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第二部
動き始めた時間 001
しおりを挟む喰魔のダンジョンを攻略しに行った翌日。
すごすごと敗走することになった僕は、そのあらましについて報告書をまとめ、カイさんに提出するために市長室のドアを叩いていた。
正直、自分の失態を報告するのは気が引けるし、ソリアのトップである市長に直接伝えるなんて、気が乗らないどころの話ではない。まあ部署の先輩方、つまるところ直属の上司は未だに行方不明なので、命令系統的にはカイさんに報告するしかないのだろうけれど。
それに――喰魔を攻略してくれと頼んできたのは、彼女だった。
ならばやっぱり、僕には伝える義務がある。
「……というわけで、今回の攻略は失敗に終わりました。ベスが言うには、最終防衛機が発動している喰魔のダンジョンに潜るのは、相当に困難だそうです」
「……」
僕からの報告を、カイさんは黙って聞いてる。立派な執務机に両肘をつき、こめかみをぐりぐりと押さえている様子からして、まあ喜んでいないのは確かだった。
昨日の出来事を一通り伝え終えたところで、彼女は椅子の背もたれに全体重を預け、天井を見つめ出す。
「……それで、今後攻略はできそうなのかい」
「ベスによれば、あいつの魔力が全盛期まで戻れば不可能ではないと言っていました」
「……そこまで回復するにはどれくらい時間がかかる」
「わかりません。魔力が尽きかけるのは初めての経験らしいので、目途は立っていないそうです。それこそ、可能性の話をすれば年単位で時間が掛かることもあると」
「……そうか」
カイさんは天井を見つめたまま動かない。
今回の成果が不満なのか、それともこれからの先行きを憂いているのか……まあ両方だろう。
僕たち特別公務パーティーに期待してSS級ダンジョンの攻略を許可した彼女からすれば、とんだ肩透かしを食らった気分になるのも無理はない。
「……部下を気遣って教えておくが、私は君たちに落胆しているのではないよ」
ふと、カイさんがそんなことを口走った。
「むしろその逆……君やエリザベスくん、それにニニくんには、よくぞ無事に帰ってきたと賛辞を贈りたい」
「えっと……ありがとうございます。そしたら、何を気にしているんですか?」
「君たちに落胆したのではなく、喰魔のダンジョンに憤りを覚えたのだよ……そこまで規格外の力を持つダンジョンが管轄内にあるというのは、非常に面倒臭い」
言い終わった後、彼女が小さく舌打ちをしたのを聞き逃さなかった。どうやら相当ご立腹のようである。
「エリザベスくんの魔力の問題が解決するまでは、静観するしかないか……いや、ご苦労だったね」
「僕は別に、何もしていないので」
「そう謙遜しなくていいよ。あのエリザベスくんを動かすことができる時点で、君は大分活躍しているのだからね」
「はあ……」
まるでベスが兵器か何かみたいな言い方だが、そう表現したくなるのもわかってしまう……あいつの力は強大過ぎて、とてもじゃないが一個人の枠に収まるような器ではない。それこそ、いつぞやカイさんが懸念していたように、他国にその存在が狙われる可能性だってある。
もしもベスの魔力が全盛期に戻ったら……一体何が起こるのか、想像すらできない。
「しばらくは未踏ダンジョンの探索に専念してくれたまえ。時期が来たら、再び喰魔の攻略に取り掛かるとしよう。話は以上だ」
カイさんはそう締めくくり、この話題を終わらせた。
彼女にしては珍しく、随分早く話を切り上げたことに違和感を覚える。まあ、言っても市長だからな。予定が詰まって忙しいはずだし、僕如き一般職員に構っている暇なんてないのだろう。
「悪いが、もうすぐ客人が訪ねてくることになっていてね」
予想通り、この後予定があるらしい。ならば僕の取るべき行動は一つ、軽く会釈をして急いで踵を返すことだ。
しかし、僕が一連の流れを実行するため頭を下げようとした瞬間――市長室の扉が開いてしまった。どうやら客人は早目に到着したようだ。
「……あら、レーバンさん?」
背後から、どことなく聞き覚えのある声。
振り返ると、そこには美しい青い髪をした女性――「天使の涙」のサブマスター、ウェイン・ノットさんが立っていた。
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