上 下
40 / 108
第一部

原因と対策

しおりを挟む

「んん……ん……? いやー、参った参った。まさか空腹で意識を失ってしまうとは……我ながら大胆じゃの」


 ベスが意識不明になった後。

 全速力でソリアの市街地に戻り、何度か世話になった医者のところへベスを連れて行ったが……やはりエルフは専門外らしく、手の施しようはないと言われた。

 彼女を病院のベッドに寝かせて一時間。
 今までの人生で一番長く、そして苦しい一時間だったけれど。

 僕らの心配を余所に、ベスはいきなり目を覚まし――笑いながら冒頭のセリフを口にしたのだった。


「……」


「? ここはどこじゃ? それにお主ら、やけに辛気臭い顔をしとるの」


「……ベス」


「なんじゃ改まって」


 僕は半身を起こした彼女を、思いっきり抱きしめる。

 良かった……本当に……。


「おいおい、急にどうした。いつから甘えん坊になったんじゃ、お主は。可愛いやつめ」


 ベスが頭を撫でてくる……これじゃ、どっちが倒れたんだかわからないな。

 僕は抱いていた腕を離し、仕切り直すように自分の頬を叩いた。


「ん? もう抱きつかんでもいいのか? 儂はいつでもウェルカムじゃぞ」


「いや、やっぱり傍から見た絵面が犯罪染みていて、どうにも落ち着かないから遠慮するよ」


「まあ確かに、儂は見た目可憐な十歳児じゃからの。少女に抱きつく青年というのは、バッシングの対象じゃろうて」


「……」


 普通に会話ができているってことは、そこまで深刻な事態ではない……のかな?

 正直、まだ判断ができないところではある。


「お主は抱きつかんでええのか、ニニ。絵面的にも全く問題ないし、むしろ特定の層には需要があると思うぞ」


「私たちがわざわざ供給してあげる必要もないでしょう……それに、クロスさんが私の分まで抱きついてくれましたから」


「なんじゃ。儂の胸に飛び込んできたら、どさまぎに耳を噛んでやろうと思ったのに」


「どさまぎなんて、今日日誰も言っていませんよ……とにかく、無事でよかったです」


 ニニとも軽口を叩き合っているし……もう身体は大丈夫なのか?

 だとしたら。

 一体何が原因で、ベスは意識を失った?

 彼女はキョロキョロと周囲を見回し、得心がいったように頷く。


「なるほど、ここが病院というやつか。少し倒れた程度で大げさなと、昔の儂なら言っておったろうが……驚かせてしまってすまない。それと、儂を見捨てずにいてくれて感謝しておる」


「見捨てるなんて、そんなことするはずないだろ」


「頭ではわかっているつもりじゃがな。何せ仲間に裏切られたことのある身じゃ、その体験が嫌らしくも心のどこかに染みついているようじゃ」


「仲間に裏切られた……?」


 ベスの言い回しに引っかかったニニが疑問符を浮かべる。


「おっと、お主には言っておらんかったの……まあ、そこら辺の事情は近いうちに話そう。今は、儂の身体について語るべきじゃな」


 言って、ベスは自分の右手を見つめた。

 そして意を決したように、真っすぐな瞳で僕を見つめる。


「今の儂の身体からは、。さっきは、あまりの空腹に耐えかねて倒れてしまったが……正直、こんなことは千五百年の人生の中で一度もなかったので、儂も対応を見誤ってしまったのじゃ」


 自分の置かれている状況を、ベスは淡々と語る。


「儂らエルフは魔力を原動力として生きておる。こうして話すのも呼吸をするのも体を動かすのも、全ての行動に魔力を消費する……故に、その源が枯渇すれば、死ぬのじゃ」


「し、死ぬのじゃって……」


「無論、今はそこまで切羽詰まっているわけではない。じゃが、既に魔力消費の多い魔法は使えなくなっておる……その所為で、ダンジョンではお主らを危険な目に合わせてしまった。すまない」


「いや、それはいいんだけど……」


 そんなことよりも、死ぬ、だって?

 人間も魔法を使い過ぎれば魔力切れという症状が起きるが、もちろん死には至らない……エルフとは根本的に、体の構造が違うらしい。


「普通、エルフは生きるのに必要な魔力と魔法に必要な魔力とをわけて使うんじゃが……二百年封印されとった所為で、その辺のコントロールを間違えたようじゃ」


「……よくわからないけど、要は活動エネルギーとして残しておかなきゃいけない魔力を余分に使っちゃったから、意識を失ったってことか?」


「概ねその理解で正しい。より感覚的に言えば、腹が減り過ぎた。お主らじゃって、何も食わねば生きていけんし倒れもするじゃろ」


 ここのところずっと、ダンジョンを攻略するたびに空腹だ空腹だと言っていたけれど……あれは魔力が切れそうというサインだったのか。

 ……倒れてしまった原因はわかった。

 でも、その

 簡単に考えるなら、魔法を使い過ぎてしまったということなのだろうけれど……そんな単純な理由なのか?


「その顔、どうして儂が魔力切れになったのか、そっちの方が気になっているという感じじゃの」


「……相変わらず察しがいいな」


「そこの部分こそ、お主らに話しておきたかったことじゃ」


 ベスは本題に入るとばかりに、ベッドに座り直して姿勢を正す。


「儂らエルフは外部から魔力を吸収する。その主な方法は、魔石を食うことじゃ」


「魔石……あれを食べるのか?」


 冒険者がダンジョンから持ち帰る資源の一つで、この国の根幹を支える重要な魔法資源……魔力の塊が硬質化し、石という形を成した魔石は、人の生きるありとあらゆる場所で使われている。例えば電気を生み出したり火を起こしたり、風呂の湯を沸かす魔法でさえも、魔石によって発動しているのだ。


「左様。まあ、普通にお主らが食べるような食事にも微量な魔力は含まれておるから、それだけを食らっていても生きるのに支障はない。じゃが、強大な魔力を吸収するには魔石が手っ取り早いんじゃ」


「えっと……じゃあ、ここ最近は魔石を食べれていなかったってことか? その所為で、魔力の吸収が追いつかなかったとか」


「否。充分な量の魔石を食べ、なんなら寝ているお主から少し魔力を吸収したたりもした」


「蚊じゃないんだから勝手に吸うなよ……え、そもそもどうやって魔石を手に入れてたの? あれ、小さなものでも結構高価だけど」


「……まあその、ダンジョンを攻略している時に少し、の」


 片目を閉じてウィンクしているが、それ、普通に規則違反なんじゃ……。

 まあでも、資源をダンジョン外へ持ち出すことが禁止されているだけだから、その場で食べる分にはいいのか?


「じゃがその食事も空しく、儂は魔力を溜めることができんかった……いや、違うな。正確には、二百年前に比べて魔力の吸収効率が格段に落ちてしまったんじゃ」


「二百年前に比べててことは……つまり、封印されている間に身体に異常をきたしたってことだよな?」


「恐らく。いくら魔石を食っても、魔力の溜まり方がすこぶる悪い。それに気づかぬふりをして魔法を使いまくっとったから、そりゃぶっ倒れもするわ」


「……」


 なるほど、これで謎はほとんど解けた。
 なら問題は、その身体の異常を治すことができるのかどうかにある。


「儂も初めての経験じゃからの、この状態が治るのか治らんのか、全く予想もつかん……そこでじゃ、ここからが重要な話なのじゃが、お主」


 言って。

 ベスは、事態の解決方法を提示する。


「儂は、

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

解体の勇者の成り上がり冒険譚

無謀突撃娘
ファンタジー
旧題:異世界から呼ばれた勇者はパーティから追放される とあるところに勇者6人のパーティがいました 剛剣の勇者 静寂の勇者 城砦の勇者 火炎の勇者 御門の勇者 解体の勇者 最後の解体の勇者は訳の分からない神様に呼ばれてこの世界へと来た者であり取り立てて特徴らしき特徴などありません。ただひたすら倒したモンスターを解体するだけしかしません。料理などをするのも彼だけです。 ある日パーティ全員からパーティへの永久追放を受けてしまい勇者の称号も失い一人ギルドに戻り最初からの出直しをします 本人はまったく気づいていませんでしたが他の勇者などちょっとばかり煽てられている頭馬鹿なだけの非常に残念な類なだけでした そして彼を追い出したことがいかに愚かであるのかを後になって気が付くことになります そしてユウキと呼ばれるこの人物はまったく自覚がありませんが様々な方面の超重要人物が自らが頭を下げてまでも、いくら大金を支払っても、いくらでも高待遇を約束してまでも傍におきたいと断言するほどの人物なのです。 そうして彼は自分の力で前を歩きだす。 祝!書籍化! 感無量です。今後とも応援よろしくお願いします。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

俺の召喚獣だけレベルアップする

摂政
ファンタジー
【第10章、始動!!】ダンジョンが現れた、現代社会のお話 主人公の冴島渉は、友人の誘いに乗って、冒険者登録を行った しかし、彼が神から与えられたのは、一生レベルアップしない召喚獣を用いて戦う【召喚士】という力だった それでも、渉は召喚獣を使って、見事、ダンジョンのボスを撃破する そして、彼が得たのは----召喚獣をレベルアップさせる能力だった この世界で唯一、召喚獣をレベルアップさせられる渉 神から与えられた制約で、人間とパーティーを組めない彼は、誰にも知られることがないまま、どんどん強くなっていく…… ※召喚獣や魔物などについて、『おーぷん2ちゃんねる:にゅー速VIP』にて『おーぷん民でまじめにファンタジー世界を作ろう』で作られた世界観……というか、モンスターを一部使用して書きました!! 内容を纏めたwikiもありますので、お暇な時に一読していただければ更に楽しめるかもしれません? https://www65.atwiki.jp/opfan/pages/1.html

異端の紅赤マギ

みどりのたぬき
ファンタジー
【なろう83000PV超え】 --------------------------------------------- その日、瀧田暖はいつもの様にコンビニへ夕食の調達に出掛けた。 いつもの街並みは、何故か真上から視線を感じて見上げた天上で暖を見る巨大な『眼』と視線を交わした瞬間激変した。 それまで見ていたいた街並みは巨大な『眼』を見た瞬間、全くの別物へと変貌を遂げていた。 「ここは異世界だ!!」 退屈な日常から解き放たれ、悠々自適の冒険者生活を期待した暖に襲いかかる絶望。 「冒険者なんて職業は存在しない!?」 「俺には魔力が無い!?」 これは自身の『能力』を使えばイージーモードなのに何故か超絶ヘルモードへと突き進む一人の人ならざる者の物語・・・ --------------------------------------------------------------------------- 「初投稿作品」で色々と至らない点、文章も稚拙だったりするかもしれませんが、一生懸命書いていきます。 また、時間があれば表現等見直しを行っていきたいと思っています。※特に1章辺りは大幅に表現等変更予定です、時間があれば・・・ ★次章執筆大幅に遅れています。 ★なんやかんやありまして...

処理中です...