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第十話

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家に帰ってくると、私はまっすぐに浴室へと向かう。
今日のライブで汗をかいてしまったから、シャワーを浴びたいと思ったのだ。

「ふぅ。今日は、いっぱい汗かいちゃったから、シャワーでも浴びようかな」

とりあえず洋服を脱いだ後、私は姿見用の鏡に視線を向ける。
そこに映っているのは、下着姿の私だ。
ただ下着姿の私が映っているだけなら、なんとも思わないんだけど。
やっぱり黒の下着っていうのは、女の子を大人っぽく見せる何かがあるんだろうか。
試しに私は、両手を後頭部の方に持っていき、大人の女性がよくやる(?)魅惑のポーズをとってみる。
もちろん、そんなポーズをするのは十分恥ずかしい。
だけど、普段着けない黒の下着を着けているのだ。
このくらいなら、やってもバチは当たらないはず。
自慢じゃないが、胸は大きい方だと思う。
全体的なプロポーションも、完璧だと言える。
ただ、顔立ちに幼さが残っているせいで、まだ子供が背伸びした程度のものにしかなっていないのが残念なところか。

「こんなんじゃ、私もまだまだだなって思っちゃうよ……。楓は、どう思ってるんだろう」

私は、ため息混じりにそう言った。
どうして、楓が出てくるのかって?
楓の場合、たしかにベッドの上では私とエッチな行為に臨むけど、どこか遠慮がちだ。
私に気を遣っている節がある。
私の方が一つ年上のお姉さんなんだけど、どこか私のことを子供扱いしている感じがするのだ。
楓には、私のことをちゃんとした女性として扱ってほしいから……。

「楓って、私とのセックスを極端に嫌がるけど……。私のことが嫌いなのかな?」

と、鏡の前で私は言う。
別に無理にとは言わない。
ただ恋人同士なら、セックスくらい当然じゃないのかって思うだけ。
胸だって大きいし、下腹部の下にある大事な箇所だって、大切にしている。
もちろん、妊娠しないようにゴムは着けてもらうけど。
私だって、一応ピルを飲んでおくし。
だけど、一番重要なのは楓の気持ちだ。
それを蔑ろにしたらいけない。

「そんなことないよね。私とのデートの誘いには必ず乗ってくるし。この間なんて、私の気持ちにしっかりと応えてくれたんだから──」

私は、下着の上から大事な箇所を触れた。
そうだよ。裸で迫れば、楓だってきっと応えてくれるはず。
うんうん。それが一番良い。
そう思い『うんうん』と頷いた私は、その場で下着を脱いで、浴室内に入っていった。

シャワーを浴びた後、私は近くに置いてあるバスタオルを手に取り、濡れた身体を拭いた後、そのまま身体に巻いた。
その後、すぐにドライヤーをかけて髪を乾かす。
そういえばバスタオルを身体に巻いたまま家の中を徘徊していたら、お母さんにすごく怒られたことがあったな。

『お父さんがいるんだから、少しは気を遣いなさい!』

て、言われた気がする。
あの時は、お父さんがいるとは思わなかったから、ちょっと無防備になってしまっただけなのに。
まぁ、お父さんに裸を見られてしまったからって、困るようなことは何もないんだけど。
寝る時は、どうしても全裸になってしまう私に対して、お母さんも強くは言えないんだろう。
さすがに、お父さんやお母さんの前では全裸で徘徊するってことはなくなったけど。

「そういえば、楓は今頃、何してるかなぁ」

新しい洋服に着替え浴室を出ると、私はそのまま自室に戻り、スマホを手にする。
そして、すぐさま楓に連絡しようとして…思いとどまる。
時間的には、もう夜だ。
もしかしたら、シャワー中かもしれない。

「いきなり連絡したら迷惑だよね……。それに、もし勉強中だったら邪魔になりかねないし」

私が、勉強を教えてあげるっていう方法もあったんだけど、そうなると勉強よりも楓とのスキンシップを優先しそうでこわいし。
そうして悶々としている時に、スマホから着信が入る。メールだ。
誰かと思って画面を確認したら、隆一さんだった。

『今日のライブ、出てくれてありがとな。また機会があったら、一緒にやろうな』

一応、隆一さんにも、私の連絡先は教えている。
まったく付き合いがないというわけではないから、一応という形だ。
高校一年の時には、隆一さんに好意が向いていたんだけど、ある事をきっかけに、私は隆一さんのことが好きではなくなってしまった。
今回も、普通のデートかと思っていたから隆一さんと『約束』したんだけど、これが失敗だったのは言うまでもない。
私は、多少イライラしながらも表情には出さず、メールを送った。

『どういたしまして。私のバンドとの合同ライブだったら、もちろんオッケーだよ』
『その話なんだけどな。やっぱり俺たちのバンドには、香奈が必要なんだ。だから、どうにかならないか?』

それは、どう見ても勧誘のメールだった。
たしかに隆一さんのバンドは、プロにも通用するような有名なバンドだ。
だけど私たちのバンドも、プロを目指してる。
だから、隆一さんの気持ちには応えることはできない。

『どうにかって、どういう意味かな?』
『例えば解散するとかって、できないのか?』
『そんなことはできないし、するつもりもないよ。私は、今のメンバーと一緒にプロを目指すつもりだよ』
『楓なのか?』

隆一さんのその問いに、私はスマホをいじる手を止める。
一瞬の躊躇いに気付いたかのように、隆一さんからさらにメールが届いてくる。

『香奈は、一度言い出したら聞かない性格なのはわかっているから、すぐにわかるんだ。原因は、楓なんだろ?』

こんな時、なんて言って返したらいいのかわからなくなってしまう。
原因は、隆一さんだというのに……。

『違うよ。楓が原因じゃないよ。原因は、私なの』
『香奈が原因って……。どういうことなんだよ?』
『そのままの意味だよ。私自身がわがままだから、隆一さんのバンドには行けないんだよ』

──そう。
これは、私のわがままだ。
わがままだからこそ、この決断しかできないのである。

『いや……。意味がわからないんだけど……』
『わからなくてもいいよ。どっちにしても、私は隆一さんのバンドに入る気はないから』
『そうか……。香奈の意志は固いみたいだから、これ以上は何も言わない。頑張れよ』

やっと諦めてくれたのか、隆一さんからそんなメールが来た。

『うん、頑張るね』

私は、それだけを送って、メールを終わらせる。
やっぱり、隆一さんとのメールのやりとりは気を遣うな。
楓の時とは大違いだ。
私は一息つき、スマホをベッドの上に置いた。
そういえば、楓は家にいるんだろうか。
気になった私は、再びスマホを手に取って、メールを送ろうとしたがすぐにやめる。

「メールを送るより、直接会いに行った方が早いか。ちょっと行ってみよう」

私は、すぐに自分の部屋を後にし、そのままの格好で外に出た。
向かうのは楓の家だ。
さっき確認したが、時間は夜の九時になっていた。
この時間なら、楓も家にいるだろう。
楓の家に着くと、私はすぐに呼び鈴を鳴らす。

「はーい。どちら様ですか?」

そう言って出てきたのは、楓のお母さんだった。
私は、笑顔を浮かべて楓のお母さんに挨拶する。

「夜分遅くにすみません。楓は、家にいますか?」
「あら、香奈ちゃんじゃない。楓なら、ちょうど帰ってきたところだけど……」

楓のお母さんは、私の姿を確認すると最初は驚いていたが、すぐに笑顔を浮かべた。

「そうですか。あの……」
「もしかして、楓に用でもあった?」
「はい。ちょっと……」
「それなら香奈ちゃんが直接、楓の部屋に行って用を済ませてきなさい」

私の雰囲気に何かを察したんだろう。
楓のお母さんは、そう言うと私を招いてくれた。

「はい。お邪魔します」

私は、楓のお母さんの好意に甘え、中に入る。
楓が家にいるのなら、何も問題はないはずだ。…と、その前に確認しなきゃ。
とりあえず私は、玄関にある靴を確認した。
隆一さんがいるかどうかの確認のためだ。
それ自体は、すぐに済ませなきゃいけない。
楓のお母さんが玄関のドアを閉める前に。
確認したが、隆一さんの靴はなかった。
きっと祐司さんたちと一緒なんだろう。
私は、玄関で靴を脱ぎ、いつもどおりに家に上がった。
楓の部屋は二階にあるから、さっさと行って用件を済ませてしまおう。
そう思っていたところに、楓のお母さんに声をかけられる。

「香奈ちゃん」
「どうしたんですか?」
「ゴムはちゃんと持ってきた?」

楓のお母さんは、心配そうな表情を浮かべてズボンのポケットから性行為用のゴムを取り出し、そのまま手渡そうとしてきた。
たしかに今の時間帯なら、そんなことをしても問題はないんだろう。
私は、なんとも言えない恥ずかしさが込み上げてきて顔が真っ赤になり、こう言った。

「セックスするつもりで来たんじゃありません!」

…いや、したいっていう気持ちはあるけど。楓は絶対に乗ってこないだろうな。
それに、いざというときの性行為用のゴムなら私も持ってるし。

「そうなの? 少しくらいなら、目を瞑るわよ」
「お母さん……」

それでも楓のお母さんは、私にゴムを渡そうとしてくる。
楓のお母さんの気持ちはありがたいけど、楓自身の気持ちだってあるから……。
そう思った私は、楓のお母さんからゴムは受け取らなかった。
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