、正義さんには言っておいたんだよ?親父がぎっくり腰やった時にも近くにいたみたいだったし。だから二人にもすぐに伝わると思ったんだけど……、そういえば何も言ってなかったな」
彰久は正義の方を見る。すると正義は気まずそうに頭を掻いた。
「すまん、言い忘れていた」
「はあ!?お父さんのバカ!!」
千里は正義にビンタを食らわせる。正義は叩かれた頬を押さえながら、彰久に謝った。
「すまないな、彰久」
「いえ、いいんです。俺こそ黙っていてすいませんでした」
「ああいや、それはいいんだが……というかむしろ謝るべきなのはこっちの方だろう。勘違いをさせてしまってすまなかった」
正義は彰久に再度頭を下げた後、千里にも頭を下げる。
「すまないな、千里」
「……あたしこそ早とちりしてごめん」
真理が二人の様子を眺めていて微笑んだ。
「良かったね、仲直りができて」
真理の言葉に二人は頷く。
「ま、まあでも。彰久君が千里に大切に思われているならよかったよ」
正義がうんうんと頷きながら言った。
「それに彰吾のやつだって、彰久君が手伝ってくれてうれしいんじゃないかな?」
「……そうですね」
正義の言葉に、彰久は複雑そうな表情を浮かべる。
「どうしたの?彰久君」
「いや、その……」
真理に声を掛けられた途端に、彰久は気まずそうな表情になった。だが、今更言えるわけがないだろう。自分が千葉酒店を継がないという決意をしたことを迷い始めている、なんていうことは。
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