夏の終わりに

佐城竜信

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みんなと別れて彰久が向かった先はデパートの中にある装飾品売り場だ。それも若い子向けの店ではなく、ちゃんとした大人向けである。
彰久はショーケースに飾られているネックレスに視線を向けた。
「すいません。注文していたものを受け取りに来たのですが……」
「はい、少々お待ちください」
店員は彰久の姿を見て驚いた様子だったが、すぐに営業スマイルを浮かべると、奥へと引っ込んだ。そして、しばらくして戻ってくると、彰久に商品の入った紙袋を手渡す。
「こちらがご依頼されていた品になります」
「ありがとうございます」
彰久は代金を支払うと、店員から紙袋を受け取った。そして、店を後にしようとすると、後ろから声をかけられた。
「彰久、何を買ったんだよ?」
彰久が振り返ると、そこには雄介の姿があった。
「なっ!?雄介、どうしてここにいるんだ?それにみんなも……」
雄介だけではなく、千里と小百合と正志の三人もいた。
「そりゃあ気になったからに決まってるだろ?それで、彰久は何買ったんだ?」
「それは秘密だ。それより、なんで三人までついて来てるんだよ?」
「それは、みんなで彰久君を追いかけて来たからですよ」
「え?追いかけてって……」
「みんなで彰久の後をつけてたんだよ」
千里は悪びれる様子もなくそう言った。
「……マジかよ。全然気付かなかった」
「まあ、尾行なんて普通は気づかれないようにするもんだからな」
雄介の言葉に、彰久はガックリと肩を落とした。
「まあ、バレてしまったものは仕方がないか。俺が買ったのはこれだよ」
そう言って彰久が袋から取り出したのは、細長い化粧ケースだった。誰が見てもその中身がネックレスであるだろうことは容易に想像がつく。
「へえー、これってネックレスの箱じゃないか」
「ああ。だから言っただろ?頼んでたものが出来たって」
「でもさ……、どうして急にこんなものを欲しがるわけ?しかもわざわざお店で作ってもらっちゃったりしてさ」
「そりゃあ、贈り物だからだよ」
彰久の言葉に、千里は一瞬だけ目を見開いたが、すぐにいつも通りの表情に戻った。
「ふぅん。プレゼントか……。ねえ、誰へのプレゼントなのか聞いてもいい?」
「それは内緒だって」
「えー、いいじゃん。教えてよ」
千里は不満げに口を尖らせる。しかし、彰久は苦笑いをするだけで答えようとしない。すると、小百合が助け舟を出すように口を開いた。
「千里さん。あまりしつこく聞くのは良くないと思いますよ?」
「わかってるけどさ……。でも、やっぱり気になるんだよ」
「そうだよ。俺も知りたいな。一体、彰久は何を贈ろうとしているんだ?」
雄介も興味津々といった感じで尋ねた。すると、彰久は観念したかのように答え始めた。
「俺が贈ろうとしてるのは、真理姉さんにだ」
「え?そうなの?」
真理への贈り物。その言葉を聞いた千里は、どきりと胸が高鳴った。
「ああ、前に言ってただろ?自分の気持ちはちゃんと伝えた方がいい、って。だから、プレゼントと一緒に気持ちを告白しようと思ったんだよ」
「……そっか。ついに言うつもりなんだな!」
「ああ。いつまでも中途半端なままでいるのは嫌だしな」
「頑張ってね!彰久!」
雄介と正志は嬉しそうに応援した。だが、二人は知らないのだ。真理がすでに婚約をしていて、いずれは結婚をする予定があるということを。
(彰久、あの言葉を本気にしてたんだ……)
千里は複雑な心境で彰久のことを見た。確かにたきつけたのは千里自身なのだが、まさか彰久が本当に告白をするとは思ってもいなかった。
「……千里ちゃん、そんなことを言っていたんですか?」
婚約の事実を知っている小百合が、責めるように千里を睨みつける。
「あ、あれはその……」
千里はしどろもどろになって弁解しようとしたが、小百合はさらに詰め寄ってきた。
「そもそも千里ちゃんのせいでしょう!彰久君は真剣に悩んでいるんですよ!」
「わ、悪かったってば……」
「全く……。彰久君が困っていることくらいわかるでしょう?」
「う、うん……」
「まったく……。私も千里ちゃんのことは信頼していますけど……。もう少し考えて発言してくださいよ?」
「はい……。ごめんなさい……」
千里はシュンとなって謝った。そんな千里の様子を見て小百合はため息をつく。
「まあまあ、小百合。その辺にしといてやれよ。千里も反省してるようだしさ」
雄介がとりなそうとすると、小百合はキッと雄介のことを睨む。
「あなたは黙っていてください」
「は、はい……。わかりました……」
雄介は小百合の迫力に圧倒されてたじろいだ。そして、小百合は千里の方を向くと、優しく語りかける。
「千里ちゃん、もうあんな軽はずみな発言をしてはいけませんよ?」
「うん。わかったよ……」
「それならいいんです」
小百合は優しい笑顔を見せた。
その次の日。千里は目撃してしまった。そのネックレスを彰久が真理に渡し、「ずっと好きでした」と告白している姿を。真理は驚いた様子ではあったものの、悲しそうな顔を浮かべてこういった。
「ごめんなさい。私には好きな人がいます」
――そしてその日から彰久は鏑木空手道場に顔を出さなくなった。
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