上 下
62 / 84

第六十二話 わたしは間に合わない (ルアンソワサイド)

しおりを挟む
イレーレナ。

わたしは、彼女を愛していた。

二週間ほどは楽しい日々を過ごすことができた。

相性がいいと思っていたので、予定通り一年程度は仲良くやっていけると思っていた。

しかし……。

婚約破棄をしてから二週間が経った頃から、関係に変化が出始めた。

イレーレナは、わたしに従順だったはずだった。

わたしに要求することなど、まずなかった。

それが、ライバルがいなくなって安心したのか、わたしにおねだりをするようになった。

豪華なドレス、豪華な食事、豪華な贈り物。

その要求はだんだんエスカレートするようになっていった。

その要求を満たさないと、

「わたしはルアンソワ様のことが大好きなのに、なぜおねだりを聞いてくださらないのですか? こんなに冷たいお方とは思いませんでした」

と嫌味を言ってくる。

わたしへの従順さはもうそこにはない。

いくらゴージャスな女性が好きなわたしとは言っても、だんだん嫌になってくる。

そして、態度も傲慢さがあふれるようになってきた。

公爵家のものたちに対して、尊重をする気は全くない。

それどころか、嫌味を言って、気分を悪くさせている。

最近は、わたしの方に、イレーレナについての苦情がくるようになって、わずらわしくなってきている。

フローラリンデはそうではなかった。

公爵家のものたちによく気を使ってくれていた。

やさしさがあった。。

わたしはそれに対し、必ずしもいい気持ちはしていなかったが、イレーレナの傲慢さと比べるとフローラリンデの方がよかったと思わざるをえない。

わたしに従順でゴージャスな女性というイメージは、こうして壊れていった。

まだ二人だけの世界に入ってはいるが、その魅力もだんだん薄れてきている。

婚約を破棄した日は、正式に婚約をしてもいいと思うぐらい、心が熱くなった。

その心の熱さも、だんだんなくなってきている。

今思えば、なぜイレーレナに婚約すると言ってしまったのだろう。

イレーレナは、

「正式な婚約はいつするのですか?」

と毎日のように迫ってくる。

イレーレナはわたしと正式な婚約をしたくてたまらないようだ。

それがわたしに対する愛ならまだいいと思っていた。

しかし、おねだりをどんどんしてくるということは、ただ贅沢をしたいだけではないのだろうか、という気がしてくる。

そう思い出したのも、イレーレナから心が離れていく一つの要因になっていた。

もう今は、正式な婚約をする気はなくなってきている。

そして、イレーレナのことを嫌いになり始めていて、別れた方がいいのでは、という気持ちも少しずつ湧き始めていた。

それにしても、イレーレナと婚約破棄をしてから、二つも大きな悩みを抱えることになるとは、全く想定をしていなかったことだ。

せっかく、イレーレナとの楽しい生活が続くと思っていたのに、それがもう壊れ始めようとしている。

領民の反乱の可能性と傲慢なイレーレナ。

どちらも悩ましい問題だ。

心がどんどん痛くなってくる。

フローラリンデが婚約者のままだったら、こういう悩みはなかったのに。

悩みどころか、わたしを支えてくれて、わたしの評判を高くしてくれただろうに……。

リランテーヌ子爵家の方も厳しい状況になっている。

フローラリンデの継母と異母姉は対立し、主導権争いをしていた。

子爵家の人々は、どちらかの勢力についていたのだが、もともとは争いが少なかった家だったので、この状況が嫌になる人々も次第に増えてきていた。

「フローラリンデ様が健在なら、こんなことにはならなかったのに。どうして子爵家を追放されなければならなかったのだろう。お元気でいらっしゃるなら、今からでも戻ってきてほしい」

そう思う人々が増えてきていた。

また領民の間でも、

「お嬢様はお父上と一緒に、この領地を豊かにしてきた。それなのに追放するなんて……。誰が主導権を握っても、お嬢様のようないい政治はできない。お嬢様に戻ってきてほしい」

という、フローラリンデを待望する声が高まっているとのこと。

継母も異母姉も、自分たちの勢力争いでも疲れてきているのに、領民への対応もしなければならないので、対応に困っていて、苦しんでいるという。

そして、

「フローラリンデを追放したのは間違いではなかったのだろうか?」

と二人とも言っているという。

こうした子爵家の現状の話はわたしに伝わってきた。

でもどうでもいい話だ。

わたしには関係のないことだ。

どうなろうと、わたしは別に苦しむわけではない。

そう思っていた。

しかし……。

この話は、伝わった公爵家の領民たちに、ますます反乱する方向への力を与えることになった。

「お嬢様は子爵家の領民たちにも慕われていた。そのお嬢様との婚約を破棄したら、お嬢様は子爵家を追放され、その後、子爵家は内紛で苦しいことになった。酷いお方だと思う。公爵家や公爵家の領民だけでなく、子爵家や子爵家の領民にも迷惑をかけるとは……」

公爵家の領民の間ではそういう声が大きくなり、公爵家の内部でもそう言っているものが出てきているとのこと。

子爵家の内紛がこういう形で影響してくるとは……。

婚約を破棄したのは、間違いだったのかもしれない。

そういう気持ちが大きくなり始めていた。

しかし、もしもう一度婚約しようとしても、フローラリンデは子爵家を追放され、行方がわからない。

それに、あれだけの仕打ちをしてしまったのだから、もしまた会うことができて、もう一度婚約することをお願いしたとしても、受け入れるとは思えない。

わたしが今から、フローラリンデのことを大切に思ったとしても、もう間に合わないということだろう。

ああ、つらい。苦しさがどんどん増してきている。

食欲がだんだんなくなってきていて、気力もなくなってきている。

何とかこのつらさと苦しみから脱出したい。

わたしは強く思うのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境の白百合と帝国の黒鷲

もわゆぬ
恋愛
美しく可憐な白百合は、 強く凛々しい帝国の黒鷲に恋をする。 黒鷲を強く望んだ白百合は、運良く黒鷲と夫婦となる。 白百合(男)と黒鷲(女)の男女逆転?の恋模様。 これは、そんな二人が本当の夫婦になる迄のお話し。 ※小説家になろう、ノベルアップ+様にも投稿しています。

婚約破棄された男爵令嬢〜盤面のラブゲーム

清水花
恋愛
 チェスター王国のポーンドット男爵家に生を受けたローレライ・ポーンドット十五歳。  彼女は決して高位とは言えない身分の中でありながらも父の言いつけを守り貴族たる誇りを持って、近々サーキスタ子爵令息のアシュトレイ・サーキスタ卿と結婚する予定だった。  だが、とある公爵家にて行われた盛大な茶会の会場で彼女は突然、サーキスタ卿から婚約破棄を突きつけられてしまう。  突然の出来事に理解が出来ず慌てるローレライだったが、その婚約破棄を皮切りに更なる困難が彼女を苦しめていく。  貴族たる誇りを持って生きるとは何なのか。  人間らしく生きるとは何なのか。  今、壮絶な悪意が彼女に牙を剥く。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

公爵子息に気に入られて貴族令嬢になったけど姑の嫌がらせで婚約破棄されました。傷心の私を癒してくれるのは幼馴染だけです

エルトリア
恋愛
「アルフレッド・リヒテンブルグと、リーリエ・バンクシーとの婚約は、只今をもって破棄致します」 塗装看板屋バンクシー・ペイントサービスを営むリーリエは、人命救助をきっかけに出会った公爵子息アルフレッドから求婚される。 平民と貴族という身分差に戸惑いながらも、アルフレッドに惹かれていくリーリエ。 だが、それを快く思わない公爵夫人は、リーリエに対して冷酷な態度を取る。さらには、許嫁を名乗る娘が現れて――。 お披露目を兼ねた舞踏会で、婚約破棄を言い渡されたリーリエが、失意から再び立ち上がる物語。 著者:藤本透 原案:エルトリア

平凡な女には数奇とか無縁なんです。

谷内 朋
恋愛
 この物語の主人公である五条夏絵は来年で三十路を迎える一般職OLで、見た目も脳みそも何もかもが平凡な女である。そんな彼女がどんな恋愛活劇を繰り広げてくれるのか……?とハードルを上げていますが大した事無いかもだしあるかもだし? ってどっちやねん!?  『小説家になろう』で先行連載しています。  こちらでは一部修正してから更新します。 Copyright(C)2019-谷内朋

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。

ラディ
恋愛
 一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。  家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。  劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。  一人の男が現れる。  彼女の人生は彼の登場により一変する。  この機を逃さぬよう、彼女は。  幸せになることに、決めた。 ■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です! ■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました! ■感想や御要望などお気軽にどうぞ! ■エールやいいねも励みになります! ■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。 ※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。

処理中です...