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第四話

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──ピンポーン。
それは、僕が香奈姉ちゃんと一緒に勉強をしている時に鳴った、家の呼び鈴の音だ。

「ん? 誰かな?」
「さぁ……。僕に言われても……」
「こんな時に、誰なんだろうね」

香奈姉ちゃんにそう言われても、わかるわけがない。

「郵便か何かかな? だけどそんなものがくるなんて一度も……」
「とりあえず、出た方がよくないかな?」
「うん、そうだね。…ちょっと行ってくるよ」

僕は、しょうがないと思いながらも一人で玄関の方に向かって行く。
本当に宅配便だろうか?
でも母からは、そんな話聞いてないし。
一体誰だろうと思いながら、僕は玄関のドアを開ける。

「はーい。どちら様ですか?」

きっと奈緒さんか、香奈姉ちゃんの親友の理恵さんあたりが来たのかなって思っていたんだけど。
そこにいたのはツインテールの女の子──名取美沙先輩だった。

「──あれ? 美沙さんじゃないですか。…一体どうしたんですか?」

僕は、美沙さんを見て思案げな表情を浮かべる。
どこかに出かける予定でもあるんだろうか、彼女は私服姿で、背中にはリュックを背負っていた。
それにしても、なぜ僕の家に美沙さんが? しかも一人で……。
そんな疑問をよそに、美沙さんは口を開く。

「楓君。ひょっとして、今、勉強中だった?」
「ひょっとしなくても、今、勉強中だったんですけど……。何かあったんですか?」
「香奈ちゃん、いるかな?」
「あ、はい。僕の家にいますけど……。どうかしたんですか?」

香奈姉ちゃんは、僕に勉強を教えに来ている。…いや、今は自身の勉強をしているのか。

「それなら、ちょうど良かった。今、お邪魔してもいいかな?」
「あ、どうぞ。何もおもてなしはできないけれど」

そう言って僕は、美沙さんを家に招く。

「それじゃ、遠慮なくお邪魔するね」

美沙さんは、中に入ると真っ直ぐに二階へと向かっていった。
しかもそれは、僕が案内するよりも先にだ。
美沙さんは、確実に僕の部屋に向かっている。
僕は、何も言わずに美沙さんについていくしかない。
何回か僕の家を歩き回ったから、どこに何があるかよくわかっているらしく、美沙さんは、迷うことなく僕の部屋に向かっていく。

「香奈ちゃん、いる?」

そう言って、美沙さんは僕の部屋のドアを開ける。

「美沙ちゃん⁉︎ どうしたの一体? …家で勉強してたんじゃなかったの?」

香奈姉ちゃんは、美沙さんの姿を見て驚いた様子だった。
美沙さんは、バツの悪そうな表情を浮かべる。

「いや~。香奈ちゃんの言うとおり、家で一人で勉強してたんだけど、その……」
「──もしかして、わからないところでもあったの?」
「そうなのよ。ちょっと見てほしいところがあるんだけど、いいかな?」
「仕方ないなぁ。…どこなのよ?」

香奈姉ちゃんは、微苦笑して聞き返していた。
美沙さんは、背中に背負っていたリュックの中から教科書を取り出し該当するページを広げると、香奈姉ちゃんに見せる。ちなみに、教科書には数学と書かれていた。

「この部分なんだけど。…香奈ちゃんなら、わかるかと思ってさ」
「いや……。これって、先生に直接訊くのが一番かと思うんだけど……」
「あの先生はダメよ。私のことをエロい目で見てくるし……」
「そんなことはないと思うんだけどな」
「私には、そういう目にしか見えないの! …とにかく、香奈ちゃんにわかるのなら、教えてほしいな」
「もう……。しょうがないなぁ~」

香奈姉ちゃんは、ため息混じりに言う。
香奈姉ちゃんの言うとおり、こういうのって先生に直接訊くのが早い気もするんだけど、美沙さんの性格上なのか先生に問題があるのか、それはできないらしい。

「──これはね。こうやるんだよ」

香奈姉ちゃんは、教科書に書かれている問題の答案をノートにスラスラと書き込んでいく。

「ふむふむ……」

美沙さんは、香奈姉ちゃんが解いていった答案の過程を小さく頷きながら見ていた。

「ちゃんと理解してる?」
「しっかりとわかってるって。──ところで香奈ちゃんは、楓君と何してたのかな?」

そんないやらしい笑みを浮かべても、何もでないですから。

「何もしてないよ。…弟くんに勉強を教えていただけだよ」

香奈姉ちゃんは、なぜか恥ずかしそうな表情を浮かべて言う。

「へぇ~。勉強を教えていただけね。…それにしては、ずいぶんと仲がいいんだね。見ていて羨ましくなるくらい」

美沙さんは、僕と香奈姉ちゃんの距離が近いのを見て、いたずらっぽい笑み浮かべる。

「仲がいいって言われてもな。弟くんは、私の幼馴染だし。…このくらいは、いいでしょ?」

そう言って香奈姉ちゃんは、僕の腕にしがみつく。
すると、対抗意識を燃やしてきたのか美沙さんまで僕の腕にしがみついてきた。

「いやいや。楓君を独占するのはずるいと思うよ。こういうのは、分かち合わなきゃ」
「美沙ちゃんには、“彼”がいるでしょ?」

香奈姉ちゃんの言う“彼”って誰のことだろう。香奈姉ちゃんも知ってる人って事だよな。
美沙さんの彼氏のことなのか。それとも──。

「“彼”は、私の彼氏じゃないでしょうが! …あの人は、私の兄みたいなものだよ」
「それだったら、弟くんは私の“弟”みたいなものだよ」
「だから、私が手を出したらダメって言うの?」
「美沙ちゃんは、『彼氏にするなら年下よりも年上の人』って言ってたでしょ? …だから、弟くんは範囲外だと思うけど」
「それは、そうだけどさ。でも……」

美沙さんは、何か言いたげな表情を浮かべていたが、結局何も言えず、言葉を詰まらせる。
そして、しばらくしないうちに──

──ピンポーン。

と、家の呼び鈴が再び鳴った。

「え……」
「誰か来たよ」
「今度は誰だろう?」
「さぁね。とりあえず出てみればわかるんじゃないかな」
「そうだね」

僕は、軽く息を吐くと立ち上がり、自分の部屋を後にする。そして、そのまま玄関の方に向かう。

「はーい。どちら様ですか?」

そう言いながら、玄関のドアを開ける。
すると今度は、二人の女の子が玄関先に立っていた。
一人は髪を背中の辺りまで伸ばした女の子で、もう一人はショートカットの女の子だ。
誰なのかは、一目見ればすぐにわかる。

髪を背中の辺りまで伸ばした女の子は矢沢理恵で、ショートカットの女の子は北川奈緒だ。

美沙さん同様、もちろん二人とも私服姿である。
先に口を開いたのは、奈緒さんの方だった。

「やぁ、楓君。勉強中に悪いんだけど、香奈は来てるかな?」
「香奈姉ちゃんなら、僕の部屋にいますよ。それと美沙さんも来てます」
「美沙も一緒か……」

奈緒さんは、なぜか残念そうな表情を浮かべる。

「美沙さんがいると、何かまずいことでもあるんですか?」
「まずいことはないんだけど……。わからないことがあったから、香奈に聞こうかなって思ってさ」
「美沙さんも、同じこと言ってましたよ」
「やっぱり、考えることは一緒か……」
「まぁ、仕方ないんじゃないかな。…かく言うわたしも、同じことを考えていたからね」

と、理恵さん。
どうやら、この二人も香奈姉ちゃんに用事があるみたいだ。しかもそれは、勉強のことでである。

「そういうわけだから、入ってもいいかな?」
「あ、どうぞ。おもてなしはできそうにないけれど、それでもよければ」
「それじゃ、遠慮なくお邪魔するね」
「お邪魔します」

二人は、そう言って家の中に入った。
今度は、僕が前を歩いて、自分の部屋まで案内をする。
まぁ、何度も部屋に招いているから、そんなことをしなくても覚えているんだろうけど……。

「誰だったの?」

僕と二人が部屋に入ってくると、香奈姉ちゃんは、美沙さんに勉強を教えながらそう聞いてくる。
僕が答えようとしたんだけど、その前に理恵さんと奈緒さんが香奈姉ちゃんに声をかけた。

「香奈」
「香奈ちゃん」
「え? 奈緒ちゃんと理恵ちゃん。…どうして弟くんの家に?」

香奈姉ちゃんは、困惑した様子で二人に聞いていた。
すると二人は

「香奈の家に行ったんだけど、留守みたいだったからさ。…もしかしたらと思って、近くにある楓君の家を訪ねてみたんだよ」
「そしたら、正解だった」
「いや、正解だったって……。何かのひっかけ問題じゃあるまいし」

香奈姉ちゃんは、呆れた様子で言う。
そして、背中に背負っているリュックを見て

「…ところで、その背中に背負っているのは勉強道具一式かな?」

そう聞いていた。
二人は、香奈姉ちゃんに見抜かれていたことに微苦笑して答える。

「そうそう。実はわからないところがあってさ」
「わたしも、わからないところがあるんだよね」
「しょうがないな、もう。…それで、どの辺りがわからないのかな?」

香奈姉ちゃんは、そんな二人を見て苦笑いをして返し、そう聞いていた。
結局、いつものバンドメンバーたちがこの部屋に来たのか。
まぁ、気軽って言えば気軽だけどさ。
まだマシなのは、奈緒さんと香奈姉ちゃんから受け取ったパンツの事を、誰も言わないことだろうか。
他の二人にバレたら、変態扱いを受けるのは確実だ。
特に女の子っていうのは、男の子のプライバシーには平気な顔をして踏み込んでくるらしいから、その辺りはホントどうにかしてほしい。
お願いだから、部屋のがさ入れだけはしないようにお願いします。
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