夏の終わりに

佐城竜信

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午前中から始まった大会も、昼の休憩を迎えている。
私服に着替えた彰久は友人や鏑木親子と一緒にレストランで昼食を食べている。
「すげえじゃん、彰久!こんな簡単に勝ちぬけるなんてさ!」
「そうそう!やっぱり彰久はレベルが違うなー」
雄介と正志は興奮しているようだ。だが、彰久はあまり浮かない顔をしていた。
「どうしたの、彰久?」
「ああ、ちょっとな……」
「もしかしてお父さんのこと?」
千里にそう聞かれて、彰久は小さくため息を吐いた。
「親父にはプロの格闘家になんかならないで家を継げ、って言われてるんだよな。でも、こうやって押し切って勝手に大会に参加してるわけだから、なんか裏切ってるみたいで悪いなって思って……」
「そんなこと気にしなくていいじゃない!」
「そうだよ。それにさ、もし彰久のお父さんが許してくれなかったとしても、あたしたちはずっと味方だよ?」
「ありがとな……」
真理と千里に慰められて幾分か気が楽になってくる。その彰久の頭に手が置かれたかと思うと、わしゃわしゃと撫でられた。もちろん、犯人は正義だ。
「あいつだって本当は応援したいと思ってるさ。だけどな、あいつは素直じゃないから。きっと今頃悔しい思いをしてるはずだよ」
「だと良いんですけどね……」
「ああ。大丈夫だ」
正義は力強く肯いた。
「それより、午後の試合も頑張れよ。お前なら勝てるさ」
「はい」
彰久は少し元気が出た。
「おっ、小百合のそれおいしそうだな」
雄介の言葉に、真理と千里もそちらを見る。確かに、小百合が食べている料理は美味しそうな匂いが漂ってきている。
「食べる?はい」
小百合はフォークに刺した肉を真理に差し出す。すると、雄介はそれをパクリと食べた。
「うん、おいしい!」
「でしょう?」
二人は笑いあう。
その姿を見ていた千里と正志は
「また始まったよ……」
と呟いた。
「それじゃあ、おかえしに――」
なんて言いながら今度は雄介がフォークを差し出してきたかと思うと、真理は顔を真っ赤にしてそれを口に含むのだった。二人の間にハートが飛び交っているような幻視が見えるのは、決して錯覚ではない。
「今朝からずーっとこんな感じなの」
「ははは……。そりゃあ災難だったな」
呆れたように言う千里の言葉に、彰久は苦笑を浮かべた。
「まあ、付き合い始めたばかりなんだろ?それも仕方がないんじゃないか?」
「そうはいっても、もうちょっと周りにも気を使ってほしいよね。まったく、彰久といい雄介といい、見てるこっちが恥ずかしいっていうのに!」
「俺もかよ!?」
驚嘆する彰久に、正志はため息をつく。
「いや、むしろ彰久が一番ひどいよ」
「しかも無自覚であんなことやってるくらいだからな。お前に俺たちのことどうこう言う権利はねえよ!そういう意味じゃ千里だって同罪なんだからな!」
「仲良くてうらやましいとは思うけど。あれで付き合っていないっていうのはちょっと……」
三人の非難を受けて、彰久は肩をすくめるしかなかった。どうやら千里と彰久との話をしているのだとはわかったが、彰久にとっては千里は可愛い妹みたいなものだ。みんなもそう思ってくれているとばかり思っていた。
ちらりと千里の方を見ると、顔を真っ赤にしてうつむいている。真理もにこやかに微笑んでいるが、目が笑っていなかった。
「……師匠はどう思いますか?」
「そこで私に振るのかい?……そうだなぁ。まあ、そういう青春があってもいいじゃないか。若いうちの苦労は買ってでもしろというからね」
「いや、師匠はまだ十分若々しいですよ」
「ふっ、ありがとう」
「いえ、別に誉めたつもりはないです」
彰久は思わず突っ込んでしまった。正義もなかなかの天然である。
「まあ、君たち若者がどんな恋愛をするのか、楽しみにさせてもらおう」
「そうですか……」
「それよりも、君の次の試合が始まるんじゃないのかな?」
「あっ、本当ですね!」
正義に言われて時計を見ると、試合開始まであと20分ほどだった。
「よしっ!いっちょやりますかね!!」
彰久は大きく伸びをすると立ち上がった。

***
(うーん……。やっぱり人が多いな)
彰久は次の試合が行われる会場へと向かっていた。だが、その道のりは思った以上に混雑しており、彰久はかなりの時間を要していた。
「すみません、通してください!」
ようやく選手用の通路へと出たころには、試合開始まで15分を切ってしまっている。レストランに行くために服を着替えていたから、手早くユニフォームに着替えないと間に合わない。
急ぎ足で更衣室へと向かう最中。他の選手の控室から声が聞こえてきた。
「あなた、本当に大丈夫?」
「ああ……なに、心配いらないよ。今度こそ優勝してみせるさ」
それは男の声だった。
(なんだろう?)
不思議と彰久は足を止めた。そして耳を澄ませると、会話がはっきりと聞き取れてきた。
「無理しない方がいいわよ?なんだか疲れているように見えるわ」
女の声が聞こえるということは、男の方は選手なのだろうか?
「大丈夫だと言っているだろう?君は俺の母親か何かなのかい?」
「でも……」
「いいんだ。俺はこの大会で優勝する義務がある。だから行ってくるよ」
男はドアを開けると外に出て行った。
「あっ!待って!!」
女の制止を振り切り、男は出て行ってしまったようだ。
(あの人、確か……)
彰久はあの男性に見覚えがあった。男の名前は佐崎十郎太。今年34歳になるベテランの総合格闘家だ。去年の大会で惜しくも準優勝という結果に終わっている。プロの格闘家になることを考えるのならば、そろそろ優勝をしなくては厳しい年齢である。
女の言う通り、十郎太には疲れが見え始めている。なにせこの大会の参加者は32人いて、トーナメント形式であるため優勝を目指すには5回勝たなくてはならないのだ。体力的にも精神的にも消耗してしまうのは当然と言える。
だが、彰久にはわかっていた。彼が勝利を諦めていないことを。そして、その瞳には勝利への渇望が宿っていることを。
「……負けられない理由、か……」
果たして自分にはそれがあるだろうか。優勝してプロの格闘家を目指す。確かにそれは自分の夢ではあるが、父親を。そして家業をないがしろにしてまで叶えたいことなのかどうか、彰久には自信がなかった。
彰久は再び歩き出した。今は目の前の試合に集中するべきだと。そう心に決めて。
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