上 下
54 / 350
第七話

2

しおりを挟む
いくらなんでも、これはない。
さすがにこんなヒラヒラした格好で、人前に出て接客するのは一種の拷問みたいなものだ。
いくら長髪のカツラと黒のストッキングがあっても、すぐに男だとバレるぞ。これは──

「弟くん。準備はできた?」

そう言って、香奈姉ちゃんがいきなり顔を出してきた。

「うわ!」

僕は、びっくりして後退りする。
もし着替えてる途中だったらどうするんだよ。
もしかしたら、女の子の方が遥かにデリカシーがないのかもしれない。
香奈姉ちゃんは、着替えを済ませた僕を見るなり、目をキラキラさせて言った。

「うわぁ……。すごく可愛い。弟くん、とても似合っているよ」
「そうかな? いくらなんでも、これはすぐにバレそうな気がするんだけど……」

僕は、そう言って自身が着ているミニスカメイド服を鏡越しに見やる。
──やっぱり不安だ。
いくら接客すると言っても、この格好だとね。男だとバレないようにするのは大変だと思う。
香奈姉ちゃんは、不安そうにしている僕を見て言う。

「そんな不安そうにしなくても、大丈夫だよ。女の私から見て、弟くんの女装のクオリティはかなり高いと思うよ。…絶対にバレないって」
「そんなものなのかな……」

僕は、鏡に映っている自身の姿を見る。
たしかに目の前に映っているのは、ミニスカメイド服を着た一人の女の子のように見えるけど……。
バレないものなのかなぁ。

「着替えは済んだ?」

そこに、メイド服を着た女子生徒が顔を出してくる。
紹介を忘れてしまったが、この女子生徒の名前は、小鳥遊さんって言うらしい。
さっき香奈姉ちゃんから教えてもらった。
僕は、更衣室の中に入ってきた小鳥遊さんに笑顔で答える。

「あ、うん。とりあえずは着替えました」
「う……。これは……⁉︎」

小鳥遊さんは、僕を見て何故か驚愕の表情を浮かべていた。
何かあったのかな?
僕は、思案げに首を傾げる。

「どうしたの?」

すると更衣室の外の方にいた奈緒さんまで顔を出してきた。
きっと小鳥遊さんが、出入り口近くでそう言ったものだから、近くにいた奈緒さんも気になったんだろう。

「あ、奈緒さん。ちょうどいいところに。やっぱり、これはさすがにないですよね?」

僕は、奈緒さんに意見の同意を求めた。
しかし奈緒さんは、僕の姿を見て、小鳥遊さんと同じく、やはり驚愕の表情を浮かべる。

「こ、これは……⁉︎」
「二人とも、どうかしたんですか? 僕の顔に何かついてるんですか?」

僕は、釈然としない表情でそう聞いていた。
奈緒さんと小鳥遊さんは、なぜかショックを受けた様子で言う。

「楓君。その格好は、あまりにも可愛すぎるよ……」
「私は、君のことを少し甘く見ていたみたい……。まさか、ここまでの突破力があるだなんて……」
「いや……。突破力って言われても……。これはさすがにないんじゃ……」

この格好で人前に出るのは、さすがに抵抗がある。
そう思って言おうとするも、香奈姉ちゃんが僕に言ってくる。

「そんなことないよ。弟くんは、自覚がないかもしれないけれど、その服装も結構似合っているよ。だから絶対にバレないって──」
「そうそう。男の子でメイド服が似合う人は、そうはいないよ。…だから大丈夫。自信を持っていいよ」

と、奈緒さん。
そんなこと言われても……。
今、こうして立っているだけで、すごく恥ずかしいし……。
こんなヒラヒラした格好で人前に出る男の気持ちって、なかなか理解されないんだよな。
似合っていれば、なんでもいいのかって思ってしまうくらいだ。
まぁ、女の子の場合は、男装してもそんな違和感はないから、わからないんだろうな。

「そう言われても……」
「さぁ、はやく行かないと。お客様をお待たせしてしまう。着替えが済んでるのなら、はやくして!」

そう言うと小鳥遊さんは、僕の腕を掴んで引っ張っていく。

「あ……。ちょっと……」

僕は、更衣室から出る前に急いで身なりを整える。
ホントに、大丈夫なんだろうか。

喫茶店は、なかなかの盛況ぶりだ。
お客様の入り具合で、すぐにわかる。
ミニスカメイド服を着た女子生徒たちが忙しそうに、やってきたお客様の対応をしていた。

「いらっしゃいませ~」
「紅茶セットにコーヒーセットですね。しばらくお待ちください」

と、フロア内は、女子生徒たちの声であふれていた。
男性客もいたが、それはカップル限定でだ。
さすがに一人で行動するには、それなりに勇気がいるんだろう。
かくいう僕も、香奈姉ちゃんたちと同じくメインのフロアの方を手伝っている。

「いらっしゃいませ。ご注文は何になさいますか?」

僕は、伝票を手に二人の女の子の接客を任されたので、声をかけた。
声を聞けば一発で僕が男だってわかるようなものなんだが、なかなかバレないものである。
二人の女の子は、女装している僕を見て呆然としていた。

「あの……。紅茶セットを……」
「わ、私は、コーヒーセットをお願いします」

あ……。その顔は、僕が女の子だと思っているな。
声でわかりそうなものなのに……。

「かしこまりました。紅茶セットとコーヒーセットですね。…しばらくお待ち下さい」

僕は、伝票に内容を書くと、すぐにテーブルから離れ、注文した内容を伝えにキッチンの方に戻る。
そんな僕の姿を何人もの女子生徒たちが見ていた。

「誰、あの子? すごく可愛いんだけど……」
「あんな子、学校にいたっけ?」
「思い切って、声かけてみようか?」

僕の方を見て、そんなこと言われてもなぁ。
すごく困るんだけど……。
気がつけば、他のクラスの催しものよりも、すごく注目されちゃってるし……。
しばらくの間は、我慢して接客をしようかな。

しばらく経ってお客さんが減ってきた後、香奈姉ちゃんは嬉しそうな顔をして、小鳥遊さんに言っていた。

「予想どおりだったね」
「何言ってるの。…予想以上よ。これは……」

小鳥遊さんは、予想してなかったのか売り上げ伝票を見て驚きの表情を浮かべる。

「予想以上なの?」
「まさか、西田さんの幼馴染にヘルプを頼んだだけで、こんなにお客さんが来てくれただなんて……。予想以上よ」
「弟くんなら女装も様になってるし、当然のようにやってくれるから、予想どおりかなって思ってたよ」
「そうだったの?」
「うん。弟くんは、私の自慢の彼氏だからね。このくらいは平気でやってくれるよ」

香奈姉ちゃんは、自慢げにそう言った。
そうか。香奈姉ちゃんは、僕のバイト先を知ってて頼んだんだな。
まぁ、やってるバイトの都合上、接客は慣れてるから問題はないんだけどさ。
多少のミスなら、ある程度フォローできるし。
小鳥遊さんは、布巾でテーブルを拭いてる僕の姿を見て

「なるほどね。西田さんの自慢の彼氏さんは接客もできて、女装もできるってことか」

と、言った。
ちょっと待って。
女装ができるってのは余計だよ。
今だって、この格好でいるのは恥ずかしいんだからね。
小鳥遊さんの言葉に、奈緒さんがプッと笑い出す。

「女装は余計かもしれないよ」
「どうしてよ? とても似合っているのに」

と、香奈姉ちゃん。
そう言われても、僕的にはちっとも嬉しくないな。
奈緒さんは、微苦笑して言う。

「まぁ、たしかに楓君のメイド服姿は似合っているけどさ。男の子に対して言うことじゃない気もするんだよね」
「たしかに奈緒ちゃんの言うことは正論だとは思うけど……。それでも弟くんには、楽しんでもらいたいなって……」

香奈姉ちゃんは、微笑を浮かべてそう言った。
まぁ、それなりに楽しんではいるけどさ。
香奈姉ちゃんの手伝いという範疇で、だけどね。でも、このミニスカメイド服姿は、さすがにどうかとも思いますが。
奈緒さんも、そこだけは香奈姉ちゃんと同じみたいだ。

「そうだよね。せっかく女子校の文化祭に来てくれたんだしね。楽しんでいってほしいかな」
「楽しむ…か。まぁ、それなりには楽しんでいるかな」

僕は、そう言って肩をすくめる。
別に、女子校の文化祭でミニスカメイド服姿になることについては、恥ずかしいってだけで不服ではないし。

「ホントに?」

僕の言葉に、香奈姉ちゃんはそう聞いてくる。
こんな時に、嘘を言ってもどうしようもないと思う。
だからホントのことを言おう。
僕は、香奈姉ちゃんの方を向いて、言った。

「うん。香奈姉ちゃんと奈緒さんに呼ばれて、香奈姉ちゃんのクラスの喫茶店を手伝っているけど、結構楽しいよ。ありがとうね」
「弟くん……」

香奈姉ちゃんは、今にも泣きそうな顔になる。
そんな感動されてもなぁ。
そして香奈姉ちゃんは──

「それじゃあ、せっかくだから今日のライブは、このままの格好でやろうか?」

何を思ったのか、そう言ってしまう。

「え……」

僕は、思わずひきつった表情を浮かべる。
奈緒さんは、香奈姉ちゃんの言葉に異論はないみたいで、笑みを浮かべた。

「あたしは、別に構わないよ」
「あの……。さすがにそれは……。仮装パーティーじゃあるまいし……」

ライブまでこのままの格好でやったら、僕が恥ずかしい思いをする。
ここはなんとかして、普段の服装でできるようにしないと。

「…そっか。西田さんたちは、これからライブがあるんだもんね」

と、小鳥遊さん。
香奈姉ちゃんは、小鳥遊さんの方を見る。

「うん。小鳥遊さんは見にくるの?」
「悪いけど、見にいけそうにないわ」
「そっか。来れそうにない…か。残念だなぁ」
「その代わりと言ってはなんだけど、このメイド服なら特別に貸すことはできるわよ」

小鳥遊さんは、笑顔でそう言った。
こんなミニスカメイド服でステージに立ったら、下着が丸見えになるんじゃ……。
僕が今、穿いてるのだってトランクスだし。
トランクスの上にストッキングを穿いてる状態なんだけど。

「え……。いいの?」
「ライブ衣装が無いのなら…の話になるけどね」
「私たちのライブ衣装はあるんだけどね。弟くんのだけが無いんだ……」
「それならちょうどいいじゃない。特別に彼氏さんに貸してあげるよ」
「ありがとう、小鳥遊さん」

香奈姉ちゃんは、小鳥遊さんにお礼を言っていた。
いや、メイド服を着るだなんて言ってないし、決まってもいないでしょ。

「いや……。僕は、今日着てきた普段着でやるから、気にしなくていいよ」
「ダメだよ。せっかくのライブなんだから、ライブ衣装はきちんとしないと」
「だからって、メイド服はないでしょ?」
「弟くんの場合は、似合っているんだからいいんだよ」
「でも……」
「とにかく! 今日一日は、その格好で文化祭を楽しむこと! よくわかった?」

今日一日、メイド服姿って……。
これは、拷問ですか?
だけど香奈姉ちゃんには逆らえないし、そう言われたら従うしかないのか。
更衣室のロッカーのカギは、いつの間にか香奈姉ちゃんが持っているし……。

「…わかったよ、香奈姉ちゃん」

僕は、ため息混じりにそう言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

これ以上ヤったら●っちゃう!

ヘロディア
恋愛
彼氏が変態である主人公。 いつも自分の部屋に呼んで戯れていたが、とうとう彼の部屋に呼ばれてしまい…

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

巨根王宮騎士の妻となりまして

天災
恋愛
 巨根王宮騎士の妻となりまして

【R18】悪役令嬢を犯して罪を償わせ性奴隷にしたが、それは冤罪でヒロインが黒幕なので犯して改心させることにした。

白濁壺
恋愛
悪役令嬢であるベラロルカの数々の悪行の罪を償わせようとロミリオは単身公爵家にむかう。警備の目を潜り抜け、寝室に入ったロミリオはベラロルカを犯すが……。

処理中です...