31 / 53
31.
しおりを挟む
颯斗も客に呼ばれて行ってしまった。
残された男が少し困ったように眉根を寄せて、しきりに翔を見つめてきた。居心地の悪さを感じて、もぞもぞと座りなおすと、翔は「あの?」と遠慮がちに声をかける。
「あ、すみません。有聖さんの今の相手(パートナー)なのかなと……」
不躾な視線を送った自覚があるらしく、丁寧に頭を下げられると、かえって恐縮してしまった。
「あの、有聖さんの知り合いですか?」
「ええ、まぁ。……前に調教されてたので」
「え、あっ……そ、そうな、んですか?」
驚きで心臓が飛び跳ねた。
(こんな綺麗な人を、調教……? あれ、でも、この人って、貸し出されてきた、んだよな?)
有聖に調教されていたという男は怜(れい)と名乗った。二年ほど前に半年ほど調教を受けていたという。
どろりと黒いものが胸に溜まる。
「あ、すみません。こんな話聞きたくないですよね」
「え、あ、いや……、なんで別れたんですか?」
「……なんででしょう。たぶん、合わなかったんだと思います」
そう言った怜がほんの少し寂しそうに見えた。
「あの、でも、今は他のパートナーというか、その、ご主人様がいるんですか?」
「はい、有聖さんからの紹介で今のご主人様の奴隷になりました」
怜の口元が弧を描く。柔らかい笑みをふんわりと浮かべた顔に、なんだかほっとした。
「君は有聖さんとは……?」
「あ、えっと……まだその知り合ってからそんなに経ってない、です」
しかもまだ正式には付き合っていないのだ。だが、そのことは言えなかった。というよりも、言いたくなかった。
「じゃ、今が大変な時でもあり、楽しい時ですね」
「え、なんでですか?」
思わず聞き返してしまった。
「新しいご主人様の作法を覚えるのは大変だし、お互いにリミットがわからないから責めがきつかったりしませんか?」
逆に聞き返されて、翔は戸惑ってしまう。
「あ、いや、俺……慣れてなくて」
「もしかして、有聖さんが初めてですか?」
こくりと頷くと、怜は「あー、それでかな」と何か納得したような顔をした。
「すみません。あまりお二人は主従関係のような雰囲気ではなかったので」
「そうですか?」
「少なくとも奴隷に対して“くん”をつけて呼ぶことはないと思います」
そう言われて納得した。
有聖が翔のことを呼び捨てにするのはそういう時だけだ。
「あの、変なこと、聞いてもいいですか?」
おずおずと切り出せば、怜は一瞬怪訝な顔をしたが、小さく頷いた。
「嫌じゃないですか? 貸し出されたり、とか」
「よくわかりません。ご主人様の命令に従うことが僕にとっては嬉しいことなので……。責めがきつい、つらいと思うことはありますが、……嫌だなと思うことはあまりないような気がします」
「それって、どんなことをされても?」
怜が首を傾げた。翔の質問の意図があまりよくわからないようだった。
「えっと、その、危ないこととかもあるでしょう?」
「そうですね。怖い思いをしたことはあります」
有聖と出会う前、ネットで出会った人に木に縛りつけられ放置されるたことがあると怜が言った。その時は本当に怖かったのだと。
「慣れてはいたんだと思います。怪我もしなかったし、レイプされたわけでもなかったですし」
木に背をつけて立ったまま縛られていたから、口も後ろも使えなかったのだと、怜が自重気味に笑った。
「だから、外に放置されるのは、嫌かもしれません。でも、有聖さんはあまりそういうことはしないかなと……?」
「そ、そうなんだけど……」
確かに有聖はそんなことはしないと思う。
聞きたいのはそういうことじゃない。けれども、何と言ったらいいのか、翔にもよくわからなかった。
何を知りたいのか、何に戸惑っているのか、翔自身も明確に把握できていない。
黙ってしまった翔の肩に、怜がそっと手を添えた。
「大丈夫ですか?」
「すみません。変なことを聞いてしまって……。俺、SMとか慣れてないから、なんかよくわからなくて。有聖さんは慣れてるから、俺でいいのかなぁって。俺は何されても嬉しいとか思えないし」
有聖の命令ならなんでも、とは思えそうにない。
「いいんじゃないですか、それはそれで」
「でも、……」
「なんとなく、君の悩みはわかる気がします。僕も一番最初のご主人様の時に似たような気持ちでした。彼はベテランだったし、僕は初めてだったから、何もかもに戸惑っていたし、全てがつらいと思うことがありました。できないことも多かったですし、きっと満足してないんだろう、だから他の人も調教するんだろう、と」
泣いて縋って喚いたこともあった、と少し恥ずかしそうに怜が言う。
「でも、僕は支配される喜びや心地よさが少しずつわかるようになりました。もともとの気質もあったと思いますが、僕はそういうふうに調教されたんです。彼に身を任せて、何も考えずにただ飼われるだけの生活が心地よくなった」
きっと怜は一番最初のご主人様のことが今でもすごく好きなんだろう。微かに微笑む怜の表情はとても穏やかで優しい。でも、どこか儚げだった。
残された男が少し困ったように眉根を寄せて、しきりに翔を見つめてきた。居心地の悪さを感じて、もぞもぞと座りなおすと、翔は「あの?」と遠慮がちに声をかける。
「あ、すみません。有聖さんの今の相手(パートナー)なのかなと……」
不躾な視線を送った自覚があるらしく、丁寧に頭を下げられると、かえって恐縮してしまった。
「あの、有聖さんの知り合いですか?」
「ええ、まぁ。……前に調教されてたので」
「え、あっ……そ、そうな、んですか?」
驚きで心臓が飛び跳ねた。
(こんな綺麗な人を、調教……? あれ、でも、この人って、貸し出されてきた、んだよな?)
有聖に調教されていたという男は怜(れい)と名乗った。二年ほど前に半年ほど調教を受けていたという。
どろりと黒いものが胸に溜まる。
「あ、すみません。こんな話聞きたくないですよね」
「え、あ、いや……、なんで別れたんですか?」
「……なんででしょう。たぶん、合わなかったんだと思います」
そう言った怜がほんの少し寂しそうに見えた。
「あの、でも、今は他のパートナーというか、その、ご主人様がいるんですか?」
「はい、有聖さんからの紹介で今のご主人様の奴隷になりました」
怜の口元が弧を描く。柔らかい笑みをふんわりと浮かべた顔に、なんだかほっとした。
「君は有聖さんとは……?」
「あ、えっと……まだその知り合ってからそんなに経ってない、です」
しかもまだ正式には付き合っていないのだ。だが、そのことは言えなかった。というよりも、言いたくなかった。
「じゃ、今が大変な時でもあり、楽しい時ですね」
「え、なんでですか?」
思わず聞き返してしまった。
「新しいご主人様の作法を覚えるのは大変だし、お互いにリミットがわからないから責めがきつかったりしませんか?」
逆に聞き返されて、翔は戸惑ってしまう。
「あ、いや、俺……慣れてなくて」
「もしかして、有聖さんが初めてですか?」
こくりと頷くと、怜は「あー、それでかな」と何か納得したような顔をした。
「すみません。あまりお二人は主従関係のような雰囲気ではなかったので」
「そうですか?」
「少なくとも奴隷に対して“くん”をつけて呼ぶことはないと思います」
そう言われて納得した。
有聖が翔のことを呼び捨てにするのはそういう時だけだ。
「あの、変なこと、聞いてもいいですか?」
おずおずと切り出せば、怜は一瞬怪訝な顔をしたが、小さく頷いた。
「嫌じゃないですか? 貸し出されたり、とか」
「よくわかりません。ご主人様の命令に従うことが僕にとっては嬉しいことなので……。責めがきつい、つらいと思うことはありますが、……嫌だなと思うことはあまりないような気がします」
「それって、どんなことをされても?」
怜が首を傾げた。翔の質問の意図があまりよくわからないようだった。
「えっと、その、危ないこととかもあるでしょう?」
「そうですね。怖い思いをしたことはあります」
有聖と出会う前、ネットで出会った人に木に縛りつけられ放置されるたことがあると怜が言った。その時は本当に怖かったのだと。
「慣れてはいたんだと思います。怪我もしなかったし、レイプされたわけでもなかったですし」
木に背をつけて立ったまま縛られていたから、口も後ろも使えなかったのだと、怜が自重気味に笑った。
「だから、外に放置されるのは、嫌かもしれません。でも、有聖さんはあまりそういうことはしないかなと……?」
「そ、そうなんだけど……」
確かに有聖はそんなことはしないと思う。
聞きたいのはそういうことじゃない。けれども、何と言ったらいいのか、翔にもよくわからなかった。
何を知りたいのか、何に戸惑っているのか、翔自身も明確に把握できていない。
黙ってしまった翔の肩に、怜がそっと手を添えた。
「大丈夫ですか?」
「すみません。変なことを聞いてしまって……。俺、SMとか慣れてないから、なんかよくわからなくて。有聖さんは慣れてるから、俺でいいのかなぁって。俺は何されても嬉しいとか思えないし」
有聖の命令ならなんでも、とは思えそうにない。
「いいんじゃないですか、それはそれで」
「でも、……」
「なんとなく、君の悩みはわかる気がします。僕も一番最初のご主人様の時に似たような気持ちでした。彼はベテランだったし、僕は初めてだったから、何もかもに戸惑っていたし、全てがつらいと思うことがありました。できないことも多かったですし、きっと満足してないんだろう、だから他の人も調教するんだろう、と」
泣いて縋って喚いたこともあった、と少し恥ずかしそうに怜が言う。
「でも、僕は支配される喜びや心地よさが少しずつわかるようになりました。もともとの気質もあったと思いますが、僕はそういうふうに調教されたんです。彼に身を任せて、何も考えずにただ飼われるだけの生活が心地よくなった」
きっと怜は一番最初のご主人様のことが今でもすごく好きなんだろう。微かに微笑む怜の表情はとても穏やかで優しい。でも、どこか儚げだった。
57
お気に入りに追加
475
あなたにおすすめの小説
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
サディストの飼主さんに飼われてるマゾの日記。
風
恋愛
サディストの飼主さんに飼われてるマゾヒストのペット日記。
飼主さんが大好きです。
グロ表現、
性的表現もあります。
行為は「鬼畜系」なので苦手な人は見ないでください。
基本的に苦痛系のみですが
飼主さんとペットの関係は甘々です。
マゾ目線Only。
フィクションです。
※ノンフィクションの方にアップしてたけど、混乱させそうなので別にしました。
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
ピアノ教室~先輩の家のお尻たたき~
鞭尻
大衆娯楽
「お尻をたたかれたい」と想い続けてきた理沙。
ある日、憧れの先輩の家が家でお尻をたたかれていること、さらに先輩の家で開かれているピアノ教室では「お尻たたきのお仕置き」があることを知る。
早速、ピアノ教室に通い始めた理沙は、先輩の母親から念願のお尻たたきを受けたり同じくお尻をたたかれている先輩とお尻たたきの話をしたりと「お尻たたきのある日常」を満喫するようになって……
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる