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特訓 001
しおりを挟む「全裸は感心しませんが、特訓はいい案ですねえ」
キャロルの叫びが辺りに響き渡った直後――茂みの奥から、不敵な笑みを浮かべたメンデル・オルゾが突然姿を現した。
「聞いてたんですか……と言うか、いつからそこに」
サナは不審者に向けるような目でメンデルを見る。
その視線を気にせず、彼は話を続ける。
「せっかくチームに分かれての話し合いですから、極力首を突っ込むのは避けたかったのですが……キャロルさんに関しては、僕も思うところがありましてね」
「わ、私ですか?」
「ええ。常々、あなたが精霊魔法を使えないのは勿体ないと感じていまして……教師として、その才能を開花させてあげられないものかと悩んでいたんです」
全く悩んでいる様子など見せずに、メンデルはニコニコと笑った。
そして、一つの提案をする。
「実技授業の最中にキャロルさんにつきっきりになることは、カリキュラム上できません。ですから、どうでしょう。放課後、演習場で特訓をするというのは」
「特訓、ですか……」
その言葉を聞き、キャロルは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
確かに精霊魔法を使える状態に戻りたいが……しかし「修行」とか「特訓」とかいう泥臭いワードが、彼女はすこぶる苦手なのだ。
できれば楽して生きていたい。
それがキャロルの信条であり……放課後の時間を使ってまで魔法の特訓をするのは、その信条に反するのだ。
それに。
――それに、せっかくレザールに来たんだから、放課後は遊ばないと損じゃない……。
学園ソロモンを有する魔法都市レザールは、オーデン王国随一の巨大都市でもある。当然そこには多くの遊戯施設や商業施設が存在し……それらは自分の地元では決して味わえない代物だ。
「あ、あのー……ありがたいんですけど、放課後に特訓するのはちょっと……」
「それは俺たちのことも見てくれるのか、先生」
キャロルの言葉を遮るように、レグが発言する。
「ええ、もちろん。このチーム以外にも、希望する生徒は全員参加できるようにします。今年の落第組には野心に燃える学生が何人かいるようですから……担任として、できる限りのことはしてあげたいですからね」
メンデルの言葉に嘘はない。ただ真実でもない。
――レグくんが「緋玉」を扱えるように見てやってくれと、学長に頼まれていますしねえ……。そちらの方がメインですが、しかしキャロルさんの「妖精の光」もかなりの逸材……指導のし甲斐がありますね。
心の中の思惑が透け、彼の顔が不敵に歪んでいく。
それを見たレグたちは若干躊躇ったが……数秒後、各々が口を開いた。
「お願いします、メンデル先生。私は、魔術師を倒すために剣の腕を磨かないといけないんです」
「ま、せんせーから直に教えてもらえるなら悪かねーか。ぶっ倒されても文句言うなよ」
「……私も、お願いします。強くなるためなら、手段は選びません」
「今日の放課後からからやるのか?」
キャロルを除く四人が、それぞれ特訓への参加を表明する。
「みなさん、やる気十分ですねえ……キャロルさんも、もちろん参加しますね?」
「……はい」
この空気に逆らえるはずもなく――チーム全員が、メンデルの特訓を受けることになったのだった。
◇
「まずはサナさん。【巨刀斬】を再発動するまでの時間を短縮するのが、当面の課題ですね」
放課後。
メンデルの呼びかけに応じて、レグのチームが演習場に集まっていた。
「魔具に込められた魔法を強化する方法は、大きく分けて二つ。一つは、単純に使用時間を増やすこと。そしてもう一つが、魔法の発動に負荷をかけてあげることです」
言いながら、メンデルはサナの扱う魔具――「渇望の剣」に魔力を込める。
「重りをつけて剣を振るうことで、その重りを外した時に軽やかに振れるのと同じ原理ですね。サナさんの剣に僕の魔素を注入して、疑似的な重りにしました。今までのような感覚では、魔法が発動できなくなっています」
彼から返された魔具を手に取り、サナは半信半疑で剣を薙ぐ。
「……ほんとだ。【巨刀斬】が使えない……」
「その状態の魔具を満足に扱えるようになったら、今までよりも手に馴染む剣になるでしょう」
メンデルは次に、シルバの方へと体を向ける。
「さて、シルバくんの課題はいろいろあります。【野獣の牙】の出力を底上げすることで全体的なパワーアップを望むのもいいですが……僕としては、違う課題を提案したいですね」
「……んだよ、違う課題って」
「新しい術技の習得です。全身強化系の術技を使える君なら、それを更に先鋭させることで、別の技を身につけるのも容易でしょう」
術技の基本となるのは、ある特定の体の部位を強化することである。シルバの場合、四肢を中心とした全身を強化しているため……例えば右腕のみを使う術技なら、比較的簡単に習得できるのだ。
「全身強化の精度を上げるのは、かなり難易度が高いですからね。それよりは、すぐに使える小手先の技を増やした方が、連携を考える上でも有用です」
「言い方は気に食わねえが、わかったよ。で、何をすりゃいいんだ?」
シルバの問いかけに対し、メンデルはニヤッと笑う。
「幸いにも、シルバくんは僕と同じく風属性の素質があるようですから、風属性の術技を身につけましょう。具体的には、まず僕の魔法を食らい続けることで、体に直接風の力を実感させます」
「ああ⁉ サンドバックになれってことか⁉」
「その通りです。風属性の感覚がつかめるまで、ひたすら魔法を受け続けてください」
「っざけんな! そんな修行があるか!」
「早速行きますよ。【蝶の舞】」
「ふざけんなてめーーーーーーーーー!」
メンデルの起こした風に巻き込まれ、シルバは森の奥へと飛ばされていく。
それを見守るレグとキャロルはポカンとした顔をしているが、エルマは違った。
――サナさんの魔具に抵抗を付与する特訓も、シルバさんに属性の力を実感させる特訓も、短期間で成果を出すために必要な要素が揃っている……。
目の前でほくそ笑むエルフ――メンデル・オルゾの実力を、彼女はまだ測りかねていた。
――いつもニコニコ笑っているけど……この人、底が読めない。
その両眼で何か見つけられないかと観察していると、メンデルも彼女の目を覗き込む。
「っ!」
「おや、びっくりさせてしまいましたか。これは失礼……ですが、僕のことをいくら見ても、今のエルマさんでは何も捉えられませんよ」
謎の自信に満ちた笑顔で、メンデルは言う。
「……では、次はキャロルさんの特訓メニューといきましょうか」
「……はい」
憂鬱に憂鬱を重ねたような声色で、彼女はぼそっと返事をした。
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