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第ニ話

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どうやら、今日は両親と兄が帰ってきそうにないので、一人で家の事をしなきゃいけない。
──いけないのだが……。

「肉じゃがができたよ、弟くん。一緒に食べようね」
「あ、うん」

風呂場の掃除をしてきたところに、香奈姉ちゃんから声がかかる。
香奈姉ちゃんは、慣れた手つきで料理を作ると皿に盛り付けテーブルに運んでいく。
何故、香奈姉ちゃんが家にいるかという事についてだけど、僕の母が西田さんの両親に連絡したらしい。
僕の両親と西田さんとこの両親は家族ぐるみでの付き合いがあり、とても仲良しだ。
今日、僕が一人で家に残されると知った西田さんの両親は、一人でいる僕の事が心配になり、香奈姉ちゃんに連絡をしたらしい。
両親が不在になる事が多い都合上、僕一人でも料理や掃除、洗濯などはできる。
しかし、それでも心配なのか母は、西田さんの両親に連絡したのだ。
その結果として、香奈姉ちゃんが家に来たのである。

「弟くん一人だと、何かと心配だから──」

と、言いながら。
どこまで過保護なんだよと言ってやりたいくらいだ。
あの後、香奈姉ちゃんとは何もない。
いつもどおりだ。

「今日の肉じゃがだけど。どうかな?」
「うん。美味しいよ」

僕は、肉じゃがに箸をつけてそう答える。
香奈姉ちゃんと一緒に、こうして晩御飯を食べてる時も、特に変化はない。

「よかった。口に合わなかったらどうしようかなって思っちゃったよ」
「口に合わないなんて事、絶対にないよ」
「ホントに?」
「うん。…だって香奈姉ちゃん、料理は得意じゃないか」
「まぁ、たしかに料理は好きだけど……。弟くんほどじゃないよ」
「僕ほどって……。僕は趣味にしてるだけであって、特には……」
「今日、作った肉じゃがは弟くんから学んだ自信作なんだけどな」
「…いやいや。僕が教えたというより、香奈姉ちゃん自身が頑張って出来るようになったんだと思うよ」
「そうかな? 私にとっては、弟くんがしっかりと教えてくれたおかげだよ」

香奈姉ちゃんは、嬉しそうな顔をして言う。
正直嬉しい言葉だけど、素直に喜べない僕がいる。
はっきり言って、香奈姉ちゃんの料理の腕前はかなりのものだ。
うかうかしてると追い越されそうだ。

「そういえばさ。今日、ショッピングモールで会った滝沢君だっけ?」
「うん。滝沢先輩がどうしたの?」
「私たちと歩きたがっていたけど、何がしたかったの?」
「それはたぶん……」

たぶん、香奈姉ちゃんとデートがしたかったんじゃないかな。
そうは思ったが、僕ははっきりと言うことができなかった。

「一緒に買い物でもしたかったのかな? …でもランジェリーショップに行ったからって、男の子が買えるようなものなんてないかと思うんだけどなぁ」
「普通に僕を連れてランジェリーショップにいった香奈姉ちゃんに言われたくないんだけど」
「…いや。それはほら、弟くんにも見てほしくてさ」
「僕が見たってしょうがないでしょ。下着なんか男が見るものじゃないし」
「その割には、奈緒ちゃんのパンツを見て鼻の下伸ばしていたみたいだけど。あれは、何だったの?」
「それは……」

あの時は不可抗力というもので、決して見たいから見たわけでは……。

「そんなに可愛かった? 奈緒ちゃんのパンツ」

香奈姉ちゃんは、何故かムッとした表情でそう訊いてくる。
そんな顔されても、僕にはよくわからないんだけど……。

「別に見たくて見たわけじゃないよ。たまたま視界に映っただけだよ」

僕は、そう言って立ち上がる。

「どこ行くの?」
「お風呂だよ。とりあえず、食器を片付けたら入ってくるよ」
「そう。行ってらっしゃい」

香奈姉ちゃんは、何か言いたげな顔で僕を見てそう言った。
僕は自分の食器を台所に置くと、そのまま風呂場に向かっていく。

この家で唯一くつろげる空間は、なんていっても風呂場だろう。
誰にも邪魔されずゆっくり浴槽に入れるし。
さて、明日は学校だし、滝沢先輩になんて言ってやれば納得してもらえるだろうか。
見た感じ、すごく執念深そうな印象だから、説明の仕方を間違えると、陰湿な攻撃に遭いそうだ。
あの手の人間は、何を言われても軽く流すのがいいんだけど、諦めがよくないのが厄介なところである。
こんな時、香奈姉ちゃんにズバッとフラれた方がかえって効果的なんだけど、香奈姉ちゃん本人は嫌がっているし、どうしたものか……。

「──弟くん」

と、風呂場の外から香奈姉ちゃんが声をかけてきた。

「どうしたの?」

僕がそう訊くと、香奈姉ちゃんは思案げに訊いてくる。

「いや、湯加減はどうかなって」
「丁度いいよ」
「そう。丁度いいんだ」

香奈姉ちゃんは、何か納得した様子でそう言う。

「どうかしたの? 香奈姉ちゃん」
「なんでもないよ。ちょっと聞いてみただけ」
「そうなんだ」

聞いてみただけなら、特に問題はないか。
香奈姉ちゃんは何を思ったのか向こうで何かし始める。
風呂場の向こう側は半透明のガラスで出来てるので、向こう側には香奈姉ちゃんの姿がしっかり見えている。
何をするつもりなんだろうか。

「弟くん。…入るね」
「え……」

それは、あまりにも突然の事だった。
香奈姉ちゃんは、風呂場の戸を開けてそのまま中に入ってきたのだ。
もちろん、全裸を見せるというのは青少年には良くないと思ったのか、ちゃんとタオルを巻いての入場である。

「ちょっ……⁉︎ 香奈姉ちゃん⁉︎ 何やってるんだよ! いきなり入ってこないでよ」

僕はあまりのことに慌てて、そう言っていた。
まさか香奈姉ちゃんが風呂場に乱入してくるとは思わなかったので、つい取り乱してしまっていたのだ。僕だって男だからね。

「どうしたの、弟くん? 昔はよく、一緒にお風呂に入ったじゃない。そこまで驚かなくても……」
「それは小さい頃の話でしょ」
「たしかに小さい頃だったけど。私たちにとっては、今も昔も変わらないでしょ?」
「それはそうだけど……。なんにしたって、僕たちはもう小さな子供じゃないんだから、その辺りは自重してだね。…って、香奈姉ちゃん。ちゃんと聞いてるの?」

香奈姉ちゃんはボディスポンジを手に取り、泡だて始める。
これは、聞いてないな。

「──ほら、弟くん。背中を流してあげるから、そっち向いて」
「いや、そのくらいは僕にもできるって。お願いだから風呂場から出てってよ」
「そんな事言われても……。もう入っちゃったし」
「なんでこんな……」

こうなるともう、僕の方は諦めるしかない。
僕は、大人しく香奈姉ちゃんに背中を向ける。
すると香奈姉ちゃんは、優しく僕の背中を洗い始めた。

「どう? 痒いところはない?」
「ないよ。むしろ気持ちいいくらい」
「そっかー。気持ちいいのかぁ」
「どうしたの? 香奈姉ちゃん」

途中で手を止めたので、僕は気になって後ろを向こうとする。
香奈姉ちゃんは、慌てた様子で再び僕の背中を洗い始めた。

「ううん、なんでもない。なんでもないよ。…私にも、やってほしいだなんて言ってないからね」
「やってほしいのか……」
「だから、やってほしいだなんて言わないわよ」

はっきり言ってますよ。香奈姉ちゃん……。
仕方ないなぁ。
身体を洗い終えると、僕はボディスポンジを手に取って後ろを向いた。

「ほら、香奈姉ちゃん。背中を流してあげるから後ろを向いて」
「え、でも……。弟くんに悪いよ」
「せっかく入ってきたんだし。この際しょうがないよ」
「でも、裸にならなきゃいけないし……」

香奈姉ちゃんは、恥ずかしそうにタオルを押さえる。
その姿を見ていると、旦那さんに尽くす可愛い新妻さんのようにも見えなくもない。
しかし、僕は惑わされないぞ。

「僕の裸を見るのは、そんなに気にならないんだ」
「いや、弟くんの身体を見るのは、そんなに抵抗はないよ。小さい頃から見ているからね。でも……」

さすがの香奈姉ちゃんも、僕に裸を見せるのには抵抗があるらしい。
人の裸を堂々と見ておいて、自分の裸を見せるのにはそこまで恥ずかしがるなんて。
図太いというかなんというか。

「背中を流すだけだよ。そんな恥ずかしがることはないと思うけど……」
「それはそうだけど……」

香奈姉ちゃんは、躊躇いがちに身体に巻いたタオルを掴む。
まぁ、そこまで嫌がっているんならしょうがないか。
強制もできないし。だけど──

「ところで香奈姉ちゃんは、なんで風呂場に入ってきたの?」
「え? それは、弟くんの背中を流してあげようかと思って」
「だからって、服を脱いで入ってくるもんなの?」
「ほら、風呂場に服着て入ると濡れちゃうじゃない。だから、服を脱いで入ってきたのよ」
「そうなんだ」
「私のことは気にしなくていいよ。私が好きでやってることだから」

そう言って香奈姉ちゃんは、タオルを外し背中を向ける。
そんな香奈姉ちゃんの背中を流すわけにもいかず、僕はそのまま浴槽に入った。

「あれ? 背中流してくれないの?」
「え?」
「せっかくタオルを外したのに、背中流してくれないのかな?」

香奈姉ちゃんは、そう言って僕に背中を向ける。

「………」

せっかく湯船に浸かって癒されようとしていたのに。

「やるよ。背中を流してあげるよ」

──まったく。
香奈姉ちゃんの気まぐれには困ったものだ。
僕は、香奈姉ちゃんからボディスポンジを受け取ると、ボディソープに手を伸ばし、そのまま泡だて始める。
そして、香奈姉ちゃんの背中を流し始めた。
香奈姉ちゃんの背中は思ったよりも小さく、華奢だ。
ゆっくりと背中を洗い始めると、香奈姉ちゃんは、昔のことを思い出したのか、口を開く。

「昔はよく、こうやって背中を流しっこしてたよね」
「そうだね。昔は、気にするようなことがそんなになかったからね」

たしかに昔は女だとか男だとかって、そんなこと気にするような歳でもなかった。
だけど小学中学年辺りからお互い羞恥心がでてきて、一緒に入りたいってこともなくなっていったんだよな。

「さすがに今は、心の準備が必要になるかな……」
「僕には、心の準備以前の話だったけどね」

と、僕はボソリと言う。
香奈姉ちゃんは、今のが聞こえていたのかこちらを向いて訊いてくる。

「何か言った?」
「ううん。…なんでもないよ」

そう言って、僕は香奈姉ちゃんの背中をやさしく流した後

「終わったよ」

と言って、ボディスポンジを香奈姉ちゃんに渡すと、再び湯船に浸かる。
香奈姉ちゃんは

「ありがとう」

と、礼を言う。
香奈姉ちゃんが身体を流している姿なんて、本当は見たくなかったんだけど、この際しょうがない。
せめて水着くらい着てくれば良かったのにと思うくらいだが、そこは香奈姉ちゃんだ。
僕のことを“弟くん”と呼ぶくらいだから、そんな羞恥心など無いんだろう。
香奈姉ちゃんは、リラックスした様子で「ふんふーん」と鼻歌を歌いながら身体を洗い始めた。
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