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愛しさと逃げ出したい気持ち・中編
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娼館勤務最後の夜、ニーナはカインとデートの約束をした。
カインは「デート?」ときょとんとしていたが、ニーナがデートをしたことがないと言うと「分かった」と快く微笑んでくれた。
それから二人の都合が合う三日後の夜、早速「デート」を実行することになったのだった。
(き、緊張する……)
国境沿いの町の商業区には小さな広場がある。広場の噴水前でカインと待ち合わせをすることになり、ニーナは噴水の端に立っていた。
商業区の街灯は魔法で光が灯され、噴水前で待ち合わせをする人々を明るく照らしている。ここは定番の待ち合わせ場所なので、ニーナは楽しそうな人々に囲まれて何だかいたたまれない気分がした。
(らしくなさ過ぎるだろ。オレは今までだって色々なことを上手く切り抜けて生きて来たのに……)
ニーナは亜麻色のローブを頭からすっぽり被り、耳や尻尾を隠してしまっている。知り合いに気づかれるのが嫌だったからだ。
(特に娼館の奴らだ。今日が休みの奴に出くわしたりなんかして、カインの顔を見られでもしたら絶対にからかわれる)
ニーナは娼館を引退したが、馬車の予約が取れるまでの間、娼館の従業員寮で下働きをしていた。娼館の主人に下働きをするので寮を使わせて欲しいと頼むと、「好きなだけいて良いよ」と言われた。ニーナが不覚にもジーンとしていると「ニーナちゃんは大事に育てた商売道具だったから、そのくらいのお願いは朝飯前だよ」と笑顔で言い放ったので、肩を思い切りはたいてやった。
(笑顔で人のこと道具扱いとか……本当、あいつは……いや、オレにはあのくらいが丁度良いんだ。5年もいられたのはあの距離感だったからっていうのもあるし)
失うことが怖くなるとニーナは逃げ出したくなってしまう。
(オレは面倒くさい奴なんだぞ。カインも何だってオレなんかを、す、好きになっちゃったんだ!)
一般的にデートというものはウキウキして楽しいものだとニーナは聞いたことがあったが、今は胃の辺りが重く「何でデートしたいなんて言っちゃったんだ」と内心後悔していた。
(あの時のオレは、頭と心がグチャグチャで弱っていたから……でも、カインとデートしたかったのは事実だ。それに楽しみじゃないって言えば嘘になる)
様々な感情が体や頭の中で絡み合ってニーナの気持ちと胃を重くしている。
(今のオレはただの下働きで、カインはもう客じゃない。だから何の問題もない。気になってる者同士が食事したり一緒に遊んだりする、普通の……そう、普通のデートなんだ)
ニーナにとっては「普通のデート」という物自体が未知の存在だ。その上、娼館以外でカインと会うのも初めてのことだった。
(これまで体験したことがないから不安なんだ。今日はちょっと商業区をぶらぶらして食事するだけ、それだけだ。食事に行くくらいなら、娼館の同僚達とだって行ったことあるし)
今日はニーナが商業区を案内するという体でデートを進めて行く手筈になっている。
(それに、オレの方が年上だからカインをエスコートするのはオレなんだ! 今日は全部オレに任せて欲しいって言っちゃったし)
デートの約束をした時、カインは「仕事仲間に良い店を聞いてみる」と言ってくれたがニーナは全部任せて欲しいと提案を突っぱねた。
(そんな風に言った手前、こんな重苦しい思いを抱えてなんていられない。オレはこれまでだって上手く生きて来た。デートくらい、何でもない……)
カインとの待ち合わせの時間よりだいぶ早い時間に着いてしまっていたので、ニーナはしばらくの間、重苦しい気持ちと楽しみな気持ちを戦わせて時間を潰した。
カインは「デート?」ときょとんとしていたが、ニーナがデートをしたことがないと言うと「分かった」と快く微笑んでくれた。
それから二人の都合が合う三日後の夜、早速「デート」を実行することになったのだった。
(き、緊張する……)
国境沿いの町の商業区には小さな広場がある。広場の噴水前でカインと待ち合わせをすることになり、ニーナは噴水の端に立っていた。
商業区の街灯は魔法で光が灯され、噴水前で待ち合わせをする人々を明るく照らしている。ここは定番の待ち合わせ場所なので、ニーナは楽しそうな人々に囲まれて何だかいたたまれない気分がした。
(らしくなさ過ぎるだろ。オレは今までだって色々なことを上手く切り抜けて生きて来たのに……)
ニーナは亜麻色のローブを頭からすっぽり被り、耳や尻尾を隠してしまっている。知り合いに気づかれるのが嫌だったからだ。
(特に娼館の奴らだ。今日が休みの奴に出くわしたりなんかして、カインの顔を見られでもしたら絶対にからかわれる)
ニーナは娼館を引退したが、馬車の予約が取れるまでの間、娼館の従業員寮で下働きをしていた。娼館の主人に下働きをするので寮を使わせて欲しいと頼むと、「好きなだけいて良いよ」と言われた。ニーナが不覚にもジーンとしていると「ニーナちゃんは大事に育てた商売道具だったから、そのくらいのお願いは朝飯前だよ」と笑顔で言い放ったので、肩を思い切りはたいてやった。
(笑顔で人のこと道具扱いとか……本当、あいつは……いや、オレにはあのくらいが丁度良いんだ。5年もいられたのはあの距離感だったからっていうのもあるし)
失うことが怖くなるとニーナは逃げ出したくなってしまう。
(オレは面倒くさい奴なんだぞ。カインも何だってオレなんかを、す、好きになっちゃったんだ!)
一般的にデートというものはウキウキして楽しいものだとニーナは聞いたことがあったが、今は胃の辺りが重く「何でデートしたいなんて言っちゃったんだ」と内心後悔していた。
(あの時のオレは、頭と心がグチャグチャで弱っていたから……でも、カインとデートしたかったのは事実だ。それに楽しみじゃないって言えば嘘になる)
様々な感情が体や頭の中で絡み合ってニーナの気持ちと胃を重くしている。
(今のオレはただの下働きで、カインはもう客じゃない。だから何の問題もない。気になってる者同士が食事したり一緒に遊んだりする、普通の……そう、普通のデートなんだ)
ニーナにとっては「普通のデート」という物自体が未知の存在だ。その上、娼館以外でカインと会うのも初めてのことだった。
(これまで体験したことがないから不安なんだ。今日はちょっと商業区をぶらぶらして食事するだけ、それだけだ。食事に行くくらいなら、娼館の同僚達とだって行ったことあるし)
今日はニーナが商業区を案内するという体でデートを進めて行く手筈になっている。
(それに、オレの方が年上だからカインをエスコートするのはオレなんだ! 今日は全部オレに任せて欲しいって言っちゃったし)
デートの約束をした時、カインは「仕事仲間に良い店を聞いてみる」と言ってくれたがニーナは全部任せて欲しいと提案を突っぱねた。
(そんな風に言った手前、こんな重苦しい思いを抱えてなんていられない。オレはこれまでだって上手く生きて来た。デートくらい、何でもない……)
カインとの待ち合わせの時間よりだいぶ早い時間に着いてしまっていたので、ニーナはしばらくの間、重苦しい気持ちと楽しみな気持ちを戦わせて時間を潰した。
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