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卓上遊戯と昔話
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しおりを挟む廊下に出て下働きの従業員を捕まえ、ニーナは飲み物やら菓子やらを注文した。程なくして注文した様々なものが盆に載って届いたので、ベッドの上に広げた。
「これがニーナお兄さんおすすめの疲労回復ハーブジュースだよ!」
盆を挟んでカインとベッドの上で向かい合い、陶器製の盃に入った飲み物をカインに渡した。盃を受け取ったカインは不思議そうな顔をしている。ハーブジュースは鬱蒼とした森の色をしているので無理もないなとニーナは苦笑した。
「色がすごいな。何が入っているんだ?」
「体に良いハーブと果物が何種類かと、あと蜂蜜を煮詰めたシロップが入っているよ」
「そうなのか……」
「見た目は良くないけど、匂いと味は悪くないし、飲むと体がポカポカしてよく眠れるんだ」
ニーナは自分用の茶が入った盃を持ち上げ「乾杯」とカインの盃にぶつけた。カインはハーブジュースをコクコクと飲み、首を傾げた。
「どう?」
「最初は薬草の味がして身構えたが、飲んでいると爽やかな甘さが広がって……悪くないな」
「良かった。体に良いんだけど、無理な人は本当に無理な味だからさぁ」
「そうだろうな」
カインは困り顔で微笑んだ。
「他にもゲームとかお菓子を持って来てもらったから。ちょっとしたパーティーにしちゃおっか」
盆の上には小さな器に入った砂糖菓子や焼き菓子、ゲーム用のカードや二つ折りの遊技盤が載っている。
「パーティー?」
「専属指名にしてもらったお礼とカインのお仕事の労いパーティー……なんて、どうかな」
「ふふ……良いな。パーティーなんて子どもの時以来だ」
「そ、そうなんだね。喜んでもらえて良かったよ……」
「ああ、ありがとう、ニーナ」
嬉しそうに微笑むカインに見惚れかけ、ニーナは目をそらした
「カインは好き嫌いはない? このお菓子、美味しいんだけど」
ニーナは鮮やかな色合いをした丸い砂糖菓子を摘み、カインの口元に近づけた。
「特に食べられない物はないな」
「じゃあ、はい、どうぞ」
「……頂こう」
カインは戸惑いつつも口元に運ばれた砂糖菓子をパクりと食べた。
「……サクサクしていて美味い」
「ふふ、オレもそれ好きなんだ~」
カインは砂糖菓子を口元に運ばれることに照れているのか頬が赤くなっている。ニーナは大型犬に給餌している気分がして幾分か心が軽くなった。
(今日は腕の中で口説かれながら撫でられるのは耐えられそうにないから、一緒に遊んで、イチャイチャして、誤魔化そう……)
「他にも食べてみたいのある? 食べさせたげるから、言ってね」
「……大丈夫だ。自分で食べる」
カインは頬を染めて、ハーブジュースを啜った。
「あとは、ゲームもあるから一緒に遊ぼうよ」
「娼館にもこういった物が置いてあるんだな」
盆の上にある遊技盤を持ち上げ、カインは懐かしそうに目を細めた。
「うん、お客さんと遊んだり、従業員同士でお客さんを待っている時に遊んだりしているよ」
「そうなのか」
娼館ではゲームは本来の用途意外にも賭け事によく使われていたが、カインに言える訳がないのでニーナは黙っておいた。
「このカードゲームはよくあるヤツだけど、色んな遊び方が出来るよ。カインが持っている遊技盤はすごろくになっていて、それも楽しいよ~」
「昔、このすごろくに似た物でよく遊んでいたので懐かしく感じる」
「そうなんだ。じゃあ、それで遊ぼっか!」
ニーナはカインの手から遊技盤を受け取って組み立て始めた。二つ折りの遊技盤を開くと中にはサイコロや駒、おもちゃのコインが入っている。遊技盤のマス目には絵と物語が書かれ、プレーヤーはサイコロを振って物語を進めていく仕様だ。
「このすごろくは、悪い竜に攫われたお姫さまを助けに行くっていうお話なんだ。途中、マス目にも色んなお話があって楽しいよ」
「竜……」
カインは「竜」という言葉にぴくりと反応したが、また普段どおりの顔に戻った。
(子どもの頃にやったゲームの内容でも思い出したのかな?)
ニーナは首を傾げつつ、カインに駒を渡した。
「カイン君は黒の駒で、ニーナお兄さんは白の駒ね」
カインの手の平に黒い駒を置いた。
「マス目によってはコインが貰えて、コインがあるとサイコロが有利に振れたりするんだ」
「ああ、分かった」
「んー、あとは実際にやってみた方が分かるかな」
ニーナはベッドの上におもちゃのコインを積み重ねた。
「先にゴールした方が勝ちね! カインが勝ったらご褒美あげる」
「ご褒美?」
「取っておきのいやらしいことをしてあげるよ」
「ニーナ、そういうのは……」
まだまだ初心な大型犬は焦った声を出した。
「じゃあ、ご褒美はどんなことが良い?」
「俺が決めて良いのか?」
「内容によるけど、お客さんの要望なら何でも応えちゃうよ」
「何でも……」
カインは考え込む風に唸っている。
「オレにして欲しいこととか、ない?」
「して欲しいこととは違うかもしれないが……俺にニーナのことを教えて欲しい」
「そんなことで良いんだ?」
欲の無い答えにニーナは面食らった。普通こういった場合の「ご褒美」は娼館では欲望まみれの物がほとんどだったからだ。
「俺への褒美はそれが良い」
「ん……分かった」
まだカインがゲームに勝ってもいないのにニーナは悩んでしまった。
(オレのこと知りたいって言われても、ご褒美になるような話題、オレにあるかな……?)
「オレのどんなことが知りたいの?」
「そうだな……ニーナの好きな食べ物や趣味が知りたい」
「何だよ、それ~。お見合いみたい」
ニーナがクスクスと笑うとカインは気まずそうに目をそらした。
(そんなのゲームに勝たなくても普通に聞けば良いのに)
また胸がキュンと鳴ってしまい、ニーナは自分自身に呆れてしまった。
「……じゃ、オレが勝ったらカインのこと教えてよ」
ニーナもカインのことが知りたいという思いがあったので、少しだけ後ろめたさを感じつつも便乗する形で提案した。カインは首を傾げて了承した。
「俺のこと? それが褒美になるのか?」
「お互い様だろ!」
それからコインを投げてサイコロを振る順番を決め、ニーナとカインは一番最初のマス目にそれぞれの駒を置いた。
「こういったゲームは久しぶりだ」
「ふふ、手加減はしないからね」
「ああ、俺も全力を尽くそう。褒美がとても魅力的だからな」
「……そ、そう。じゃあ、カインが勝ったら、オレのこと……オレの本当の名前とか……教えてあげるよ」
ボソリと呟くとカインは興味深そうな表情になり、何かを言いたげだった。ニーナはその表情を見ないフリをしてさっさとゲームを進めることにした。
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