82 / 108
第二部
動き始めた時間 002
しおりを挟む「あ、どうも……」
いきなりの邂逅に驚き固まってしまい、僕は随分不愛想な感じで挨拶をしてしまう。
「お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」
対するウェインさんは、気さくで人当たりの良い笑顔を浮かべていた。さすがは揉め事解決の達人だ。
「おや、何だい。君たちは知り合いかい」
僕と彼女のやり取りを見たカイさんは、不思議そうに小首を傾げる。
「カイさんもお久しぶりです。レーバンさんとは、先日開かれたオーグでの魔導大会でお会いしまして……あなたの言っていた通り、素晴らしい冒険者でしたよ。見事優勝ですからね」
「何? 優勝? おいおいおいおい、クロスくん。そんな大事なことをどうして話してくれなかったんだね。『魅惑の香』主催の魔導大会でうちの職員が優勝したなんて、大々的に宣伝に使えるじゃないか」
「いやまあ、プライベートだったんで……」
「君の生活にプライベートなどほとんどない。あるのは風呂とトイレの中くらいだ。それ以外の出来事は逐一報告しなさい」
「そんな馬鹿な……」
凄まじいパワハラを繰り出してくるカイさんから目を逸らしつつ、僕は市長室から抜け出るタイミングを見計らう。
「天使の涙」のサブマスターとソリア市長との会合を、僕如きパンピーが見聞きしていいものでないのは明らかなので、速やかに部屋から出たいのだけれど。
「何をソワソワしているんだ、君は。トイレかい」
「もしトイレだとしても、それはプライベートなので言いたくありませんね」
「ははっ、無理して我慢しなくてもいい。君は誰かに見られながら漏らすと興奮するんだろう?」
「僕にそんな性癖はない!」
やめろ、ウェインさんが汚物を見る目でこっちを見てるじゃないか!
「……コホン。できれば、レーバンさんにも聞いて頂きたい話なのですが、同席をお願いしてもよろしいでしょうか」
彼女は大きな咳払いをし、話題を変えた。さっきの戯言は水に流してくれただろうか、トイレだけに(座布団一枚)。
それにしても、僕にも聞いてほしい話か……地位と権力のある彼女たちの話し合いに混ざるのは気が引けるが、頼まれたなら断るわけにもいかない。
「えっと、僕なんかで良ければ、大丈夫です」
「ありがとうございます……それと、エリザベスさんは杖の中にいらっしゃるんでしょうか?」
「あ、いるにはいるんですけれど、結構深く眠ってるみたいで。命に関わることでなければ起こすなって言われてるんです」
喰魔のダンジョンを無事に脱出した僕らではあるが、自ら囮になったベスが消費した魔力は相当なものだったようだ。引きちぎった右腕を回復させるためにも、今はできるだけ静かに過ごしたいらしい。
「わかりました。であれば、すぐさま命に関わることではないので、エリザベスさんは起こして頂かなくて大丈夫です」
ウェインさんはそう言うと、ツカツカとカイさんの目の前まで歩いていった。
彼女の目が真剣なものへと切り替わり――緊張感が高まる。
「……それで、話というのは何だね。シリー・ハート女史の尻拭いで国中を奔走している君の、面白おかしい土産話を聞けるんじゃないかと期待していたんだが……どうやらそうでもないようだ」
「それはまた別の機会に。単刀直入にお話しすると、『竜の闘魂』が不穏な動きをしています」
「『竜の闘魂』が? どういう意味だい」
「……どうやら、ギルドマスターのラウドさんが、闇ギルドに通じているようです」
ウェインさんの言葉を聞いて、カイさんの目の色が変わった。僕も辛うじて表情には出していないが、内心動揺を隠せない。
エール王国三大ギルドの一つに数えられる「竜の闘魂」のマスターが、闇ギルドと通じているなんて……にわかには信じがたい話だ。
けれど、僕らは似たような前例を知っている。
勇者だった僕の幼馴染――シリー・ハートが、闇ギルドに降ったのを知っている。
そして、思い出す。
シリーと最後に話した時、あいつは言っていた……あと数カ月で、この国は変わると。
正規ギルドなんていうくだらない集団は消えて、強者のみが生き残る世界になると。
そう――言っていた。
「……その情報は、君が独自で手に入れたものかね」
「はい。現状、うちと『魅惑の香』のマスターにしか伝えていません。国に話を通すには、あなたの力がいると思いましたので」
「……全く、次から次に面倒が舞い込む日だ」
カイさんは眉間を押さえながら、長い溜息を吐く。
「わかった。国と軍へは、私から話を付けよう……ただし、彼らを動かすには確実な証拠がいる。ラウドの馬鹿がどこの闇ギルドと通じ、何をしようとしているのか。それを確かめてくれ」
「もちろんです。その調査も兼ねて、ソリアまでやってきましたから」
言って。
ウェインさんは、僕の方へと振り返る。
「レーバンさん……少しお身体、借りてもいいでしょうか」
……。
はい?
0
お気に入りに追加
376
あなたにおすすめの小説
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜
平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。
『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。
この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。
その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。
一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
異端の紅赤マギ
みどりのたぬき
ファンタジー
【なろう83000PV超え】
---------------------------------------------
その日、瀧田暖はいつもの様にコンビニへ夕食の調達に出掛けた。
いつもの街並みは、何故か真上から視線を感じて見上げた天上で暖を見る巨大な『眼』と視線を交わした瞬間激変した。
それまで見ていたいた街並みは巨大な『眼』を見た瞬間、全くの別物へと変貌を遂げていた。
「ここは異世界だ!!」
退屈な日常から解き放たれ、悠々自適の冒険者生活を期待した暖に襲いかかる絶望。
「冒険者なんて職業は存在しない!?」
「俺には魔力が無い!?」
これは自身の『能力』を使えばイージーモードなのに何故か超絶ヘルモードへと突き進む一人の人ならざる者の物語・・・
---------------------------------------------------------------------------
「初投稿作品」で色々と至らない点、文章も稚拙だったりするかもしれませんが、一生懸命書いていきます。
また、時間があれば表現等見直しを行っていきたいと思っています。※特に1章辺りは大幅に表現等変更予定です、時間があれば・・・
★次章執筆大幅に遅れています。
★なんやかんやありまして...
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる