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「それにしても、彰久が優勝したとはなあ。正直驚いた」
酒をちびり、と飲みながら彰吾が言う。その表情は驚き半分、喜び半分といった様子だ。
「まあ、運が良かったんだよ」
「運が良かっただと?お前なあ、謙遜するにも限度ってもんがるだろ。あんな一方的な試合やっといて運が良かっただなんて、どの口が言ってんだよ」
「いや、本当にそう思ったんだよ。あの時、俺は相手のことしか見えていなかった」
あの時の彰久はただ勝つことだけを考えていた。他のことはどうでも良かった。だからこそ、相手がどんな動きをするか手に取るようにわかったし、自分が次に何をすれば良いのかも自然と理解できた。
「ま、お前らしいっちゃお前らしいな」
「どういうことだ?」
「お前は昔からそういう奴なんだよ。周りが見えなくなるっていうかさ。そういうところがお前の長所でもあり、短所なんだよな」
「……悪かったな」
「別に悪いっていってんじゃねえよ。むしろ、お前のそういうところを羨ましいと思うときもある」
「そうだな。彰吾は昔からわき見ばかりだったからな。知ってるか?彰久君。彰吾も昔は空手をやってたんだぞ?」
横から正義が割り込んでくる。
「えっ、親父が!?全然想像できない」
彰久の自分の父親に対するイメージは運動嫌いでぐうたらな男、だ。そんな彼が武道を習っていたなど、とてもではないが信じられなかった。
「本当だ。といっても、小学校低学年の頃の話だけどな。私に対抗意識を燃やしたのか、空手を教えろ、と言ってきてな。道場に体験入門してもらったんだ。それで、どうなったと思う?」
「どうなったもなにも。もうその話はいいだろ?」
「まさかすぐにやめちゃった、とか?」
彰久の抱える彰吾のイメージ通りに話をしてみる。どうやらそれは当たっていたようで。
「正解だ。1ヶ月ともたずにすぐに音をあげて辞めてしまった。それ以来、私はこいつに運動は絶対にさせるまいと誓ったのさ」
「……なんだそりゃ」
あまりにも情けない話に、思わずため息が出そうになる。
「うるせぇ。昔の話だろうが」
彰吾は恥ずかしいのか、そっぽを向いてしまった。
「まったく、彰久君とは大違いだな。君はこいつに似なくて本当によかったよ」
「うっせえよ!」
昔話に花を咲かせる父親とその幼馴染に、彰久は温かいものを感じていた。自分も将来大人になって、こうやって笑い合える親友が欲しい。そう思うのだった。
「そういえば、彰久君。もうすぐ夏休みか。学生ってのはいいよなー。今しかできないことがたくさんあって」
「そうだな。部活も勉強も、それから遊びも。全部今の時期にしか出来ないからな」
「そうそう。俺の子供の時は――」
大人たちの昔話を彰久は興味深く聞いている。自分も将来大人になった時、あの時はどうだった、こうすればよかったと。そんな思いに駆られる時が来るのかと思うと、今を大切にしようと思えてくる。
「ははっ。彰久君は随分熱心に聞いてくれるんだな」
そんな様子に気が付いたのか、話をしていた一人が彰久に声をかけてくる。
「はい!僕には経験がないですから。だから、すごく興味深いですし楽しいです!」
素直に感想を述べると、話しかけてきた男は照れくさそうな表情を浮かべる。
「そうか。なんかこっちまで嬉しくなってきちゃうね。よし、おじさんが何でも教えてあげよう!」
「ありがとうございます!」
彰久は満面の笑みを浮かべると、再び話に耳を傾け始めた。そんな彰久の様子を見て、彰吾は呆れたような顔で呟いた。
「ほんと、子供らしくない子供だな」
「彰久はああいう子なのよ」
「ま、あいつが楽しそうにしてるなら、それでいいんだけどな」
「そうね」
そう言いながらも、二人はどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
話を聞きながら、彰久は唐揚げに手を伸ばす。彰久が作ったものと真理が作った物が一つの皿に盛られているが、その違いははっきりと分かる。彰久が作ったものは味付けが濃く、真理が作ったものは丁寧で柔らかい味がする。
「それにしても、彰久君は料理上手だねぇ」
「そうですか?普通ですよ」
「いや、そんなことはないよ。こんなに美味しいものを作れるんだ。きっといいお母さんになるよ」
「そうですね。彰久ならいいお嫁さんになれると思いますよ」「ちょっと母さん!」
母親にまでそんなことを言われてしまい、彰久は顔を真っ赤にする。
「ははは、冗談だよ」
「全く……」
そうは言ったものの、実はまんざらでもなかったりするのだが。
(もしも俺が結婚するなら、かぁ……)
彰久は真理の隣に立つ自分を想像してみたが、あまりピンと来なかった。
「おっ、彰久が赤くなっとるぞ!はははっ!」
「彰吾!あんたは黙ってなさい!」
「へいへーい」
彰吾はつまらなさそうに返事をする。
「ふむ、結婚か。彰久君は結婚するなら真理と千里、どっちと結婚する?それとも私と結婚するか?」
「おい待てコラ。なんでお前が入ってんだよ?」
すかさず突っ込みを入れるが、「冗談だよ」という一言で一蹴されてしまう。
「でも、どちらと結婚するとしても道場を継いでもらうことが条件になるけどな。彰久君ならいい道場主になってくれそうだから私も今から楽しみだよ」
「おいおい、何言ってんだよ!彰久は俺の息子だ!うちの店を継ぐんだってことは産まれた時から決まってんだよ!」
「ははは。何を言い出すのかと思えば。彰久君ほど格闘家としてのセンスを持っている男はそうそういないんだぞ?お前だってそれはわかっているはずだ。お前ごときの小さな店に収まる器じゃないんだよ、彰久君は!」
「おい!うちごときってどういうことだ!うちはな、明治時代から続く由緒正しい老舗の名店なんだぞ!お前んところの道場の方がよっぽど小さいじゃねえか!」
「なんだと!?うちだってなあ、明治時代から続いてる歴史のある道場なんだ!今の言葉撤回してもらおうか!」
「なんだ、やる気か!?」
「ははは。冗談だろ?そのぶよぶよのお腹で私のこのマッスルボディに対抗できるとでも?」
「上等じゃねえか、表出ろや!!」
「望むところだ、返り討ちにしてやる!」
「あー、もう。また始まった」
「ははは」
大人たちが馬鹿騒ぎしているのを、彰久は笑って眺めている。
ふと見ると、千里と真理の姿がなかった。どうしたのだろうと辺りを見回してみるが、見当たらない。もしかして外に出ているのだろうか。そう考えて彰久も席を立った。
酒をちびり、と飲みながら彰吾が言う。その表情は驚き半分、喜び半分といった様子だ。
「まあ、運が良かったんだよ」
「運が良かっただと?お前なあ、謙遜するにも限度ってもんがるだろ。あんな一方的な試合やっといて運が良かっただなんて、どの口が言ってんだよ」
「いや、本当にそう思ったんだよ。あの時、俺は相手のことしか見えていなかった」
あの時の彰久はただ勝つことだけを考えていた。他のことはどうでも良かった。だからこそ、相手がどんな動きをするか手に取るようにわかったし、自分が次に何をすれば良いのかも自然と理解できた。
「ま、お前らしいっちゃお前らしいな」
「どういうことだ?」
「お前は昔からそういう奴なんだよ。周りが見えなくなるっていうかさ。そういうところがお前の長所でもあり、短所なんだよな」
「……悪かったな」
「別に悪いっていってんじゃねえよ。むしろ、お前のそういうところを羨ましいと思うときもある」
「そうだな。彰吾は昔からわき見ばかりだったからな。知ってるか?彰久君。彰吾も昔は空手をやってたんだぞ?」
横から正義が割り込んでくる。
「えっ、親父が!?全然想像できない」
彰久の自分の父親に対するイメージは運動嫌いでぐうたらな男、だ。そんな彼が武道を習っていたなど、とてもではないが信じられなかった。
「本当だ。といっても、小学校低学年の頃の話だけどな。私に対抗意識を燃やしたのか、空手を教えろ、と言ってきてな。道場に体験入門してもらったんだ。それで、どうなったと思う?」
「どうなったもなにも。もうその話はいいだろ?」
「まさかすぐにやめちゃった、とか?」
彰久の抱える彰吾のイメージ通りに話をしてみる。どうやらそれは当たっていたようで。
「正解だ。1ヶ月ともたずにすぐに音をあげて辞めてしまった。それ以来、私はこいつに運動は絶対にさせるまいと誓ったのさ」
「……なんだそりゃ」
あまりにも情けない話に、思わずため息が出そうになる。
「うるせぇ。昔の話だろうが」
彰吾は恥ずかしいのか、そっぽを向いてしまった。
「まったく、彰久君とは大違いだな。君はこいつに似なくて本当によかったよ」
「うっせえよ!」
昔話に花を咲かせる父親とその幼馴染に、彰久は温かいものを感じていた。自分も将来大人になって、こうやって笑い合える親友が欲しい。そう思うのだった。
「そういえば、彰久君。もうすぐ夏休みか。学生ってのはいいよなー。今しかできないことがたくさんあって」
「そうだな。部活も勉強も、それから遊びも。全部今の時期にしか出来ないからな」
「そうそう。俺の子供の時は――」
大人たちの昔話を彰久は興味深く聞いている。自分も将来大人になった時、あの時はどうだった、こうすればよかったと。そんな思いに駆られる時が来るのかと思うと、今を大切にしようと思えてくる。
「ははっ。彰久君は随分熱心に聞いてくれるんだな」
そんな様子に気が付いたのか、話をしていた一人が彰久に声をかけてくる。
「はい!僕には経験がないですから。だから、すごく興味深いですし楽しいです!」
素直に感想を述べると、話しかけてきた男は照れくさそうな表情を浮かべる。
「そうか。なんかこっちまで嬉しくなってきちゃうね。よし、おじさんが何でも教えてあげよう!」
「ありがとうございます!」
彰久は満面の笑みを浮かべると、再び話に耳を傾け始めた。そんな彰久の様子を見て、彰吾は呆れたような顔で呟いた。
「ほんと、子供らしくない子供だな」
「彰久はああいう子なのよ」
「ま、あいつが楽しそうにしてるなら、それでいいんだけどな」
「そうね」
そう言いながらも、二人はどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
話を聞きながら、彰久は唐揚げに手を伸ばす。彰久が作ったものと真理が作った物が一つの皿に盛られているが、その違いははっきりと分かる。彰久が作ったものは味付けが濃く、真理が作ったものは丁寧で柔らかい味がする。
「それにしても、彰久君は料理上手だねぇ」
「そうですか?普通ですよ」
「いや、そんなことはないよ。こんなに美味しいものを作れるんだ。きっといいお母さんになるよ」
「そうですね。彰久ならいいお嫁さんになれると思いますよ」「ちょっと母さん!」
母親にまでそんなことを言われてしまい、彰久は顔を真っ赤にする。
「ははは、冗談だよ」
「全く……」
そうは言ったものの、実はまんざらでもなかったりするのだが。
(もしも俺が結婚するなら、かぁ……)
彰久は真理の隣に立つ自分を想像してみたが、あまりピンと来なかった。
「おっ、彰久が赤くなっとるぞ!はははっ!」
「彰吾!あんたは黙ってなさい!」
「へいへーい」
彰吾はつまらなさそうに返事をする。
「ふむ、結婚か。彰久君は結婚するなら真理と千里、どっちと結婚する?それとも私と結婚するか?」
「おい待てコラ。なんでお前が入ってんだよ?」
すかさず突っ込みを入れるが、「冗談だよ」という一言で一蹴されてしまう。
「でも、どちらと結婚するとしても道場を継いでもらうことが条件になるけどな。彰久君ならいい道場主になってくれそうだから私も今から楽しみだよ」
「おいおい、何言ってんだよ!彰久は俺の息子だ!うちの店を継ぐんだってことは産まれた時から決まってんだよ!」
「ははは。何を言い出すのかと思えば。彰久君ほど格闘家としてのセンスを持っている男はそうそういないんだぞ?お前だってそれはわかっているはずだ。お前ごときの小さな店に収まる器じゃないんだよ、彰久君は!」
「おい!うちごときってどういうことだ!うちはな、明治時代から続く由緒正しい老舗の名店なんだぞ!お前んところの道場の方がよっぽど小さいじゃねえか!」
「なんだと!?うちだってなあ、明治時代から続いてる歴史のある道場なんだ!今の言葉撤回してもらおうか!」
「なんだ、やる気か!?」
「ははは。冗談だろ?そのぶよぶよのお腹で私のこのマッスルボディに対抗できるとでも?」
「上等じゃねえか、表出ろや!!」
「望むところだ、返り討ちにしてやる!」
「あー、もう。また始まった」
「ははは」
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