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キスは好きな人と
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二日後の夕方、カインは約束通り怪我一つせずにニーナの元に帰って来た。
今日は黒装束ではなく動きやすそうな私服に着替えており、ニーナがよく知ったカインの姿になっている。
「明日は非番だ。この間よりはゆっくり出来る」
そう言ってカインは先日と同じようにベッド脇の椅子に腰掛けた。腕に茶色い紙袋を抱えている。紙袋を備え付けの小さな机の上に置くと、ニーナの方へ体を向けた。
「……国境沿いの町に遊びに行かなくて良いの?」
非番の時間を見舞いに使うのは、カインの息抜きにならないのではとニーナは考えていた。
「別動隊は町の宿舎に泊まる者もいるが……遊び?」
「気晴らしの夜遊び。お酒飲みに行ったり、娼館で……可愛い子と遊んだり」
カインが娼館に行くのは嫌だと感じていたので小さくボソボソと呟いた。
「酒場には付き合いでたまに行くが、娼館に行くことはないな」
「……何で、行かないの?」
「娼館にニーナはもういないだろ」
カインはニーナの頬に手を伸ばして優しく撫でた。
「初めて出会ったあの日。優しく笑いかけてくれたニーナを今でも思い出す。あんな特別な経験は二度と無いだろう」
「……大袈裟だなあ」
「今日はしてくれないのか?」
カインはスリスリとニーナの頬を撫で、指先を滑らせて唇を軽く撫でた。
「……しよっか」
「実はずっと楽しみにしていた」
カインは頬を染めて顔を近づけ、ニーナはカインの首筋に腕を回して唇をそっと重ねた。
「ん……ん……ふ……」
唇が触れているだけなのに、カインを好ましいと思う気持ちが胸に溢れてくる。ニーナは唇を重ねたまま泣きだしそうになり、慌てて離れた。
「もっとしないのか?」
もう少し長く触れていたかったのか、カインは名残惜しそうだ。
「さすがのニーナお兄さんも、カイン君の職場でこれ以上は無理かなあ……」
「……それも、そうだな」
冗談めかして誤魔化すと、カインは唇を押さえ「俺も浮かれているな」と恥ずかしそうに呟いた。
「でも……ギュッてするのは良いよ」
「良いのか?」
腕を広げて「うん、おいでよ」と言うと、カインはぱっと明るい表情になり、ニーナを優しく抱きしめた。
「ね、椅子に座ったままだと体勢が辛くない? 良かったらベッドの上に来なよ」
「……それは俺が何かしてしまうので……遠慮しておくよ」
「え~、何するつもりなんだよ」
ニーナはカインの背中に腕を回してクスクスと笑った。
「何でもない。忘れてくれ……」
「やらしいことしたくなっちゃう?」
「…………ニーナ」
「ふっ……ごめんごめん」
カインの体温を感じつつ、ニーナは大きな背中をよしよしと撫でた。
「怪我せずに帰って来てくれて嬉しいよ。カイン、大好き……」
「その言葉を、また言ってくれるんだな」
「ずっと言えなくてごめん。でも、これからは素直になるから。カインのことが……好きだって分かったから……これからは、もっと、ちゃんと……」
言葉を詰まらせながらもそう伝えると、ニーナを抱きしめる腕の力が強くなった。
「ぅ……カイン、あんまり強く抱きしめられると、今はちょっと、痛いかも……」
強く抱きしめられるのはとても嬉しかったが、今のニーナの体は普段よりもだいぶ弱っている。そう言うとカインが慌てて体を離した。
「すまない! ニーナは怪我をしているのに、俺は何てことを……」
「ううん、治ったらもっといっぱい抱きしめて欲しいな」
カインは切な気に「分かった」と言うと、ニーナから目をそらした。
「……そうだ、ニーナに渡す物があるんだ」
気を取り直すようにふぅっと息をつき、カインは机に置いた紙袋から布製の畳まれた何かを取り出し、こちらに渡して来た。
「渡す物? あ、オレのローブだ!」
畳まれた布はニーナの亜麻色のローブだった。魔獣に襲われた日に囮に使い。血だらけでボロボロになっていたはずなのに、丁寧に繕われているのか新品のようだ。
「修理に出していた物を引き取って来た」
「これ気に入っていたから嬉しいよ。ありがとう!」
「ついでに瘴気避けと物理耐性の加護を付与してもらった。何かあればきっとニーナを守ってくれるだろう」
「え……? そ、そんな防具みたいなことしてもらって良いのかな。普通のローブなのに……」
亜麻色のローブは丈夫な布製だったが普通の服だ。そんな特別仕様にしてもらって良いのかとニーナが戸惑っていると、カインは真面目な顔で「必要なことだ」と続けた。
「ニーナがまた怪我をしないようにと俺が勝手にやったことだ。普段通り着てくれれば嬉しい」
「う、うん。本当にありがとう……」
ニーナはローブをギュッと抱きしめた。カインの想いが詰まっているようで更にお気に入りのローブになりそうだなとニーナは照れつつもニヤニヤしてしまった。
今日は黒装束ではなく動きやすそうな私服に着替えており、ニーナがよく知ったカインの姿になっている。
「明日は非番だ。この間よりはゆっくり出来る」
そう言ってカインは先日と同じようにベッド脇の椅子に腰掛けた。腕に茶色い紙袋を抱えている。紙袋を備え付けの小さな机の上に置くと、ニーナの方へ体を向けた。
「……国境沿いの町に遊びに行かなくて良いの?」
非番の時間を見舞いに使うのは、カインの息抜きにならないのではとニーナは考えていた。
「別動隊は町の宿舎に泊まる者もいるが……遊び?」
「気晴らしの夜遊び。お酒飲みに行ったり、娼館で……可愛い子と遊んだり」
カインが娼館に行くのは嫌だと感じていたので小さくボソボソと呟いた。
「酒場には付き合いでたまに行くが、娼館に行くことはないな」
「……何で、行かないの?」
「娼館にニーナはもういないだろ」
カインはニーナの頬に手を伸ばして優しく撫でた。
「初めて出会ったあの日。優しく笑いかけてくれたニーナを今でも思い出す。あんな特別な経験は二度と無いだろう」
「……大袈裟だなあ」
「今日はしてくれないのか?」
カインはスリスリとニーナの頬を撫で、指先を滑らせて唇を軽く撫でた。
「……しよっか」
「実はずっと楽しみにしていた」
カインは頬を染めて顔を近づけ、ニーナはカインの首筋に腕を回して唇をそっと重ねた。
「ん……ん……ふ……」
唇が触れているだけなのに、カインを好ましいと思う気持ちが胸に溢れてくる。ニーナは唇を重ねたまま泣きだしそうになり、慌てて離れた。
「もっとしないのか?」
もう少し長く触れていたかったのか、カインは名残惜しそうだ。
「さすがのニーナお兄さんも、カイン君の職場でこれ以上は無理かなあ……」
「……それも、そうだな」
冗談めかして誤魔化すと、カインは唇を押さえ「俺も浮かれているな」と恥ずかしそうに呟いた。
「でも……ギュッてするのは良いよ」
「良いのか?」
腕を広げて「うん、おいでよ」と言うと、カインはぱっと明るい表情になり、ニーナを優しく抱きしめた。
「ね、椅子に座ったままだと体勢が辛くない? 良かったらベッドの上に来なよ」
「……それは俺が何かしてしまうので……遠慮しておくよ」
「え~、何するつもりなんだよ」
ニーナはカインの背中に腕を回してクスクスと笑った。
「何でもない。忘れてくれ……」
「やらしいことしたくなっちゃう?」
「…………ニーナ」
「ふっ……ごめんごめん」
カインの体温を感じつつ、ニーナは大きな背中をよしよしと撫でた。
「怪我せずに帰って来てくれて嬉しいよ。カイン、大好き……」
「その言葉を、また言ってくれるんだな」
「ずっと言えなくてごめん。でも、これからは素直になるから。カインのことが……好きだって分かったから……これからは、もっと、ちゃんと……」
言葉を詰まらせながらもそう伝えると、ニーナを抱きしめる腕の力が強くなった。
「ぅ……カイン、あんまり強く抱きしめられると、今はちょっと、痛いかも……」
強く抱きしめられるのはとても嬉しかったが、今のニーナの体は普段よりもだいぶ弱っている。そう言うとカインが慌てて体を離した。
「すまない! ニーナは怪我をしているのに、俺は何てことを……」
「ううん、治ったらもっといっぱい抱きしめて欲しいな」
カインは切な気に「分かった」と言うと、ニーナから目をそらした。
「……そうだ、ニーナに渡す物があるんだ」
気を取り直すようにふぅっと息をつき、カインは机に置いた紙袋から布製の畳まれた何かを取り出し、こちらに渡して来た。
「渡す物? あ、オレのローブだ!」
畳まれた布はニーナの亜麻色のローブだった。魔獣に襲われた日に囮に使い。血だらけでボロボロになっていたはずなのに、丁寧に繕われているのか新品のようだ。
「修理に出していた物を引き取って来た」
「これ気に入っていたから嬉しいよ。ありがとう!」
「ついでに瘴気避けと物理耐性の加護を付与してもらった。何かあればきっとニーナを守ってくれるだろう」
「え……? そ、そんな防具みたいなことしてもらって良いのかな。普通のローブなのに……」
亜麻色のローブは丈夫な布製だったが普通の服だ。そんな特別仕様にしてもらって良いのかとニーナが戸惑っていると、カインは真面目な顔で「必要なことだ」と続けた。
「ニーナがまた怪我をしないようにと俺が勝手にやったことだ。普段通り着てくれれば嬉しい」
「う、うん。本当にありがとう……」
ニーナはローブをギュッと抱きしめた。カインの想いが詰まっているようで更にお気に入りのローブになりそうだなとニーナは照れつつもニヤニヤしてしまった。
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