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第十九話
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香奈姉ちゃんと付き合ってる都合上、どうしてもバンドメンバーたちとの交流も増えてくる。
別に嫌なことじゃないんだけど、バンドのことになると少し気が重い。
原因はわかっているんだけど……。
「ねぇ、楓。今度のイベントでは、この衣装でやってほしいんだけど。…いいかな?」
香奈姉ちゃんは、そう言ってある衣装を僕に渡してくる。
綺麗に折りたたんであったので、パッと見ではわからない。
まさかと思い、僕は渡された衣装を広げてみた。
渡されたのは各一枚セットの衣装だ。
黒と紺が合わさったもので、一言で言うならゴスロリ風の衣装。スカートの部分にはフリルが付いていて、黒のストッキングも用意してある。さらには、ウィッグまで……。
「香奈姉ちゃん。これって、まさか……」
「うん。次のステージ衣装だよ」
僕の問いかけに、香奈姉ちゃんは迷いなく答える。
どう見ても女の子用のステージ衣装にしか思えないんだけど。
そこに追い打ちをかけるようにして、奈緒さんたちが言ってくる。
「楓君なら、ピッタリかと思ってね」
「そうそう。文化祭の日にやってくれたからね。きっと似合うと思うんだ!」
「楓君のサイズに合うように見繕ったから。今度のは、たぶん大丈夫だと思う」
理恵先輩は、自信満々にそう言う。
理恵先輩が作ったのか、この衣装は──。
普通に見たら、かなり良い出来上がりだ。
「そ、そうなんだ。ありがとう」
僕は、一応お礼を言っておく。
これは、できるなら着たくないけど絶対に無理だろうな。
「あ。そうそう。メイクもしておかないとね」
「メイクって?」
「もちろん、この衣装に合わせるためのメイクだよ。楓の綺麗な顔に、ちゃんとしてあげないといけないからね」
「それは……」
「はっきり言っておくけど、これは決定事項なんだからね。拒否は許さないんだから」
「うぅ……」
安請け合いするんじゃなかったかな。
ついついそう思ってしまう、今日この頃……。
「安心していいよ。私たちも、同じような衣装を着てやるから」
美沙先輩は、グッドサインを出してそう言った。
──いや。
女の子がゴスロリ風の衣装を着ることに対しては、何の抵抗もないかもしれないけど、男が着るのってどうかと思うよ。
真面目な話、恥ずかしい。
でも香奈姉ちゃんに言われたら、逆らえないし……。
「わかったよ。それを聞いて安心──」
「そういうことだから、とりあえず出来上がった衣装を着てみよっか」
僕の言葉を遮るように、香奈姉ちゃんはそう言い出した。
ちょっと待ってよ。
まだ心の準備が……。
しかし、みんなの意見はもちろん──
「「賛成!」」
だった。
次の瞬間には、みんなして服を脱ぎ始めていた。
僕がいるにもかかわらずにだ。
これはもう、僕が何かを言ったところで聞くような状況じゃない。
「僕は、書斎に行ってようかな……」
僕は、こっそりと自分の部屋を後にしようとする。
しかし香奈姉ちゃんに捕まってしまう。
「逃げようとしたってダメだよ、楓。楓にも、着替えてもらうんだから」
ていうか、脱ぐのが早いのか、香奈姉ちゃんはもう下着姿だし。
「そんな……」
「もちろんメイクも、だよ」
理恵先輩は、メイクの道具が入った小箱を持ってくる。
言うまでもないが、全員下着姿だ。
こんなのは、まだ序の口である。
僕に下着姿を晒しているってことは、それだけ気を許しているってことなのだから。
「まずは楓君の着替えからやってしまおうよ。ウィッグもつけなきゃいけないし」
「そうだね」
「穿いてるパンツも替えておかないと…ね」
「誰が見ても、女の子に見えるようにしておかないと」
みんな、やる気満々だ。
違う意味で、テンションが上がっているよ。
「え、いや……。パンツはさすがに……」
「ダメだよ。ガーターベルトとストッキングも穿くんだし。本格的にいかないと」
よく見ると、このゴスロリ衣装。ガーターベルト付きだ。
ここまで本格的にいくのか。
でも男が着るのに、そこまで必要なんだろうか。
「さぁ、パンツを脱ぎなさい」
「え……。ちょっと待って……」
「さぁ、早く」
ずいっと迫ってくる四人。
僕のあそこをガン見する気なのか!
だけど。
僕は、下着を渡すようにと手を差し出した。
「わ、わかったよ。それなら下着をこっちに渡してよ。ちゃんと穿くから──」
「しょうがないなぁ。もう……」
香奈姉ちゃんは、少しだけ残念そうな顔をする。
女の子の下着なんて、穿きたい気にならないんだけど……。
どうせ穿くなら、せめてブリーフがいいな。
用意された下着は、女の子が穿くようなちゃんとしたショーツだし……。しかも少し大きめなものだ。
僕のあそこの大きさも考慮に入れているみたいである。
「…ホントに穿かないとダメなの?」
「そんなの当たり前でしょ」
「でも……。こんなの穿いたら、窮屈でしょうがないよ……」
「男でしょ! そのくらい我慢しなさい!」
「………」
そこで『男だから』って強調されても……。
まぁ、穿かないと試着できないって言うんだから、この際仕方ないか。
僕はパンツを脱いで、さっそく渡されたショーツに足を通した。
「う……」
僕は、思わず声をもらす。
やっぱり、僕のあそこにとっては窮屈だ。
普段から、縮んでいる状態じゃないからな。
香奈姉ちゃんたちは、そんな僕を見て、なんだか楽しんでいるみたいだった。
やっぱりブリーフじゃダメなのかな。
ゴスロリ風の衣装は、すんなりと着ることができた。
スカートの丈もちょうど良く、全体的に着やすい感じだ。
ただストッキングやガーターベルトは、やや窮屈に感じてしまう。おまけにショーツもだ。圧迫されて、どうにも落ち着かない。
男はこういうのは穿かないので、よけいにそんな風に思ってしまうのかもしれないが。
ウィッグは、目に当たらないくらいの長さでちょうど良かった。
「やっぱり楓君は、何を着ても似合うなぁ」
理恵先輩は、笑顔でそう言っていた。
試着してみただけなんだけど、そこまで大袈裟に喜ぶものなのかな。
「ねぇねぇ。せっかくだからさ。メイクもしてみようよ」
美沙先輩は、メイクの道具が入った小箱を持ってやってくる。
奈緒さんも、すっかり乗り気みたいだ。
「あたしも手伝うよ」
自分たちの着替えはどこへやら、四人は下着姿のまま僕に迫ってくる。
そんな格好だと目のやり場に困ってしまう。
ドギマギしている僕に──
「ほら。前を向いて」
香奈姉ちゃんは、真剣な表情でそう言ってきた。
僕は、香奈姉ちゃんの言うとおりに、前を向く。
香奈姉ちゃんの顔が目の前にあって、よけいに緊張する。
このままじっとしていればいいのかな。この場合。
僕には、よくわからない。
そうこうするうちに、理恵先輩は僕の顔にメイクをし始める。
「わたしが、楓君を可愛くしてあげるからね」
「う、うん。ありがとう」
僕は、複雑な心境になりながらも礼を言う。
別に可愛くなりたくはないんだけど……。
その意気込みは、本番に発揮してほしいな。
「うん! よく似合っているよ! さすが弟くんだね」
各々、自分の着替えを終えた香奈姉ちゃんは、ゴスロリ風の衣装を着た僕の姿を見てそう言った。
なんだかすごく嬉しそうだ。
僕としては、すごく恥ずかしいんだけど……。
鏡越しで見た僕の姿は、その面影などはどこにもなく、どこからどう見ても一人の女の子が写っていた。
これが本当に僕なのかと疑ってしまうくらい。
だけど……。
メイクもしてもらって言うのもなんだが、この格好で外を歩くのは絶対に無理だ。
社会的に死ねるレベルだ。
「やっぱり元の素材が良いから、その服装でも様になってるね」
理恵先輩は、納得した様子で頷く。
「うんうん。これなら、次のステージでも大丈夫そうだね」
と、奈緒さん。
頼むから、誰か否定的な意見を出してほしい。
それも無理か。
全員、ステージ衣装に着替えているからな。
「記念に写真でも撮ろうよ。いい思い出になるかも」
美沙先輩は、楽しげにスマホをこちらに向ける。
「それだけはやめて──」
僕は、反射的に香奈姉ちゃんの後ろに隠れ、そう言っていた。
写真に残すなんて冗談じゃない。
そんなことをされたら、黒歴史の1ページとして残ってしまう。
そんなものは、絶対に残したくはない。
美沙先輩は、それでも諦めたくないのかスマホを僕に向けていた。
「いいじゃん、そのくらい。ただでさえ楓君の女装姿は、貴重なんだから。それに、私たちとバンドを組んでステージに上がるんだから、女装姿には慣れてもらわないと」
「僕、香奈姉ちゃんたちと一緒にステージに上がる時って、女装しなきゃダメなの?」
僕は、ジーッと香奈姉ちゃんの顔を見る。
これは返答次第によっては──。
そう考えちゃうけど、結局、香奈姉ちゃんには敵わないんだよな。
香奈姉ちゃんは、僕の顔を見て若干表情をひきつらせ、頬をぽりぽりと掻いて言った。
「決定事項…かな?」
「そうなの……」
僕は、途端に絶望感に苛まれる。
香奈姉ちゃんたちとステージに立つ限り、女装は避けられないのか……。
「でも安心して。弟くんが男であることは、一部の人間たちにしか教えるつもりはないから」
「それって……」
それはもう、僕に女の子として振る舞えって言ってるようなものだろう。
そんなの絶対に無理だよ。
慎吾あたりに笑われてしまいそうだ。
「大丈夫だって。私たちがついているから──」
美沙先輩は、そう言ってグッドサインを出す。
いやいや。絶対に楽しんでいるでしょ。
「当日だけだからね。それ以外は、絶対に着ないからね」
僕は、念を押すようにそう言った。
それを聞いてくれるかどうかはわからないけど。
「そんなこと言わずにさ。まずはその格好で外に出てみようよ。私的には、いい線いってると思うんだ」
美沙先輩は、僕に近づいてくるなり肩に手を置き、そう言う。
「いや。さすがにそれは……」
「大丈夫だよ、楓君。あたしたちがしっかりと守ってあげるから」
「うんうん。たぶん誰が見ても、気づかないと思うんだ」
「そういう問題じゃ……」
「お外に行ってみよ? まずはそれからだよ」
香奈姉ちゃんは、笑顔でそう言ってくる。
そんな笑顔を向けられてしまったら。
どうにもならないじゃないか。
どうやら、これも決定事項みたいだ。
拒否したら、香奈姉ちゃんが悲しむだろうな。
「わかったよ。ちょっとだけだよ」
僕は、ため息を吐いてそう言っていた。
ホントは嫌なんだけど、この際仕方ない。
この場合はもう『なるようになれ』だ。
みんなもちゃんとゴスロリ風の衣装に着替えているし、僕だけが目立つなんてことはないだろう。たぶん。
別に嫌なことじゃないんだけど、バンドのことになると少し気が重い。
原因はわかっているんだけど……。
「ねぇ、楓。今度のイベントでは、この衣装でやってほしいんだけど。…いいかな?」
香奈姉ちゃんは、そう言ってある衣装を僕に渡してくる。
綺麗に折りたたんであったので、パッと見ではわからない。
まさかと思い、僕は渡された衣装を広げてみた。
渡されたのは各一枚セットの衣装だ。
黒と紺が合わさったもので、一言で言うならゴスロリ風の衣装。スカートの部分にはフリルが付いていて、黒のストッキングも用意してある。さらには、ウィッグまで……。
「香奈姉ちゃん。これって、まさか……」
「うん。次のステージ衣装だよ」
僕の問いかけに、香奈姉ちゃんは迷いなく答える。
どう見ても女の子用のステージ衣装にしか思えないんだけど。
そこに追い打ちをかけるようにして、奈緒さんたちが言ってくる。
「楓君なら、ピッタリかと思ってね」
「そうそう。文化祭の日にやってくれたからね。きっと似合うと思うんだ!」
「楓君のサイズに合うように見繕ったから。今度のは、たぶん大丈夫だと思う」
理恵先輩は、自信満々にそう言う。
理恵先輩が作ったのか、この衣装は──。
普通に見たら、かなり良い出来上がりだ。
「そ、そうなんだ。ありがとう」
僕は、一応お礼を言っておく。
これは、できるなら着たくないけど絶対に無理だろうな。
「あ。そうそう。メイクもしておかないとね」
「メイクって?」
「もちろん、この衣装に合わせるためのメイクだよ。楓の綺麗な顔に、ちゃんとしてあげないといけないからね」
「それは……」
「はっきり言っておくけど、これは決定事項なんだからね。拒否は許さないんだから」
「うぅ……」
安請け合いするんじゃなかったかな。
ついついそう思ってしまう、今日この頃……。
「安心していいよ。私たちも、同じような衣装を着てやるから」
美沙先輩は、グッドサインを出してそう言った。
──いや。
女の子がゴスロリ風の衣装を着ることに対しては、何の抵抗もないかもしれないけど、男が着るのってどうかと思うよ。
真面目な話、恥ずかしい。
でも香奈姉ちゃんに言われたら、逆らえないし……。
「わかったよ。それを聞いて安心──」
「そういうことだから、とりあえず出来上がった衣装を着てみよっか」
僕の言葉を遮るように、香奈姉ちゃんはそう言い出した。
ちょっと待ってよ。
まだ心の準備が……。
しかし、みんなの意見はもちろん──
「「賛成!」」
だった。
次の瞬間には、みんなして服を脱ぎ始めていた。
僕がいるにもかかわらずにだ。
これはもう、僕が何かを言ったところで聞くような状況じゃない。
「僕は、書斎に行ってようかな……」
僕は、こっそりと自分の部屋を後にしようとする。
しかし香奈姉ちゃんに捕まってしまう。
「逃げようとしたってダメだよ、楓。楓にも、着替えてもらうんだから」
ていうか、脱ぐのが早いのか、香奈姉ちゃんはもう下着姿だし。
「そんな……」
「もちろんメイクも、だよ」
理恵先輩は、メイクの道具が入った小箱を持ってくる。
言うまでもないが、全員下着姿だ。
こんなのは、まだ序の口である。
僕に下着姿を晒しているってことは、それだけ気を許しているってことなのだから。
「まずは楓君の着替えからやってしまおうよ。ウィッグもつけなきゃいけないし」
「そうだね」
「穿いてるパンツも替えておかないと…ね」
「誰が見ても、女の子に見えるようにしておかないと」
みんな、やる気満々だ。
違う意味で、テンションが上がっているよ。
「え、いや……。パンツはさすがに……」
「ダメだよ。ガーターベルトとストッキングも穿くんだし。本格的にいかないと」
よく見ると、このゴスロリ衣装。ガーターベルト付きだ。
ここまで本格的にいくのか。
でも男が着るのに、そこまで必要なんだろうか。
「さぁ、パンツを脱ぎなさい」
「え……。ちょっと待って……」
「さぁ、早く」
ずいっと迫ってくる四人。
僕のあそこをガン見する気なのか!
だけど。
僕は、下着を渡すようにと手を差し出した。
「わ、わかったよ。それなら下着をこっちに渡してよ。ちゃんと穿くから──」
「しょうがないなぁ。もう……」
香奈姉ちゃんは、少しだけ残念そうな顔をする。
女の子の下着なんて、穿きたい気にならないんだけど……。
どうせ穿くなら、せめてブリーフがいいな。
用意された下着は、女の子が穿くようなちゃんとしたショーツだし……。しかも少し大きめなものだ。
僕のあそこの大きさも考慮に入れているみたいである。
「…ホントに穿かないとダメなの?」
「そんなの当たり前でしょ」
「でも……。こんなの穿いたら、窮屈でしょうがないよ……」
「男でしょ! そのくらい我慢しなさい!」
「………」
そこで『男だから』って強調されても……。
まぁ、穿かないと試着できないって言うんだから、この際仕方ないか。
僕はパンツを脱いで、さっそく渡されたショーツに足を通した。
「う……」
僕は、思わず声をもらす。
やっぱり、僕のあそこにとっては窮屈だ。
普段から、縮んでいる状態じゃないからな。
香奈姉ちゃんたちは、そんな僕を見て、なんだか楽しんでいるみたいだった。
やっぱりブリーフじゃダメなのかな。
ゴスロリ風の衣装は、すんなりと着ることができた。
スカートの丈もちょうど良く、全体的に着やすい感じだ。
ただストッキングやガーターベルトは、やや窮屈に感じてしまう。おまけにショーツもだ。圧迫されて、どうにも落ち着かない。
男はこういうのは穿かないので、よけいにそんな風に思ってしまうのかもしれないが。
ウィッグは、目に当たらないくらいの長さでちょうど良かった。
「やっぱり楓君は、何を着ても似合うなぁ」
理恵先輩は、笑顔でそう言っていた。
試着してみただけなんだけど、そこまで大袈裟に喜ぶものなのかな。
「ねぇねぇ。せっかくだからさ。メイクもしてみようよ」
美沙先輩は、メイクの道具が入った小箱を持ってやってくる。
奈緒さんも、すっかり乗り気みたいだ。
「あたしも手伝うよ」
自分たちの着替えはどこへやら、四人は下着姿のまま僕に迫ってくる。
そんな格好だと目のやり場に困ってしまう。
ドギマギしている僕に──
「ほら。前を向いて」
香奈姉ちゃんは、真剣な表情でそう言ってきた。
僕は、香奈姉ちゃんの言うとおりに、前を向く。
香奈姉ちゃんの顔が目の前にあって、よけいに緊張する。
このままじっとしていればいいのかな。この場合。
僕には、よくわからない。
そうこうするうちに、理恵先輩は僕の顔にメイクをし始める。
「わたしが、楓君を可愛くしてあげるからね」
「う、うん。ありがとう」
僕は、複雑な心境になりながらも礼を言う。
別に可愛くなりたくはないんだけど……。
その意気込みは、本番に発揮してほしいな。
「うん! よく似合っているよ! さすが弟くんだね」
各々、自分の着替えを終えた香奈姉ちゃんは、ゴスロリ風の衣装を着た僕の姿を見てそう言った。
なんだかすごく嬉しそうだ。
僕としては、すごく恥ずかしいんだけど……。
鏡越しで見た僕の姿は、その面影などはどこにもなく、どこからどう見ても一人の女の子が写っていた。
これが本当に僕なのかと疑ってしまうくらい。
だけど……。
メイクもしてもらって言うのもなんだが、この格好で外を歩くのは絶対に無理だ。
社会的に死ねるレベルだ。
「やっぱり元の素材が良いから、その服装でも様になってるね」
理恵先輩は、納得した様子で頷く。
「うんうん。これなら、次のステージでも大丈夫そうだね」
と、奈緒さん。
頼むから、誰か否定的な意見を出してほしい。
それも無理か。
全員、ステージ衣装に着替えているからな。
「記念に写真でも撮ろうよ。いい思い出になるかも」
美沙先輩は、楽しげにスマホをこちらに向ける。
「それだけはやめて──」
僕は、反射的に香奈姉ちゃんの後ろに隠れ、そう言っていた。
写真に残すなんて冗談じゃない。
そんなことをされたら、黒歴史の1ページとして残ってしまう。
そんなものは、絶対に残したくはない。
美沙先輩は、それでも諦めたくないのかスマホを僕に向けていた。
「いいじゃん、そのくらい。ただでさえ楓君の女装姿は、貴重なんだから。それに、私たちとバンドを組んでステージに上がるんだから、女装姿には慣れてもらわないと」
「僕、香奈姉ちゃんたちと一緒にステージに上がる時って、女装しなきゃダメなの?」
僕は、ジーッと香奈姉ちゃんの顔を見る。
これは返答次第によっては──。
そう考えちゃうけど、結局、香奈姉ちゃんには敵わないんだよな。
香奈姉ちゃんは、僕の顔を見て若干表情をひきつらせ、頬をぽりぽりと掻いて言った。
「決定事項…かな?」
「そうなの……」
僕は、途端に絶望感に苛まれる。
香奈姉ちゃんたちとステージに立つ限り、女装は避けられないのか……。
「でも安心して。弟くんが男であることは、一部の人間たちにしか教えるつもりはないから」
「それって……」
それはもう、僕に女の子として振る舞えって言ってるようなものだろう。
そんなの絶対に無理だよ。
慎吾あたりに笑われてしまいそうだ。
「大丈夫だって。私たちがついているから──」
美沙先輩は、そう言ってグッドサインを出す。
いやいや。絶対に楽しんでいるでしょ。
「当日だけだからね。それ以外は、絶対に着ないからね」
僕は、念を押すようにそう言った。
それを聞いてくれるかどうかはわからないけど。
「そんなこと言わずにさ。まずはその格好で外に出てみようよ。私的には、いい線いってると思うんだ」
美沙先輩は、僕に近づいてくるなり肩に手を置き、そう言う。
「いや。さすがにそれは……」
「大丈夫だよ、楓君。あたしたちがしっかりと守ってあげるから」
「うんうん。たぶん誰が見ても、気づかないと思うんだ」
「そういう問題じゃ……」
「お外に行ってみよ? まずはそれからだよ」
香奈姉ちゃんは、笑顔でそう言ってくる。
そんな笑顔を向けられてしまったら。
どうにもならないじゃないか。
どうやら、これも決定事項みたいだ。
拒否したら、香奈姉ちゃんが悲しむだろうな。
「わかったよ。ちょっとだけだよ」
僕は、ため息を吐いてそう言っていた。
ホントは嫌なんだけど、この際仕方ない。
この場合はもう『なるようになれ』だ。
みんなもちゃんとゴスロリ風の衣装に着替えているし、僕だけが目立つなんてことはないだろう。たぶん。
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