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第九話

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──そして、約束の日曜日。
準備を済ませた僕は、自分の家を後にし、そのまま香奈姉ちゃんの家に行く。
待ち合わせ場所に関して特に指定もなかったので、香奈姉ちゃんの家でいいかなと思ったのだ。
しばらく外で待っていると、香奈姉ちゃんが出てきた。

「お待たせ。それじゃ、行こっか?」
「うん」

この時の香奈姉ちゃんの服装は、ピンクを基調とした半袖のお洒落な服に、下はミニスカートだった。
ここにきて、またもミニスカートって……。
どれだけミニスカートが好きなんだか。
香奈姉ちゃんの服装について文句を言うつもりはないけど、もう少し周囲の目を気にしてほしいな。

「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」

どうやら、香奈姉ちゃんの姿をじっと見ていたらしい。
僕は、小さく首を振り、言った。

「ううん、なんでもないよ。…気にしないで」
「そう。それならいいんだけど」

一応、服装には人一倍気を遣っているみたいだから、言うのはやめておこう。
香奈姉ちゃんは、握っていた僕の手をギュッと握り返してくる。
香奈姉ちゃんも意識してるのかな?
僕と一緒に歩くことに対して──
香奈姉ちゃんは、前を向いて先に歩いているため顔がよく見えない。
まぁ、香奈姉ちゃんと水族館に行くだけだから、特に何も起きないだろう。
イルカのアトラクションを見に行かない限りは、大丈夫だろうと思うんだけど……。

休日ということもあり、水族館にはたくさんの人で賑わっていた。
主に男女のカップルが多いような気がするけど、小さな子供を連れた家族もそれなりにいる。
僕が香奈姉ちゃんと一緒に水族館の中を歩いていても、何も問題ないだろう。

「やっぱり休日だけあって、混み合っているね」

香奈姉ちゃんは、周囲を見やりながらそう言った。

「こればっかりは、仕方ないかな。水族館は家族連れで行ってもデートで行っても、良い場所だからね」

なにより、海の中を歩いていくようなこの雰囲気がまた、神秘的なんだよね。
それの良さをわかっている人は、かなりの通だ。

「これって、その……。デート…だよね?」

香奈姉ちゃんは、なぜか不安そうにそう聞いてきた。
香奈姉ちゃんから誘っておいて不安になるとかって、どんだけなんだよ。
僕は、香奈姉ちゃんの手をギュッと握る。

「デート以外のなにものでもないと思うよ」
「そうだよね」
「香奈姉ちゃんが僕を誘ったんだから、最後まで責任とってくださいね」
「それを言われると……。自信ないなぁ」

香奈姉ちゃんは、苦笑いをしてそう言った。
どちらかというと、香奈姉ちゃんのリードがあってこそ、このデートは成立しているようなものだ。
僕はいつも香奈姉ちゃんに手を引かれ、ついていっている。

「僕は、最後まで香奈姉ちゃんに付き合うよ」
「ホントに? 最後まで付き合ってくれるの?」
「うん。男に二言はないよ」
「そっかぁ。それは、ありがたいなぁ。──それなら今日は、私の気の済むまで付き合ってもらうんだから!」

そう言うと香奈姉ちゃんは、嬉しそうに歩き出した。

「──ちょっと⁉︎ …香奈姉ちゃん? どこへ?」
「この辺りを見てまわるのもいいんだけど、向こうでイルカのアトラクションをやっているみたいなんだ。見に行ってみようよ」
「う、うん」

僕は、香奈姉ちゃんに引かれるがままついていく。
イルカのアトラクションっていったら、水しぶきが客席に盛大に降りかかるっていうアレのことだよね。
だとしたら、ずぶ濡れにならないように気をつけないと。

イルカのアトラクションは、水族館の目玉でもあるからかたくさんの人がやってきていた。
会場に入る際に、従業員さんから雨具を渡されたので、とりあえず奥に入る前には身につけておく。
香奈姉ちゃんも、身につけていたので一安心だ。

「楽しみだね。楓」
「うん」

香奈姉ちゃんの一言に、僕は素直に頷いた。
イルカのアトラクションが始まると、香奈姉ちゃんは小さな子供のようにはしゃぎだす。
──まったく。
小さい子供じゃないんだから。
僕は香奈姉ちゃんを見て、思わず微笑を浮かべる。
僕とここに来れたのがよほど嬉しかったのか、香奈姉ちゃんは僕に視線を向けると、笑顔を浮かべてこう聞いてきた。

「ねぇ、楓」
「何? 香奈姉ちゃん」
「私とのデートは楽しい?」

これに対する答えは決まっている。

「そんなの聞くまでもないよ」
「え? …それって?」

香奈姉ちゃんは、首を傾げた。
僕は、微笑を浮かべたまま香奈姉ちゃんの手をできるだけ優しく握り、当然のことのように言った。

「とっても楽しいよ」
「良かった。楽しくないって言ったら、どうしようかと思ったよ。楓ったら、積極的なアプローチをしてくれないから、少し心配だったんだ。今回の水族館のデートもどうかなって思ってたんだよね」
「そんな心配そうな顔をしなくても……。香奈姉ちゃんと行く場所は、どこも新鮮に感じるよ」
「そっかぁ。──それなら良かった」

香奈姉ちゃんとのデートが楽しくないわけない。
むしろ誘ってくれて感謝したいくらいだ。
そんな話をしていた次の瞬間、水しぶきが盛大にこちらに降りかかってきた。

「きゃっ⁉︎」

僕もよそ見をしてしまったのがわるい。
どうやら、イルカが水の中から空高くジャンプして勢いよく水面に飛び込んだらしいが、よく見ていなかった。
水しぶきは主に香奈姉ちゃんがいる方にかかってきて、香奈姉ちゃんは反射的に身をすくめる。

「大丈夫?」
「う、うん……。ちょっと……」
「どうしたの?」
「それが……」

香奈姉ちゃんは、恥ずかしそうに頬を赤くして身体をもじもじさせる。
パッと見、雨具を着ていて大丈夫そうな感じだが、どうやら『大丈夫』っていう感じじゃなかった。
まさか、これは……。
そう思いつつ、僕は香奈姉ちゃんに聞いてみた。

「もしかして、服の中に水が入ったの?」
「うん。実は……。中の下着までいっちゃった……」

マジか。
…てことは、着ている服はびしょびしょってことなのか。
雨具を着ていたはずなのに、どうなっているんだろう。
そんなに万全じゃないってことなのか。
僕の方は、大丈夫だったんだけどな。

「とりあえず、イルカショーが終わるまでは我慢するしかない…よね」
「うん……。そうだね」

香奈姉ちゃんは、そう言って頷いていた。
そういうことなら、水族館にいられないじゃないか。
はやく香奈姉ちゃんの着替えの服を買いに行かないと。

香奈姉ちゃんは、もじもじとした様子で僕を見てくる。
香奈姉ちゃんが着てる服を見ると本当にずぶ濡れで、服の中の下着が透けて見えるくらいだった。
イルカショーが終わるまで我慢してくれたのは、正直に『よく我慢してくれた』としか言えない。

「あの……。その……」
「香奈姉ちゃん」
「ん? 何…かな?」
「これから、近くにあるブティックに行って服を買いにいかない?」
「そこまで気を遣わなくても大丈夫だよ。時間が経てば、すぐに乾くと思うし」

香奈姉ちゃんは、『平気だよ』と言わんばかりにそう言った。
香奈姉ちゃんが大丈夫でも、一緒に歩いている僕は大丈夫じゃないんだけどな。
僕は、顔を赤くして言う。

「だけど、服が透けて下着が見えてるよ……」
「え? きゃっ⁉︎」

ようやく気づいたのか、香奈姉ちゃんは赤面して胸元を手で隠し、スカートの方を手で添える。
服が濡れただけじゃ、僕もそんなことは言わない。
服の中の下着が見えている状態だと、目のやり場に困るんだって──。

「まぁ、香奈姉ちゃんが大丈夫ならそれでもいいけど……。それなら、次はどこに行くの?」

僕は、香奈姉ちゃんにそう聞いていた。
香奈姉ちゃんは、水しぶきによって濡れた服を指で摘んで濡れ具合を調べていたが、「大丈夫」と自分自身にそう言うと、すぐに僕の手を握り歩き出した。

「次はね。…こっちだよ」
「え…うん」

僕は、香奈姉ちゃんに引かれるがままについていく。
今日一日は、香奈姉ちゃんに付き合うって約束したのだから、最後までついていくつもりだ。

水族館の中にいたのは、大体二時間くらいだろうか。
水槽に入っていた熱帯魚や魚介類などを鑑賞しながら歩いていただけなのに、いつの間にやら、そこまで時間が経っていた。
気がつけば、もう水族館を後にしている。
香奈姉ちゃんが着ている服は、ある程度は乾いていたみたいだが、それでも中の下着は透けて見えてしまっているので、大して乾いていないんだろう。

「へっくしゅんっ!」

香奈姉ちゃんは、寒かったのかくしゃみをしだす。

「大丈夫?」

僕は、心配そうに香奈姉ちゃんを見る。
本当なら、ここでジャケットを貸してあげるところなんだろうけど。
あいにくと、ジャケットを着るような季節でもない。
今、僕が着ている服は半袖のワイシャツだし。
香奈姉ちゃんは、微苦笑して言う。

「私は、大丈夫だよ。それより、楓は他に見たいものや行きたいところはないの?」
「僕は、特にないかな。香奈姉ちゃんが行きたい場所なら、どこでも付き合うよ」
「そう? それなら、例えばラブホに行きたいって言ったら、それでも付き合ってくれるの?」
「え……。いや、さすがにそれは……」
「今日一日は、私に付き合ってくれるんでしょ? それなら、別にいいでしょ?」

たしかに今日一日は、香奈姉ちゃんに付き合うって言ったけど……。
そういう意味で言ったんじゃないんだけどなぁ。

「ホントにラブホに行くつもりなの?」

僕は、香奈姉ちゃんにそう聞いていた。
街中を歩きながらだったので、不安になったのだ。
香奈姉ちゃんは、ペロッと舌を出し

「嘘だよ。楓をびっくりさせてあげようと思って、そう言ってみただけだよ」

そう言った。
香奈姉ちゃんの場合、どこまでが本当で、どこまでが嘘になるのかよくわからないんだよ。

「嘘なら、いいんだけどさ」

僕は、ホッと息を吐く。

「その代わり、このまま私の家に来てもらうよ」
「香奈姉ちゃんの家に?」
「うん、そう。約束どおり、今日一日は私に付き合ってもらうんだから」

香奈姉ちゃんは、笑顔でそう言うと僕の手を引いて歩いていく。
僕は、ふとまわりに視線を向ける。
すると同年代くらいの男の人たちが羨ましそうな目で、こちらを見てきていた。
香奈姉ちゃんは普通に可愛いから、まわりの人たちにとっては羨望の的になってしまうんだな。
一人にしないように気をつけないと。
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