夏の終わりに

佐城竜信

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「なあ、彰久!賭けをしないか?」
「賭け?」
彰久がそんな話を持ち掛けられたのは期末テストが始まる前の話だった。その話を持ち込んできたのは北村雄介。彰久の友人の一人だ。雄介は中肉中背の体格で、顔は割と愛嬌がある方だろう。
「そう!僕と雄介と彰久で、期末テストの結果で勝負をするの!」
もう一人は金村正志。正志は小柄で眼鏡をかけた少年だ。いかにも頭がよさそうな見た目をしている。
「別にいいぞ?それで、勝負するのは総合教科か?」
「いや、それも考えたんだけどさ。それだと勝負にならないだろ?だからお前が苦手な日本史で勝負するってのはどうだ?」
「なるほど。それは面白そうだ」
「じゃあ決定ね!ビリだった人が全員にアイス奢る、っていうのでどう?」「よし、乗った!」
こうして三人は期末テストで日本史の成績を賭けて勝負することになったのだ。

***
「それじゃあ、全員テストを出してくれ」
雄介の掛け声で全員が返却されたテストを裏返しにして机の上に置く。
「では、一斉に表にするぞ。せーのっ!」
三人が同時に表にした答案には、それぞれ点数と名前が書かれていた。
北村雄介、52点。金村正志、54点。そして、千葉彰久は……82点。
「うおおおぉぉ!勝ったぁ!!」
「くそっ!!負けた!」
「やっぱり彰久君が一番なんだ……」
三者三様の反応を見せる友人たち。だが、彰久からしてみればこの結果は当然の事だった。
「それで?彰久って総合教科合計何点?ってゆーか、学年順位何位?」
「ん?九教科合計735点で、学年順位8位だな」
「「……は?」」
二人の友人が固まった。彰久はどう見ても脳筋の見た目だ。なのに、まさかそこまで成績が良いとは思っていなかったようだ。
「いや、彰久が頭がいいのは知ってたけど、まさかそこまで頭良いなんて……。正直言って驚いたわ」
「お前ってさ、確か料理もめちゃくちゃ上手いよな?」
雄介は調理実習の時に作ったカレーライスを思い出していた。あの時は男子生徒が全員ノックアウトされかけたほど美味しかった記憶がある。
「ああ。昔から母さんに色々と仕込まれたからな。ある程度の事はできると思うぞ」
「へぇ~。じゃあさ、今度俺にも何か作ってくれない?また彰久様の手料理が食べたいな~」
「どうした突然、気持ち悪いな……。そんなにへりくだらなくても、弁当くらいでよければいつでも作るぞ?」
「マジ!?約束だからな!絶対だからな!」
雄介があまりにしつこく迫ってくるため、彰久は苦笑しながら分かったと答えた。すると雄介はとても嬉しそうな顔をした。その様子を見た正志は呆れたような表情を浮かべている。
(まったく、この男はいつも調子に乗りすぎなんだよ)
正志は心の中で悪態をつく。正志にとって雄介はあまり好きではない相手だった。理由は単純明快で、雄介が彰久のことを好いているからだ。それに、彰久自身も雄介に対して気を許し過ぎているという部分もある。それが余計に気に入らない。
「ってゆーか、それだけじゃなくて!空手も全国大会行ったんだろ!?あとその顔とその筋肉!まさに完璧超人だよな!」
「そうでもないぞ?部活には入ってないから成果をあげてないし、勉強の方だって怠けてるわけじゃない。ちゃんと予習復習をしておかないと授業についていけないからな。それと、これは生まれつきのものだから仕方がないだろ」
「いや、それでもすげえって!僕なんか、部活で疲れて帰った後はもう何もやる気が起きないもん!」
「まあ、確かにお前はもう少し頑張らないとダメだと思うぞ?」
「うぐっ!」
「でも、俺はそういうところも含めてお前のことが好きだけどな」
「……はい?」
「うん?どうかしたのか?」
雄介は一瞬何を言われたのか分からなかった。だが、理解が追い付くにつれて頬が熱くなるのを感じた。そして、雄介は思わず両手で自分の顔を隠してしまう。
「ちょっ、待って!今のなし!忘れてくれ!」
「あ、ああ。分かった……」
二人はお互いに恥ずかしくなり、沈黙してしまう。しかし、それを見ていた正志は我慢の限界だった。
「ちょっと二人とも!そんな空気になるのやめてくれるかな?」
「ご、ごめん」
「わ、悪い」「まったく、これだからラブコメ主人公は困るよね」
「おいこら、誰が主人公だ」
「はいそこ、うるさいよ」
「あ、すみません」
「というかさ、そもそも僕たちは何の話をしてたんだっけ?」
「期末テストの点数で賭けをした結果、雄介が負けたという話をしていたはずだが?」
「ああ、そうだっけ。……あれ?ってことは俺が負けってことか……」「残念だったな、雄介」
「ちくしょー!!」
雄介は悔しそうな声をあげながら、机の上に突っ伏した。正志はそれを冷めた目で見ている。
(まったく、このバカは本当に学習能力が無いな。どうしてこんな奴を彰久君は好きなのだろう?)
そんな事を考えながら、正志は再び溜息をついた。
そんな話をしていると、ぱたぱたと二人の女子が駆け寄ってくる。一人は千里で、もう一人は千里の友人の東雲小百合だ。
「彰久、やったよ!全教科赤点回避できた!これで夏休みに補習を受けずに済む!!」
千里は満面の笑みを浮かべて、彰久の手を握りブンブンと振っている。
「それは良かったな」
「うん!これも全部彰久のおかげだよ!ありがとう!」
「別に大したことはしてないけどな。小百合ちゃんはどうだった?っていっても、小百合ちゃんは頭がいいから心配いらないか」
「ふふふ。彰久君ほどじゃないですけどね」
「いやいや、小百合ちゃんは彰久よりすごいよ!顔も可愛いし、スタイルもいいし、それに……」
雄介は完全にのぼせあがって、小百合にベタ褒めの言葉を浴びせ続けている。それを見た正志はまたもや溜息をつく。
(まったく、雄介は少し節操というものを持った方がいいんじゃないかな)
「雄介……。それってもはやセクハラじゃないか?」
彰久はため息を吐くが。
「いいえ、彰久君!セクハラって言うのは、受けた方がセクハラだと思わなければセクハラじゃないんです!私は、その……。雄介君に褒められるのは嬉しいですから」
頬を赤く染め、照れくさそうにそう答える小百合。
「そ、そうなのか……。う~ん……。やっぱり俺にはよく分からないな」
「彰久君はもう少し女の子に気を使ってあげてください!女の子っていうのは繊細な生き物なんですよ!」
「あ、ああ。気を付けるよ」
彰久は、小百合が怒っていることだけはなんとなく察した。だが、何故怒られているのかはよく分かっていない。
「はい、そこまで!それ以上は彰久が混乱するだけだよ」
「むぅ……、分かりました」
千里が止めに入ると、小百合はすぐに落ち着いた。
「それで?三人は何の話をしてるの?」
「ああ、実は―――」
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