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第五話
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「──どういうこと、奈緒ちゃん。練習に出れそうにないっていうのは?」
香奈姉ちゃんは、心配そうな表情でそう聞いていた。
「ごめん……。言葉のとおりなんだ」
奈緒さんは謝るだけで、香奈姉ちゃんの質問には何も答えない。
「え、え⁉︎ どういうことなの?」
あまりのことに動揺する美沙さん。
「ごめん。美沙」
「『ごめん』じゃないよ。どういうことなのか、ちゃんと理由を説明してよ」
「………」
「奈緒ちゃん!」
「ごめん……」
奈緒さんは、美沙さんにそう言われても理由については何も言わず、謝るばかりだった。
一緒に来た理恵さんの方は、奈緒さんの事情を知っているのか何も言わずに準備をし始めている。
「理恵先輩は、何か知ってるんですか?」
理恵さんの落ち着いた様子に違和感を覚えた僕は、ふいにそう訊いていた。
理恵さんなら、何か理由を知っているはずだ。
何しろ、一緒に来たのだから。
理恵さんは、静かに首を振り
「ごめんなさい。わたしからは何とも言えないわ。…これは、奈緒ちゃんの判断だから」
そう答える。
いったい、どういうことなんだろう。
「そういうことだから。あたしはしばらく練習には来られそうにない。だから、楓君。しばらくはあたし抜きで練習頑張ってね」
「それはよくわかったけど、今日は、練習はできそうなの?」
「うん。今日は、なんとか練習には出れるよ」
「何日くらい、練習に出れないの?」
「たぶん、しばらくの間」
奈緒さんは、曖昧に答える。
しばらくの間って言われてもなぁ。
何故、練習に出られないのかすごく気になるんだけど……。
「何かワケありみたいだね。よかったらでいいから理由を教えてよ」
「ごめん。ホントに個人的なことだから、理由は言えない」
「そっか……。それならしょうがないね」
「ホントにごめん……」
「そんな謝らなくてもいいよ。私たちも、できる範囲で練習するからさ」
「そうそう」
美沙さんは、奈緒さんを見て事情を察したのか、うんうんと頷いていた。
「だから言ったじゃない。香奈ちゃんは、そんなこと気にするタイプじゃないって──。わたしも、今まで通りに頑張るから、奈緒ちゃんもしっかりとケジメつけてきてよね」
と、理恵さん。
「うん。ありがとう」
奈緒さんは、香奈姉ちゃんたちに礼を言って、微笑を浮かべる。気がつけば、その目からは涙が出ていた。
香奈姉ちゃんは、それに気がついたのか奈緒さんに言った。
「そんな、泣かないでよ。…奈緒ちゃんには奈緒ちゃんの事情があるんだから、それをきちんと済ませてから戻ってくるのも、一つのケジメだよ」
「そうだね。そうするよ」
「…でも、どうして練習に来られないのかすごく気になるんだけど。ヒントだけでもいいから、教えてくれないかな?」
と、美沙さん。
まぁ、僕も気にならないかって聞かれたら、すごく気になるんだけどさ。
ここは、敢えて聞かないでおいてあげるのが優しさっていうものじゃないのかな。
「ごめん。あたしの身内の事情だから、詳しくは話すことはできない」
「そんなぁ~。少しくらい、いいでしょ?」
すごく気になるんだろう。美沙さんは、思案げな表情で奈緒さんに問い詰める。
「それは……」
よほど答えにくい問いなのか、奈緒さんは、返答に困っている様子だった。
香奈姉ちゃんは、そうした奈緒さんの事情を汲んだのか、美沙さんに言う。
「いいわけないでしょ。奈緒ちゃんにも事情があるんだから、その辺にしておこうよ」
「だってぇ~。気になるんだもん」
美沙さんは、ムーっとした表情を浮かべそう言った。
まぁ、練習に出られないくらいの緊急事態ってことだからなぁ。気にならない方がおかしいよな、今回の場合。
香奈姉ちゃんは何を思ったのか、一度だけ僕の方に視線を向けると、美沙さんの方に向き直った。
「気になるのはわかるんだけど、私たちにはやるべき事があるはずだよ」
「それは、そうだけど……。でも……」
「わかってるなら、それでいい。はやく練習しましょう」
「…うん。わかったよ」
と、美沙さんは、渋々といった様子でそう答える。どうやら美沙さんは、一番のおしゃべりみたいだ。軽々しく変な噂を言ってしまえば、関係のない周囲にまで話が拡大してしまうんだろうな。こわいこわい。
「香奈がそう言ってくれるのなら、あたしはとても助かるよ。なるべくはやく練習に復帰できるようにするよ」
「うん。文化祭の前あたりには、来てくれると助かるよ」
「そのくらいまでには、間に合いそうかな」
奈緒さんは、掛けてあるカレンダーを見てそう言っていた。
テストが終わったばかりだったからすっかり忘れてしまっていたが、しばらくしたら女子校の文化祭が始まるんだった。たしか、その時に香奈姉ちゃんたちのバンドが、曲を披露するんだったっけ。
その時までに奈緒さんが、来られるんなら問題はないか。
ちなみに男子校の文化祭は、女子校の文化祭が終わってしばらく経った後にやる予定だが、バンド活動については特に問題はない。なぜなら、香奈姉ちゃんたちとバンドを組んで曲をやる予定もないから、その時には、本格的に香奈姉ちゃんのバンド活動に専念できるからだ。
「それじゃ、その時になったら連絡してよね」
「うん。もちろん!」
香奈姉ちゃんの言葉に、奈緒さんはそう答えていた。
女子校の文化祭には僕も呼ばれているから、練習はしておかないといけない。女子校で曲を披露するのは恥ずかしいけど、香奈姉ちゃんが決めたことだから仕方がないか。僕は、香奈姉ちゃんの方針に従っていくだけだ。
今日の練習は、普段通りに行われた。
バイト先に到着すると慎吾がいて着替えの最中だった。
「よう、楓」
「あれ? 慎吾? …どうしてここに?」
たしか今日のバイトのシフトには、慎吾は入っていなかったはずだけど。どういうことだろう。
慎吾は、語り出す。
「いや、今日来るはずのバイトの人が、風邪で急に休んでしまってな。それで、店長に『ヘルプとして入ってくれ』って言われて、今日来たわけなんだよ」
「なるほどね」
「そういうことだから、今日はよろしくな」
「うん」
僕は、すぐに着替えを済ませ、部屋を後にした。
──よし。今日も頑張ろう。
そして、今日のバイトも終わり、その帰り道。
「ふぅ……。今日も頑張ったな。明日も頑張ろう──」
独り言のようにそう言って、僕は家路へと向かう。
しかし、その向かい側から、一人の少女がやってきた。
見間違うはずはない。
奈緒さんだ。
よく見れば、いつもと様子が違う。
真顔だが、いつもより真剣さが窺える。
背中にはギターが入ったケースを背負い街中を歩いていた。
──まずい。近づいてくる。
僕は、奈緒さんに気付かれる前に別の通りに行って、そのままやり過ごす。
どうか僕に気付きませんように……。
奈緒さんは、僕に気付くことなくまっすぐ歩道を歩いていった。
ほっ……。どうやら気付かれなかったようだ。よかった。
──さて。あとは奈緒さんに気づかれないように後ろをついて行くかどうかだけど……。
さすがにプライバシーの侵害になるから、やめておこうか。
そう思い、振り返ったときだった。
グイッと、誰かに腕を掴まれる。
それは、あまりに急な出来事で、僕は「え?」となって視線を掴まれた腕の方に向けていた。
そこにいたのは、香奈姉ちゃんだった。
「あ、香奈姉ちゃん。なんでこんなところに?」
香奈姉ちゃんは、夜の時間にもかかわらずサングラスをかけて変装(?)し、僕に視線を向ける。
「あれ、間違いなく奈緒ちゃんだよね? どこに行こうとしてるんだろう?」
たぶん香奈姉ちゃんは、バイトが終わった後に奈緒さんを偶然見つけ、あとをつけたんだろう。そのサングラスは、変装用にどこかで買ったものだろうと思うが。
それにしても、サングラスをかけた香奈姉ちゃんを見れるなんてなかなかにレアだ。ちなみに、似合ってるかと言われると、あまりにも微妙なレベル……。
「さぁ。奈緒さんにも事情があるんだと思うよ」
「とにかく、あとをつけてみようよ」
「いや……。さすがにそれは……」
「いいから、行くよ!」
僕の言うことなどお構いなしに、香奈姉ちゃんはグイッと僕の腕を引っ張っていく。
ああ……。これから家に帰って自主練習でもしようと思っていたのに……。
僕は、抵抗することもできずに香奈姉ちゃんに引っ張られていった。
奈緒さんに気づかれないようにして、あとをつけるのは簡単だった。
奈緒さんは、迷うことなくある場所に入っていく。
香奈姉ちゃんは、そのある場所の前まで来ると呆然としていた。
「え……。ここって……」
「うん。間違いなくここは……」
「奈緒ちゃん、どうして……」
ギターを持ってこの中に入るのは、まぁ、自然なことだとも思う。
「ひょっとして、奈緒さんの事情っていうのは──」
僕と香奈姉ちゃんはお互いに目を見合わせて、目の前にあるこの場所──ライブハウスの前で呆然と立ち尽くしていた。
香奈姉ちゃんは、心配そうな表情でそう聞いていた。
「ごめん……。言葉のとおりなんだ」
奈緒さんは謝るだけで、香奈姉ちゃんの質問には何も答えない。
「え、え⁉︎ どういうことなの?」
あまりのことに動揺する美沙さん。
「ごめん。美沙」
「『ごめん』じゃないよ。どういうことなのか、ちゃんと理由を説明してよ」
「………」
「奈緒ちゃん!」
「ごめん……」
奈緒さんは、美沙さんにそう言われても理由については何も言わず、謝るばかりだった。
一緒に来た理恵さんの方は、奈緒さんの事情を知っているのか何も言わずに準備をし始めている。
「理恵先輩は、何か知ってるんですか?」
理恵さんの落ち着いた様子に違和感を覚えた僕は、ふいにそう訊いていた。
理恵さんなら、何か理由を知っているはずだ。
何しろ、一緒に来たのだから。
理恵さんは、静かに首を振り
「ごめんなさい。わたしからは何とも言えないわ。…これは、奈緒ちゃんの判断だから」
そう答える。
いったい、どういうことなんだろう。
「そういうことだから。あたしはしばらく練習には来られそうにない。だから、楓君。しばらくはあたし抜きで練習頑張ってね」
「それはよくわかったけど、今日は、練習はできそうなの?」
「うん。今日は、なんとか練習には出れるよ」
「何日くらい、練習に出れないの?」
「たぶん、しばらくの間」
奈緒さんは、曖昧に答える。
しばらくの間って言われてもなぁ。
何故、練習に出られないのかすごく気になるんだけど……。
「何かワケありみたいだね。よかったらでいいから理由を教えてよ」
「ごめん。ホントに個人的なことだから、理由は言えない」
「そっか……。それならしょうがないね」
「ホントにごめん……」
「そんな謝らなくてもいいよ。私たちも、できる範囲で練習するからさ」
「そうそう」
美沙さんは、奈緒さんを見て事情を察したのか、うんうんと頷いていた。
「だから言ったじゃない。香奈ちゃんは、そんなこと気にするタイプじゃないって──。わたしも、今まで通りに頑張るから、奈緒ちゃんもしっかりとケジメつけてきてよね」
と、理恵さん。
「うん。ありがとう」
奈緒さんは、香奈姉ちゃんたちに礼を言って、微笑を浮かべる。気がつけば、その目からは涙が出ていた。
香奈姉ちゃんは、それに気がついたのか奈緒さんに言った。
「そんな、泣かないでよ。…奈緒ちゃんには奈緒ちゃんの事情があるんだから、それをきちんと済ませてから戻ってくるのも、一つのケジメだよ」
「そうだね。そうするよ」
「…でも、どうして練習に来られないのかすごく気になるんだけど。ヒントだけでもいいから、教えてくれないかな?」
と、美沙さん。
まぁ、僕も気にならないかって聞かれたら、すごく気になるんだけどさ。
ここは、敢えて聞かないでおいてあげるのが優しさっていうものじゃないのかな。
「ごめん。あたしの身内の事情だから、詳しくは話すことはできない」
「そんなぁ~。少しくらい、いいでしょ?」
すごく気になるんだろう。美沙さんは、思案げな表情で奈緒さんに問い詰める。
「それは……」
よほど答えにくい問いなのか、奈緒さんは、返答に困っている様子だった。
香奈姉ちゃんは、そうした奈緒さんの事情を汲んだのか、美沙さんに言う。
「いいわけないでしょ。奈緒ちゃんにも事情があるんだから、その辺にしておこうよ」
「だってぇ~。気になるんだもん」
美沙さんは、ムーっとした表情を浮かべそう言った。
まぁ、練習に出られないくらいの緊急事態ってことだからなぁ。気にならない方がおかしいよな、今回の場合。
香奈姉ちゃんは何を思ったのか、一度だけ僕の方に視線を向けると、美沙さんの方に向き直った。
「気になるのはわかるんだけど、私たちにはやるべき事があるはずだよ」
「それは、そうだけど……。でも……」
「わかってるなら、それでいい。はやく練習しましょう」
「…うん。わかったよ」
と、美沙さんは、渋々といった様子でそう答える。どうやら美沙さんは、一番のおしゃべりみたいだ。軽々しく変な噂を言ってしまえば、関係のない周囲にまで話が拡大してしまうんだろうな。こわいこわい。
「香奈がそう言ってくれるのなら、あたしはとても助かるよ。なるべくはやく練習に復帰できるようにするよ」
「うん。文化祭の前あたりには、来てくれると助かるよ」
「そのくらいまでには、間に合いそうかな」
奈緒さんは、掛けてあるカレンダーを見てそう言っていた。
テストが終わったばかりだったからすっかり忘れてしまっていたが、しばらくしたら女子校の文化祭が始まるんだった。たしか、その時に香奈姉ちゃんたちのバンドが、曲を披露するんだったっけ。
その時までに奈緒さんが、来られるんなら問題はないか。
ちなみに男子校の文化祭は、女子校の文化祭が終わってしばらく経った後にやる予定だが、バンド活動については特に問題はない。なぜなら、香奈姉ちゃんたちとバンドを組んで曲をやる予定もないから、その時には、本格的に香奈姉ちゃんのバンド活動に専念できるからだ。
「それじゃ、その時になったら連絡してよね」
「うん。もちろん!」
香奈姉ちゃんの言葉に、奈緒さんはそう答えていた。
女子校の文化祭には僕も呼ばれているから、練習はしておかないといけない。女子校で曲を披露するのは恥ずかしいけど、香奈姉ちゃんが決めたことだから仕方がないか。僕は、香奈姉ちゃんの方針に従っていくだけだ。
今日の練習は、普段通りに行われた。
バイト先に到着すると慎吾がいて着替えの最中だった。
「よう、楓」
「あれ? 慎吾? …どうしてここに?」
たしか今日のバイトのシフトには、慎吾は入っていなかったはずだけど。どういうことだろう。
慎吾は、語り出す。
「いや、今日来るはずのバイトの人が、風邪で急に休んでしまってな。それで、店長に『ヘルプとして入ってくれ』って言われて、今日来たわけなんだよ」
「なるほどね」
「そういうことだから、今日はよろしくな」
「うん」
僕は、すぐに着替えを済ませ、部屋を後にした。
──よし。今日も頑張ろう。
そして、今日のバイトも終わり、その帰り道。
「ふぅ……。今日も頑張ったな。明日も頑張ろう──」
独り言のようにそう言って、僕は家路へと向かう。
しかし、その向かい側から、一人の少女がやってきた。
見間違うはずはない。
奈緒さんだ。
よく見れば、いつもと様子が違う。
真顔だが、いつもより真剣さが窺える。
背中にはギターが入ったケースを背負い街中を歩いていた。
──まずい。近づいてくる。
僕は、奈緒さんに気付かれる前に別の通りに行って、そのままやり過ごす。
どうか僕に気付きませんように……。
奈緒さんは、僕に気付くことなくまっすぐ歩道を歩いていった。
ほっ……。どうやら気付かれなかったようだ。よかった。
──さて。あとは奈緒さんに気づかれないように後ろをついて行くかどうかだけど……。
さすがにプライバシーの侵害になるから、やめておこうか。
そう思い、振り返ったときだった。
グイッと、誰かに腕を掴まれる。
それは、あまりに急な出来事で、僕は「え?」となって視線を掴まれた腕の方に向けていた。
そこにいたのは、香奈姉ちゃんだった。
「あ、香奈姉ちゃん。なんでこんなところに?」
香奈姉ちゃんは、夜の時間にもかかわらずサングラスをかけて変装(?)し、僕に視線を向ける。
「あれ、間違いなく奈緒ちゃんだよね? どこに行こうとしてるんだろう?」
たぶん香奈姉ちゃんは、バイトが終わった後に奈緒さんを偶然見つけ、あとをつけたんだろう。そのサングラスは、変装用にどこかで買ったものだろうと思うが。
それにしても、サングラスをかけた香奈姉ちゃんを見れるなんてなかなかにレアだ。ちなみに、似合ってるかと言われると、あまりにも微妙なレベル……。
「さぁ。奈緒さんにも事情があるんだと思うよ」
「とにかく、あとをつけてみようよ」
「いや……。さすがにそれは……」
「いいから、行くよ!」
僕の言うことなどお構いなしに、香奈姉ちゃんはグイッと僕の腕を引っ張っていく。
ああ……。これから家に帰って自主練習でもしようと思っていたのに……。
僕は、抵抗することもできずに香奈姉ちゃんに引っ張られていった。
奈緒さんに気づかれないようにして、あとをつけるのは簡単だった。
奈緒さんは、迷うことなくある場所に入っていく。
香奈姉ちゃんは、そのある場所の前まで来ると呆然としていた。
「え……。ここって……」
「うん。間違いなくここは……」
「奈緒ちゃん、どうして……」
ギターを持ってこの中に入るのは、まぁ、自然なことだとも思う。
「ひょっとして、奈緒さんの事情っていうのは──」
僕と香奈姉ちゃんはお互いに目を見合わせて、目の前にあるこの場所──ライブハウスの前で呆然と立ち尽くしていた。
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