夏の終わりに

佐城竜信

文字の大きさ
上 下
6 / 58

しおりを挟む
「それにしても、彰久が優勝したとはなあ。正直驚いた」
酒をちびり、と飲みながら彰吾が言う。その表情は驚き半分、喜び半分といった様子だ。
「まあ、運が良かったんだよ」
「運が良かっただと?お前なあ、謙遜するにも限度ってもんがるだろ。あんな一方的な試合やっといて運が良かっただなんて、どの口が言ってんだよ」
「いや、本当にそう思ったんだよ。あの時、俺は相手のことしか見えていなかった」
あの時の彰久はただ勝つことだけを考えていた。他のことはどうでも良かった。だからこそ、相手がどんな動きをするか手に取るようにわかったし、自分が次に何をすれば良いのかも自然と理解できた。
「ま、お前らしいっちゃお前らしいな」
「どういうことだ?」
「お前は昔からそういう奴なんだよ。周りが見えなくなるっていうかさ。そういうところがお前の長所でもあり、短所なんだよな」
「……悪かったな」
「別に悪いっていってんじゃねえよ。むしろ、お前のそういうところを羨ましいと思うときもある」
「そうだな。彰吾は昔からわき見ばかりだったからな。知ってるか?彰久君。彰吾も昔は空手をやってたんだぞ?」
横から正義が割り込んでくる。
「えっ、親父が!?全然想像できない」
彰久の自分の父親に対するイメージは運動嫌いでぐうたらな男、だ。そんな彼が武道を習っていたなど、とてもではないが信じられなかった。
「本当だ。といっても、小学校低学年の頃の話だけどな。私に対抗意識を燃やしたのか、空手を教えろ、と言ってきてな。道場に体験入門してもらったんだ。それで、どうなったと思う?」
「どうなったもなにも。もうその話はいいだろ?」
「まさかすぐにやめちゃった、とか?」
彰久の抱える彰吾のイメージ通りに話をしてみる。どうやらそれは当たっていたようで。
「正解だ。1ヶ月ともたずにすぐに音をあげて辞めてしまった。それ以来、私はこいつに運動は絶対にさせるまいと誓ったのさ」
「……なんだそりゃ」
あまりにも情けない話に、思わずため息が出そうになる。
「うるせぇ。昔の話だろうが」
彰吾は恥ずかしいのか、そっぽを向いてしまった。
「まったく、彰久君とは大違いだな。君はこいつに似なくて本当によかったよ」
「うっせえよ!」
昔話に花を咲かせる父親とその幼馴染に、彰久は温かいものを感じていた。自分も将来大人になって、こうやって笑い合える親友が欲しい。そう思うのだった。
「そういえば、彰久君。もうすぐ夏休みか。学生ってのはいいよなー。今しかできないことがたくさんあって」
「そうだな。部活も勉強も、それから遊びも。全部今の時期にしか出来ないからな」
「そうそう。俺の子供の時は――」
大人たちの昔話を彰久は興味深く聞いている。自分も将来大人になった時、あの時はどうだった、こうすればよかったと。そんな思いに駆られる時が来るのかと思うと、今を大切にしようと思えてくる。
「ははっ。彰久君は随分熱心に聞いてくれるんだな」
そんな様子に気が付いたのか、話をしていた一人が彰久に声をかけてくる。
「はい!僕には経験がないですから。だから、すごく興味深いですし楽しいです!」
素直に感想を述べると、話しかけてきた男は照れくさそうな表情を浮かべる。
「そうか。なんかこっちまで嬉しくなってきちゃうね。よし、おじさんが何でも教えてあげよう!」
「ありがとうございます!」
彰久は満面の笑みを浮かべると、再び話に耳を傾け始めた。そんな彰久の様子を見て、彰吾は呆れたような顔で呟いた。
「ほんと、子供らしくない子供だな」
「彰久はああいう子なのよ」
「ま、あいつが楽しそうにしてるなら、それでいいんだけどな」
「そうね」
そう言いながらも、二人はどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
話を聞きながら、彰久は唐揚げに手を伸ばす。彰久が作ったものと真理が作った物が一つの皿に盛られているが、その違いははっきりと分かる。彰久が作ったものは味付けが濃く、真理が作ったものは丁寧で柔らかい味がする。
「それにしても、彰久君は料理上手だねぇ」
「そうですか?普通ですよ」
「いや、そんなことはないよ。こんなに美味しいものを作れるんだ。きっといいお母さんになるよ」
「そうですね。彰久ならいいお嫁さんになれると思いますよ」「ちょっと母さん!」
母親にまでそんなことを言われてしまい、彰久は顔を真っ赤にする。
「ははは、冗談だよ」
「全く……」
そうは言ったものの、実はまんざらでもなかったりするのだが。
(もしも俺が結婚するなら、かぁ……)
彰久は真理の隣に立つ自分を想像してみたが、あまりピンと来なかった。
「おっ、彰久が赤くなっとるぞ!はははっ!」
「彰吾!あんたは黙ってなさい!」
「へいへーい」
彰吾はつまらなさそうに返事をする。
「ふむ、結婚か。彰久君は結婚するなら真理と千里、どっちと結婚する?それとも私と結婚するか?」
「おい待てコラ。なんでお前が入ってんだよ?」
すかさず突っ込みを入れるが、「冗談だよ」という一言で一蹴されてしまう。
「でも、どちらと結婚するとしても道場を継いでもらうことが条件になるけどな。彰久君ならいい道場主になってくれそうだから私も今から楽しみだよ」
「おいおい、何言ってんだよ!彰久は俺の息子だ!うちの店を継ぐんだってことは産まれた時から決まってんだよ!」
「ははは。何を言い出すのかと思えば。彰久君ほど格闘家としてのセンスを持っている男はそうそういないんだぞ?お前だってそれはわかっているはずだ。お前ごときの小さな店に収まる器じゃないんだよ、彰久君は!」
「おい!うちごときってどういうことだ!うちはな、明治時代から続く由緒正しい老舗の名店なんだぞ!お前んところの道場の方がよっぽど小さいじゃねえか!」
「なんだと!?うちだってなあ、明治時代から続いてる歴史のある道場なんだ!今の言葉撤回してもらおうか!」
「なんだ、やる気か!?」
「ははは。冗談だろ?そのぶよぶよのお腹で私のこのマッスルボディに対抗できるとでも?」
「上等じゃねえか、表出ろや!!」
「望むところだ、返り討ちにしてやる!」
「あー、もう。また始まった」
「ははは」
大人たちが馬鹿騒ぎしているのを、彰久は笑って眺めている。
ふと見ると、千里と真理の姿がなかった。どうしたのだろうと辺りを見回してみるが、見当たらない。もしかして外に出ているのだろうか。そう考えて彰久も席を立った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る

マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。 思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。 だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。 「ああ、抱きたい・・・」

お父さん!義父を介護しに行ったら押し倒されてしまったけど・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
今年で64歳になる義父が体調を崩したので、実家へ介護に行くことになりました。 「お父さん、大丈夫ですか?」 「自分ではちょっと起きれそうにないんだ」 「じゃあ私が

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

両隣から喘ぎ声が聞こえてくるので僕らもヤろうということになった

ヘロディア
恋愛
妻と一緒に寝る主人公だったが、変な声を耳にして、目が覚めてしまう。 その声は、隣の家から薄い壁を伝って聞こえてくる喘ぎ声だった。 欲情が刺激された主人公は…

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

処理中です...