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「それじゃあね」
「ああ。またあとでな」
千里と分かれ道で別れた後、彰久は家路へとついた。
今は夏休みを目前に迎えている。もうすぐ学生にとっては恐怖の対象である期末テストが待ち受けている。加えて言うのなら夏休み中には模試が控えている。まだ高校二年生だというのにこうも勉強漬けだと、高校生の本分は遊びだと思っている彰久としては少々憂鬱な気分であった。
(千里は……大丈夫なのかな?)
彰久と千里。二人は同じ高校に通っている。レベルとしては中の上程度。それでも千里がどれだけ努力してこの高校に入学したのかを彰久は知っている。
一方、彰久のほうはといえば千里よりも学力がはるかに高いため、そう苦労することもなく高校に入学している。もっと上の高校を狙えるのだからと教師に勧められたのだが、それでも彰久が今の高校に決めたのには二つの理由があった。
一つは高校が家から近い、ということだ。電車にすら乗らずに通学できるのは非常にありがたかった。
そして、もう一つは幼馴染である千里と一緒に通うことができるということだ。
母親の死を目の当たりにしてしまった影響だろうか。千里は子供のころは精神不安を起こしていた。その度に彰久は千里の側にいて慰めていたのだが、千里が立ち直った今でもそれは続いている。今日だって、悪夢を見た後に抱きしめた千里の身体は震えていた。
(あいつは自覚してないんだろうな。……いや、こういうのって自覚してないほうがまずいのか)
自分勝手かもしれないと思いつつも、彰久は千里を守ってやりたいと思っていた。
『お兄ちゃん』として大切な家族を守る。そのためには千里と同級生であるということは彰久にとって好都合だったのだ。
そんなことを考えていると自宅にたどり着いた。閑静な住宅街から外れた場所にある一軒屋。そこが彰久の家であり、彼の両親が経営する千葉酒店の本店でもあった。
「ただいま」
店先にいるであろう父親に声をかける。すると、奥から人の気配が近づいてきた。
「おう、帰ったのか彰久」
現れたのは彰久の父親であり、千葉酒店の店主でもある彰吾だった。
「あれ、母さんは?」
「まだ帰ってねぇよ。なんでも仕入れ先の業者との打ち合わせがあるとかでな」
「そっか」
「それよりもおまえ、悪いんだけどさ。ビールケース3つ分、あいつんとこまで運んでくれるか?」
あいつとは彰吾の幼馴染、鏑木正義が経営する空手道場のことだ。そして、これから彰久が向かおうとしていた千里の家でもある。
彰吾は申し訳無さそうにそう言ってくる。なにせ彰久の祝賀会用だ。自分の息子を祝うための物を自分で運ばせるなんて親として情けないとは思っているのだろう。
「わかってるよ、親父には無理だってことは」
「無理とはなんだ!俺だってやろうと思えばできるんだぞ!」
彰吾は肩幅こそ彰久よりも広いが、その体はほとんど脂肪でできている。ビールケースを三個も持つのは難しいだろう。そもそも彰吾が重いものを持っている姿など見たことがない。
なにせ彰吾は運動も筋トレも大嫌いなのだ。顔立ちこそ彰久と彰吾はそっくりではあるが、そういう点についていえば正反対だと言ってもいいだろう。
「そういうのはこの腹をどうにかしてから言えよ」
彰久は彰吾の腹をむにむにと揉みしだく。彰吾はそれに抵抗しようとしてか、彰久の腕を掴んだ。
「こら、やめろ!俺の腹は触っても楽しくないだろうが!」
「いや、普通に楽しいけど?」
「俺は面白くねえ!」
「いいじゃん。減るもんじゃないし」
「俺のプライドが減るわ!」
「あっそ……」
彰久は素っ気なく答えると手を離す。そして、そのまま二階の自室へ上がっていく。
「じゃあ、着替えたら行ってくるわ。そのまま祝賀会の準備も手伝うと思うから」
「ああ、頼む。俺も母さんと一緒に後から行くから」
彰久は階段を上がりながら振り返ると、彰吾にそう告げた。
「そうだ、彰久」
彰久が部屋に入ると、後ろから彰吾の声が追いかけてきた。
「なに?」
「千里ちゃん、どんな様子だった?」
「……泣いてた。昔っからの悪夢を見たみたいでさ。でも、元気になってたよ」
「そうか……なら良かった……」
ホッとしたように呟いた彰吾の言葉を聞いて、彰久は内心では驚いていた。
「なんできょうだってわかったんだ?」
「なに?今日だったのか。……たんに俺はそろそろだって思ったから聞いただけなんだけどな。……彰久、千里ちゃんのこと頼んだぞ?」
「ああ、わかってるって!なんていったって、千里は俺の大切な家族なんだからな!」
「おう!俺にとってもまあ、娘みたいなもんだからな。むさっ苦しいお前と違ってかわいらしい子だしよ」
「おい!一言余計だぞ!」
「はは、わりぃ、わりぃ!」
「まったく……」
部屋の中へと消えていく彰久の背中に向かって彰吾はつぶやいた。
「……まったく、あの鈍感野郎が」
「ああ。またあとでな」
千里と分かれ道で別れた後、彰久は家路へとついた。
今は夏休みを目前に迎えている。もうすぐ学生にとっては恐怖の対象である期末テストが待ち受けている。加えて言うのなら夏休み中には模試が控えている。まだ高校二年生だというのにこうも勉強漬けだと、高校生の本分は遊びだと思っている彰久としては少々憂鬱な気分であった。
(千里は……大丈夫なのかな?)
彰久と千里。二人は同じ高校に通っている。レベルとしては中の上程度。それでも千里がどれだけ努力してこの高校に入学したのかを彰久は知っている。
一方、彰久のほうはといえば千里よりも学力がはるかに高いため、そう苦労することもなく高校に入学している。もっと上の高校を狙えるのだからと教師に勧められたのだが、それでも彰久が今の高校に決めたのには二つの理由があった。
一つは高校が家から近い、ということだ。電車にすら乗らずに通学できるのは非常にありがたかった。
そして、もう一つは幼馴染である千里と一緒に通うことができるということだ。
母親の死を目の当たりにしてしまった影響だろうか。千里は子供のころは精神不安を起こしていた。その度に彰久は千里の側にいて慰めていたのだが、千里が立ち直った今でもそれは続いている。今日だって、悪夢を見た後に抱きしめた千里の身体は震えていた。
(あいつは自覚してないんだろうな。……いや、こういうのって自覚してないほうがまずいのか)
自分勝手かもしれないと思いつつも、彰久は千里を守ってやりたいと思っていた。
『お兄ちゃん』として大切な家族を守る。そのためには千里と同級生であるということは彰久にとって好都合だったのだ。
そんなことを考えていると自宅にたどり着いた。閑静な住宅街から外れた場所にある一軒屋。そこが彰久の家であり、彼の両親が経営する千葉酒店の本店でもあった。
「ただいま」
店先にいるであろう父親に声をかける。すると、奥から人の気配が近づいてきた。
「おう、帰ったのか彰久」
現れたのは彰久の父親であり、千葉酒店の店主でもある彰吾だった。
「あれ、母さんは?」
「まだ帰ってねぇよ。なんでも仕入れ先の業者との打ち合わせがあるとかでな」
「そっか」
「それよりもおまえ、悪いんだけどさ。ビールケース3つ分、あいつんとこまで運んでくれるか?」
あいつとは彰吾の幼馴染、鏑木正義が経営する空手道場のことだ。そして、これから彰久が向かおうとしていた千里の家でもある。
彰吾は申し訳無さそうにそう言ってくる。なにせ彰久の祝賀会用だ。自分の息子を祝うための物を自分で運ばせるなんて親として情けないとは思っているのだろう。
「わかってるよ、親父には無理だってことは」
「無理とはなんだ!俺だってやろうと思えばできるんだぞ!」
彰吾は肩幅こそ彰久よりも広いが、その体はほとんど脂肪でできている。ビールケースを三個も持つのは難しいだろう。そもそも彰吾が重いものを持っている姿など見たことがない。
なにせ彰吾は運動も筋トレも大嫌いなのだ。顔立ちこそ彰久と彰吾はそっくりではあるが、そういう点についていえば正反対だと言ってもいいだろう。
「そういうのはこの腹をどうにかしてから言えよ」
彰久は彰吾の腹をむにむにと揉みしだく。彰吾はそれに抵抗しようとしてか、彰久の腕を掴んだ。
「こら、やめろ!俺の腹は触っても楽しくないだろうが!」
「いや、普通に楽しいけど?」
「俺は面白くねえ!」
「いいじゃん。減るもんじゃないし」
「俺のプライドが減るわ!」
「あっそ……」
彰久は素っ気なく答えると手を離す。そして、そのまま二階の自室へ上がっていく。
「じゃあ、着替えたら行ってくるわ。そのまま祝賀会の準備も手伝うと思うから」
「ああ、頼む。俺も母さんと一緒に後から行くから」
彰久は階段を上がりながら振り返ると、彰吾にそう告げた。
「そうだ、彰久」
彰久が部屋に入ると、後ろから彰吾の声が追いかけてきた。
「なに?」
「千里ちゃん、どんな様子だった?」
「……泣いてた。昔っからの悪夢を見たみたいでさ。でも、元気になってたよ」
「そうか……なら良かった……」
ホッとしたように呟いた彰吾の言葉を聞いて、彰久は内心では驚いていた。
「なんできょうだってわかったんだ?」
「なに?今日だったのか。……たんに俺はそろそろだって思ったから聞いただけなんだけどな。……彰久、千里ちゃんのこと頼んだぞ?」
「ああ、わかってるって!なんていったって、千里は俺の大切な家族なんだからな!」
「おう!俺にとってもまあ、娘みたいなもんだからな。むさっ苦しいお前と違ってかわいらしい子だしよ」
「おい!一言余計だぞ!」
「はは、わりぃ、わりぃ!」
「まったく……」
部屋の中へと消えていく彰久の背中に向かって彰吾はつぶやいた。
「……まったく、あの鈍感野郎が」
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