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男同士でそういったことをするには、色々と準備がいる。準備をするならそういったことをするのが前提となる場所に行くのが合理的だ。
デートスポットとして有名な波止場の近くにはそういうホテルは沢山あったので、適当に一番新しくてキレイそうな建物を選んで敬久さんを連れ込んだ。
(結局今日は『担当編集の此木』でいられなかったな)
薄暗い照明が照らす脱衣所で備え付けの薄手のガウンを纒いながらため息をついた。
(帰りたくないなんて我が儘を言ってホテルに連れ込むなんて……本当にどうしようもない。敬久さんの前では、もっと性格の良い人間でいたかった)
脱衣場にある洗面台の鏡には自分が写っている。昔から容姿を褒められることは何度かあったけれど、中身の方は特別に社交的でもなかったので「取っ付きにくそう」やら「気取ってる」やら影で言われることも少なくなかった。
子どもの頃はもっと明るく快活な性格だったら良かったのに、と悩んだこともあったが中々そういう風にはなれなかった。どうしようもなく打ちひしがれた時は大好きな本を読んだり、思いっきり泳ぐことで発散していた。
(……昔の男か。確かにその通りだ)
昔のあいつも容姿を褒めて来たことがあった。それ以外はどうでも良かったのだろう。今日も連絡先を渡そうとして来たのは、オレとまた都合の良い関係を結びたかったのかもしれない。
(敬久さんは聞いていて嫌だったろうな。オレだって、例えば敬久さんの元恋人とかが現れて……寄りを戻したいなんて言っている場面に遭遇したら、すごく複雑で……何だか惨めな気持ちになる)
恋人の過去の恋愛なんて知っても良いことはない。
(でも、オレのは……知られてしまった。あの男が昔と変わらず節操無しのままだったのが致命的過ぎた。あー、もう、本当に酷い……)
気がついたとしてもあの男から声をかけて来たのが本当に意味が分からなかった。
(敬久さんとちゃんと話をしよう。アルコールも一杯しか飲んでいないし、シャワーも浴びたから今はだいぶ素面に近い。大丈夫、きっと大丈夫だ……)
そして、嫌な思いをした敬久さんを誠心誠意慰めてあげたい。
(だって、敬久さんのことが、大好きだから……こんなことで気持ちがすれ違ったりしたくない)
彼と過ごす愛しい時間は全て二人だけの物だ。お互い何も言えなくなってしまうような、話題にするのもタブーになるような日なんて、二人の思い出の中に挟まって欲しくはない。
敬久さんはオレの心を暴いてみたいから側にいたいと言ってくれた。敬久さんはオレの健康的な所や健気な所が好きだと言ってくれた。敬久さんは料理が苦手なのにオレがねだると手料理を振る舞ってくれた。敬久さんはオレの贈った誕生日プレゼントをいつも使ってくれた。敬久さんはオレと生涯のパートナーになりたいと言ってくれた。
(我が儘かもしれないけど、オレはあの人が与えてくれる沢山の愛に報いたい……それだけなんだ……)
ホテルの脱衣場でする決意ではないなと思い、再度ため息をついて、洗面台の冷たい水で顔をバシャバシャと洗った。
デートスポットとして有名な波止場の近くにはそういうホテルは沢山あったので、適当に一番新しくてキレイそうな建物を選んで敬久さんを連れ込んだ。
(結局今日は『担当編集の此木』でいられなかったな)
薄暗い照明が照らす脱衣所で備え付けの薄手のガウンを纒いながらため息をついた。
(帰りたくないなんて我が儘を言ってホテルに連れ込むなんて……本当にどうしようもない。敬久さんの前では、もっと性格の良い人間でいたかった)
脱衣場にある洗面台の鏡には自分が写っている。昔から容姿を褒められることは何度かあったけれど、中身の方は特別に社交的でもなかったので「取っ付きにくそう」やら「気取ってる」やら影で言われることも少なくなかった。
子どもの頃はもっと明るく快活な性格だったら良かったのに、と悩んだこともあったが中々そういう風にはなれなかった。どうしようもなく打ちひしがれた時は大好きな本を読んだり、思いっきり泳ぐことで発散していた。
(……昔の男か。確かにその通りだ)
昔のあいつも容姿を褒めて来たことがあった。それ以外はどうでも良かったのだろう。今日も連絡先を渡そうとして来たのは、オレとまた都合の良い関係を結びたかったのかもしれない。
(敬久さんは聞いていて嫌だったろうな。オレだって、例えば敬久さんの元恋人とかが現れて……寄りを戻したいなんて言っている場面に遭遇したら、すごく複雑で……何だか惨めな気持ちになる)
恋人の過去の恋愛なんて知っても良いことはない。
(でも、オレのは……知られてしまった。あの男が昔と変わらず節操無しのままだったのが致命的過ぎた。あー、もう、本当に酷い……)
気がついたとしてもあの男から声をかけて来たのが本当に意味が分からなかった。
(敬久さんとちゃんと話をしよう。アルコールも一杯しか飲んでいないし、シャワーも浴びたから今はだいぶ素面に近い。大丈夫、きっと大丈夫だ……)
そして、嫌な思いをした敬久さんを誠心誠意慰めてあげたい。
(だって、敬久さんのことが、大好きだから……こんなことで気持ちがすれ違ったりしたくない)
彼と過ごす愛しい時間は全て二人だけの物だ。お互い何も言えなくなってしまうような、話題にするのもタブーになるような日なんて、二人の思い出の中に挟まって欲しくはない。
敬久さんはオレの心を暴いてみたいから側にいたいと言ってくれた。敬久さんはオレの健康的な所や健気な所が好きだと言ってくれた。敬久さんは料理が苦手なのにオレがねだると手料理を振る舞ってくれた。敬久さんはオレの贈った誕生日プレゼントをいつも使ってくれた。敬久さんはオレと生涯のパートナーになりたいと言ってくれた。
(我が儘かもしれないけど、オレはあの人が与えてくれる沢山の愛に報いたい……それだけなんだ……)
ホテルの脱衣場でする決意ではないなと思い、再度ため息をついて、洗面台の冷たい水で顔をバシャバシャと洗った。
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