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第二十話

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今日のライブは、バレンタインデーということもあってやってきた来場者たちは、女の子が大半を占めていた。
湧き上がる声援。
さらに盛り上がるライブハウス内。

「今日のライブ。頑張ろうね」

奈緒さんは、微笑を浮かべてそう言ってくる。
いつもよりも上機嫌なのは、見ればすぐにわかる。
きっと奈緒さんの部屋でセックスをしたせいだろう。
ゴム有りだったからいいようなもので、もしもゴム無しだったら僕はきっと、香奈姉ちゃんに顔向けができなくなっていたに違いない。
今の状態さえ、多少感情にざわつきがあるのだから。
奈緒さんとのセックスは、あまり思い出したくない。

「うん」

僕は、なんとか平静を装う。
香奈姉ちゃんに悟られてしまうのだけは勘弁だ。
あくまでも何事もなかったようにするのがやっとである。
しかし勘の鋭い香奈姉ちゃんは、思案げな表情で訊いてくる。

「二人とも何かあったの? さっきから、随分と仲良さげだけど……」
「何もないよ。今日はバレンタインデーだから、気合いが入っているだけ。…ねぇ、楓君」
「え。うん。そうだね」

苦し紛れな返答をしてしまった。
香奈姉ちゃんには、勘づいてほしくないが。
香奈姉ちゃんは、訝しげな表情を浮かべていたが、軽く息を吐くと笑顔を浮かべる。

「そっか。それなら、今日のライブは気合を入れてやらないとね」
「もちろん!」

奈緒さんは、力強くそう言っていた。
どちらかというと、上機嫌なんだろうな。
行為中、あれだけ激しくされたら……。
ダメだ。
やっぱり思い出しちゃう。
奈緒さんは一方的なのに想いが激しくて、こちらが尻込みしちゃうくらいに押し付けてくるからたまらない。
僕の大事な箇所がよく勃ったなって思ってしまうくらいだ。
奈緒さんの秘部も、それだけ魅力的なんだろう。
いきなりのセックスは勘弁してほしいけど……。

ライブはあっという間に終わるものである。
1~2曲くらい披露しただけだから、終わるのもあっという間なのは、当然といえば当然だが。
それにしても、バレンタインデーの日にライブをやるライブハウスというのも、めずらしい気がする。
しかも圧倒的に女の子たちが多い。
そんなに本命チョコを渡す相手がいないっていうことなんだろうか。それとも──

「あの……」

ちょっとだけ考え事をしている最中に、声をかけられた。
女の子だ。
見た感じ、同世代っぽい。
僕は、笑顔で応じる。

「ん? なにかな?」

一応、女装しているので、男に見られないように気をつけた。
しかしこの女の子は、僕のことを観察するかのような目で見てくる。そして──

「わたし、あなたのファンなんです! だからこれ、受け取ってください!」

そう言って、プレゼント用に綺麗に包装されたチョコレート箱を差し出してきた。
バレンタインデーだからチョコを渡すのは当たり前の光景だけど、これって──
色々と邪推してしまいそうだけど、この子の気持ちだ。
受け取らないわけにはいかない。
僕は、微笑を浮かべて受け取る。

「ありがとう」
「応援してます! 次も頑張ってくださいね」

率直にそう言われると、正直嬉しい。
僕は、素直に頷いていた。

「うん。頑張るね」
「はい!」

女の子は、そう返事をすると踵を返して立ち去っていった。
この会話が香奈姉ちゃんとかに聞かれたら、それはそれで大変そうだ。
どうか見ていないように……。
そんな僕の気持ちは、徒労に終わる。
香奈姉ちゃんたちは、見るからに不機嫌そうな感じで僕に近づいてきた。
ファンの方たちにはわからないように、それでも笑顔を浮かべていたが。
その笑顔が若干ひきつっている。

「ずいぶんと仲良さそうだったね。ひょっとして、知り合い?」
「いや。ただのファンかな。他意はないと思うけど」
「ふ~ん。そっか……」

僕の言葉に、香奈姉ちゃんは素気なく返事をする。
もしかして、やきもちを妬いていたりするのかな。

「楓君は、ああいう女の子が好みだったりするの?」

理恵先輩は、興味津々といった様子で僕に訊いてくる。

「いや……。そういうわけじゃ……」

まさか理恵先輩からそんな事を聞かれるとは思わなかっただけに、僕はしどろもどろになってしまう。

「楓君のその態度。なんか怪しいなぁ。ホントのところ、実はそうだったりして──」

今度は、美沙先輩が訝しげな表情で見てくる。
2人にそんな事を言われてしまうと、なんて答えればいいのかわからなくなってしまう。

「僕は別に……。そんな気は起きないよ」
「それならいいけど。わたしたちに気を遣う必要はないんだからね。楓君は、わたしたちのバンドには絶対に必要なメンバーなんだから」
「そうそう。もし他に好きな人ができたら──」

美沙先輩も理恵先輩も、変なことに気を遣うなぁ。
だけど、2人のそんな言葉に水を差すように香奈姉ちゃんが言う。

「そんなこと、あるわけないじゃない。弟くんは、私以外の女の子を好きになったりしないよ」
「そうなの?」
「そうだよ。だって、私と弟くんは──」
「ちょっ……。これ以上は──」

僕は、慌てて香奈姉ちゃんを止めに入る。
香奈姉ちゃんは、こういうところは恥ずかしげもなく言うからな。油断ができない。
しかし理恵先輩と美沙先輩はわかっているのか、笑顔で言った。

「わかっているよ。付き合っているんでしょ?」
「う、うん」
「これはさすがにね。香奈ちゃんと付き合わないとダメっていう話だよね」
「『男なら』ってやつだね」

奈緒さんは、微笑を浮かべ僕の胸の辺りに指を突きつけてそう言ってくる。
まさか奈緒さんまで……。
あんなに強引にエッチなことをしてきたっていうのに、それでもそんなことを言ってしまうのか。

「うぅ……。3人に言われてしまうと……。僕は──」

僕は、弱ったような表情を浮かべる。
すると香奈姉ちゃんは、笑顔で僕の手を掴んできた。

「そんな顔しないの。──ほら。まだライブは終わってないんだから、しっかりしないと」
「うん」
「少なくとも、弟くんの良いところは私はよく知っているんだから、他の女の子を好きになったりしたら悲しいな……」
「わかってるよ。僕は、香奈姉ちゃん以外の女の子を好きになったりはしないから。だから──」
「ありがとう。弟くん」

僕の言葉に感極まったんだろう。
香奈姉ちゃんは、僕の手をギュッと握っていた。
今日はバレンタインデーということもあってか、女の子同士の交流会も兼ねている。
僕の場合、バンドメンバー以外の女の子と話すのは緊張してしまうので、それは極力控えているが。
女装していても、無理なものは無理なのだ。
こういう時は、香奈姉ちゃんたちの近くにいて、話しかけられないようにするのがいいだろう。
僕は、目立たないように香奈姉ちゃんの傍にいることに徹することにした。
その後、ライブハウスにいた古賀千聖が、僕の姿に気づいてチョコレートを渡してきたのは、言うまでもない。
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