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しおりを挟む「あー、いい風!気持ちいいわねー」
「うん。そうだね」
店の裏手にある空き地で、千里と真理は涼んでいた。
「それにしても、彰久君って本当に強かったのね」
「うん。びっくりしちゃった」
「でもなんか納得って感じかな。だってあれだけがっしりしてて強そうな見た目してるんだもん。それに、あんなに優しいし」
「そうだよね。でも、彰久は強いだけじゃないんだよ」
「え?」
「あのね、彰久は――」
その時、背後に人の気配を感じた。
「二人ともここに居たのか」
「あ、彰久。どうしたの?」
「いや、姿が見えないから探しに来たんだ」
「そっか。心配かけてゴメンね」
「別に謝らなくても大丈夫だ。……それにしても、星見えなくなったよな」
「そうだよね。昔はあんなにきれいな夜空だったのに……」
昔は田舎だったからこそ、都会では見ることのできない美しい光景が広がっていた。それが今ではビルやマンションの明かりに邪魔されて、ほとんど見えなくなってしまった。
「……昔はさ、よく三人でここで遊んだよな」
「そうそう、彰久君ったらあの頃はまだ泣き虫だったわよね」
「真理姉。そんな昔の話を持ち出さないでくれよ。俺だってあのころとは少しは変わったと思うんだけどな」
「そう?私は全然変わってないと思うな」
「そうか?俺は結構変われたと思ってるんだけどな」
そう言うと、真理と千里は顔を合わせてくすりと笑う。そして、二人は同時に口を開いた。
『全然変わらないよ』
二人は声を揃えてそう言った。
「そう、なのかな」
「そうそう。彰久は昔からずっと優しくて、カッコいい男の子だもの」
「真理姉の言う通り。だから自信持ちなよ」
「ありがとう」
二人の言葉に、彰久は素直に礼を言う。
「どういたしまして。それじゃあ、私は先に戻ってるわね。後は二人でごゆっくり~」
真理は冗談めかしくウインクすると、家へと戻っていった。残された二人は、しばらく無言のまま立ち尽くしていた。
先に沈黙を破ったのは千里の方だ。彼女は俯きながらゆっくりと言葉を紡ぎだしていく。
「彰久。その……ごめんね?私じゃなくて、お姉ちゃんのほうが残ればよかったよね」
「何の話だ?」
「だって彰久、お姉ちゃんのこと好きでしょ?」
「えっ、いや、その、えっと……」
突然の質問に、彰久は動揺してしまう。
「やっぱりそうなのね」
「ち、違うよ!そういう意味じゃなくて、真理姉は俺の憧れっていうかなんていうか……。そう、子供が大人の女性に憧れるあの感覚と一緒だよ!」「本当に?」
「本当だって!」
「本当に本当の本当に?」
「しつこいなぁ。そうに決まってるじゃないか」
「そう、よかった」
千里はほっとしたように胸を撫で下ろした。
「よかったって、どうして?」
「だって、もし彰久がお姉ちゃんのことを好きだったりしたら、私、嫌だなって思って」
「なんで?」
「なんでって、そりゃ――」
そこまで言いかけたところで、急に恥ずかしくなってしまったのか、口をつぐんでしまう。
「どうしたんだ、千里?」
「うぅ……なんでもない!」
「そうか……」
(一体なんだろう?)と不思議そうにしていると、「そういえば!」と話を切り替えてきた。
「もうすぐ期末試験だよね。ねえ彰久、ちゃんと勉強してる?」
「まあ、普通にやってるってくらいだけどな。そういうお前はどうなんだよ?赤点は回避できそうなのか?」
彰久が尋ねると、千里の顔が青ざめる。
「うっ……!それは……まだちょっと……」
(まあそんなことだろうとは思ったけど)
「まあ、俺が教えられる範囲なら教えてやるから頑張れよ」
「ほんと!?ありがとー!彰久大好き!」
千里は嬉しそうに抱きついてきた。
「ちょっ、おい、離れろって」
そう言って引き剥がそうとするが、なかなか離れてくれない。
「いいじゃん!減るもんじゃないし」
「いや、俺の精神力が削られるんだが」
そんなことを言いながらも、結局はされるがままになってしまう。
「ふふ、彰久はほんといい匂いだねぇ」
「おいこら、嗅ぐな!」
「いいじゃん。幼馴染なんだし」
「それとこれとは別問題だよ!」
はぁ、とため息をつく。そんなやり取りをしていると、いつの間にか気分が落ち着いていた。こんな風に誰かとふざけ合うのも悪くはない。こうやって千里に振り回されるのも、千里の笑顔が見られるのなら悪くないかな、と思えた。
「よし、じゃあ帰ろうか」「うん!」
元気良く返事をする彼女の横顔を見ていると、自然と笑みがこぼれてくる。
「なあ、千里」「なあに、彰久?」
「これからもよろしくな」「こちらこそ!」
こうして、二人の青春は続いていく。
***
道場に戻ると、先ほどの喧嘩が決着をつけようとしていた。
「もうやめてくれ!降参する!降参するからぁ!!」
「だめだ!お前には反省というものが必要だ!!」
正義は彰吾の胴を両足で締め上げて動けないように固定して、脇腹をくすぐっている。
「あひぃっ!や、やめてぇっ!!許してくれよぉ!!」
「ははは!どうした、もう終わりか!?」
「た、頼む!やめてください!お願いします!」
「お前には反省というものが足りていない!だいたいなんだ、このぼよんぼよんのお腹は!たるんどるぞ!!」
「ご、ごめんなさい!ゆるしてくださーいっ!!!」
「お前はもっと運動をしろ、運動を!お前の年ならもうそろそろ色々とがたがくる年齢だろうが!血圧が高いと嘆いていただろうが!このままじゃ成人病一直線だぞ!それでもいいのか!?」
「はい!わかりました!だから離してください!死ぬ!死んじまいます!」
「お前の根性はその程度か!?」
「あああっ!ダメ!そこは敏感だから!や、やべでええええええええええええ!!」
「お前はな、ただの怠け者なんだよ。何も努力をせずに、のうのうと生きているだけの豚だ。そんな奴が息子と同じ土俵に立つなんておこがましいにもほどがあるだろう!お前は顔だけはいいんだから、少しくらい運動したらどうなんだ!?」
「だって、だってさぁあっ!あははははははっ!!!」
「だってじゃねえだろ!!言い訳をするな、バカ野郎がッ!!」
「うわああっははははははははははははははははっ!!!」
そんな二人を見ている人たちは。
「いいぞーっ!もっとやれーっ!」
「正義さーん、頑張ってーっ!」
「いい加減にしろ、哲司ーっ!」
「負けるんじゃねえぞーっ!」
「正義さーん、ファイトーっ!」
みんな、酔っているせいでテンションが上がりまくっている。
「母さん……。あれ、止めなくていいのか?」
「あら、いいのよ。いつものことだし。それに、彰久君も昔はよくあの人たちに混じって遊んでいたじゃない。懐かしいわね」
「まあ、確かにそうだけどさ……」
彰久は苦笑することしかできなかった。
こうして鏑木空手道場の夜は更けてゆく。
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