夏の終わりに

佐城竜信

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そして運命の決勝戦。彰久の前には十郎太が立っている。相手は三十歳代のベテラン選手であり、決勝戦まで勝ち進んでいる相手でもあるのだ。とてもではないが油断できる相手ではない。
「君が千葉彰久君か。まだ若いのにここまで勝ち進めるなんてすごいじゃないか!」
十郎太は静かに語り掛けてきた。その顔には疲労の色が見えるが、瞳の奥にはまだ闘志が燃えている。
「ありがとうございます。……それで、あなたにどうしても伝えておきたいことがあるんです」
「なんだい?」
「俺はあなたの夢を応援したいと思っています」
「ほう。嬉しいことを言ってくれるな。君はプロになりたいとは思わないのかい?」
「はい。……でも、俺にとって大事なのはプロになるということではなくて、自分がどこまでいけるか、ということですから」
「なるほどな……。だが、それだとこの先苦労するんじゃないか?」
「いえ、大丈夫ですよ。……それより、もう始めましょうか?」
「そうだな……」
十郎太は構えを取った。
「……本気でこいよ、若造」
「はい」
試合開始のゴングが鳴ると同時に、二人は同時に動いた。
互いに相手の隙を狙って、激しい攻防を繰り広げる。十郎太の動きは洗練されており、彰久はガードをするかよけるかだけで精いっぱいだ。
それになにより。
(お父さんに勝たせてください!)
耕太の懇願が頭から離れない。
(……くっ!)
一瞬の隙を突かれて、十郎太の拳が彰久の頬を掠める。
「どうした?集中できていないようだな?」
「っ!すいません」
「……何か気になっていることでもあるのか?」
十郎太は彰久の心の内を読み取ったかのように言った。
「別に大したことじゃないんですよ」
「そうか?まあ、私にとっては好都合だけどな!」
十郎太は距離を詰めると、ラッシュを仕掛けてきた。
「うおおおおお!!」
「……っ!」
なんとか防いでいるものの、徐々に追い込まれていく。
(このままじゃ……!)
「ふん!」
十郎太の蹴りが彰久の腹部に入る。
「ぐっ!」
「もらった!」
よろけたところに十郎太の追撃が入る。それを何とか受け流した彰久だったが、十郎太の攻撃は止まらない。
「うおぉ!」
十郎太の渾身の右ストレート。なんとかそれを受けきりながら、彰久は考える。
(このまま負けてしまってもいいんじゃないか?)
と。どうせ父親には反対されているんだ。彰吾を説き伏せてからあたらめてプロを目指しても遅くはないだろう。だからここは、十郎太の夢を応援してもいいんじゃないだろうか。
そんな弱気が心をもたげたとき。
「彰久!負けるなっ!!」
耳に届いたのは彰吾の声だ。まさかと思って客席の方を見ると、そこには彰吾の姿があった。
「親父!?」
「俺はお前を信じてるぞ!絶対に勝て!!」
「……」
「彰久!何をしている!?」
「……わかりましたよ」
「ん?今なんと言った?」
「やってやりますよ!プロになってやろうじゃないですか!!」
彰久は覚悟を決めた。もう迷うことなどない。
「何の話を……?」
十郎太は困惑した表情を浮かべる。
「俺は全力であなたを倒します!そして、プロ格闘家になる夢をかなえて見せます!!」
「なっ!?」
十郎太の顔つきが変わった。その目には闘志が宿っている。
「ふ、ふざけるなよ!」
「ふざけてなんかいないさ!」
彰久は十郎太の攻撃を捌きながら言った。
「俺はもう決めたんだよ!自分の道を進むってな!!」
「くっ!」
十郎太は一度距離を取る。
「なら、これで終わりにしてやる!」
十郎太は今まで以上のスピードで彰久に迫る。だが、それでも。
(遅い!)「なにっ!?」
彰久はその動きについていくことができた。
「はぁあああっ!!!」
「ぐわっ!」
彰久のカウンターの正拳突きが十郎太の顔面を捉える。
「はぁ……はぁ……」
レフェリーがカウントを数え始める。彰久は肩で息をしながら十郎太を見つめていた。今までの試合で蓄積されたダメージもあったのだろう。レフェリーがカウントを終えても十郎太が立ち上がることはなかった。
「勝者!千葉彰久!!」
会場は歓声に包まれた。
「親父……!!」
彰久が客席を見上げると、彰吾が背中を見せて帰ろうとしてるところだった。その口元に笑みを浮かべながら。
(ありがとう、親父!)

***
試合終了後。優勝者の表彰をされてトロフィーと賞金を渡されたあと、彰久は控室へと戻っていた。
「……ふう」
一息ついて椅子に腰かける。
「やったね、彰久!」
「すごかったよ、彰久君!」
千里と真理が話しかけてくる。
「ああ、ありがとう」
「……彰久君、本当にいいのか?」
「え?」
「君はこうして優勝したんだ。それも、私の目からも相当に圧倒して優勝したように見える。だからいずれはプロからのスカウトがくるだろうな。そうなったとき、君はどうするつもりなんだ?」
正義に問いかけられた彰久は、目を瞑って考え込む。そして、数秒後。
「……やっぱり、俺はプロになります」
「どうしてだい?君のお父さんのことを考えたら、君はもっと別の道を選ぶべきじゃないのかい?」
「だって……あの時、親父が応援してくれたから」
「え?」
「確かに俺は自分の夢を優先しようと思いましたよ。でも……それ以上に嬉しかったんです。親父の声援が聞こえた瞬間に迷いがなくなったんですから……」
だから、自分はプロを目指すべきだと思ったのだ。たとえ父親が許してくれなくても。
「そうか……」
正義は優しく微笑んだ。
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