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生徒会選挙 001

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 レグ・ラスターがソロモンに入学してから二週間が経った。

 同じく落第組に属する魔術師――エルマ・フィールに呪いの子だと見抜かれてしまった彼は、とりあえずの対策として剣の形をした魔具を購入し、毎朝トレーニングをしている。

 場所は下宿先の宿の中庭。そう広くはない土地に窮屈に収まりながら、何となくの記憶を頼りに素振りをする。


「……うん、全然だめだな」


 我ながらそう納得してしまう程、レグには剣の才能がなかった。


「大体、包丁すら持ったことないのに、いきなり剣は無理があるよなぁ……」


 未だ慣れない手つきで剣を振るいながら、彼は溜息をつく。

 呪いの子だとバレた翌日からこの魔具――「火炎の剣」を使っているが、満足に魔法すら発動できていないのが現状だ。

 魔具には相性が存在し、使用する者との相性が良ければ良い程、発動する魔法も強力になる。逆に悪ければ、魔法を使うことさえ覚束ない。

 それ故、ソロモンに入学するレベルの人間は、既に相性の良い魔具を用意しているのだ。

――サナからも魔具を変えた方がいいって言われてるし、買い変えるべきなのか……でも金がないし、いざとなったら殴ればいいし……。

 そんな風に頭を悩ませながら、レグは部屋へと戻る。





「あなた、まだその剣使うつもり?」


 落第組の教室に入ると、開口一番サナが苦言を呈した。

 その相手はもちろん、不格好に背中に剣をこさえたレグである。


「いやまあ、まだいけるかなって」


「全然いけてないでしょ。そもそもまともに素振りもできてないんでしょ?」


「おっしゃる通りで……」


 ぐうの音も出なかった。

 急ごしらえの魔具に我流の練習方法で挑んでいては、満足に使えるようになるまで相当な時間がかかる。それを知っているサナからすれば、レグのやっていることが時間の無駄に思えてならない。


「とりあえず、杖にしなさいって。相性さえよければそれなりに役立つんだから」


 剣や銃といった魔具はその物自体の扱いに長けていないと運用が難しいが、杖ならば話は違う。基本的に杖自体で攻撃することはないので、魔法さえ使えれば戦闘で役に立つのだ。


「そうは言っても、値段が高いじゃん、杖って」


 高度な魔力機構が組み込まれることの多い杖は、必然的に価値が高い傾向にある。

 そして何より、ダサい。
 どうせ使うなら格好いい方がいい。
 そう思って、レグは剣を選んだのだった。


「まあ、一番はその腕輪の魔具を使うことなんだろうけど……使、しょうがないわよね」


「あ、ああ……」


 呪いの魔素を纏った拳を使えば、自分が呪いの子だとバレる危険性が高まる。
 だが、急に使い慣れない魔具を持つのも不自然だ。

 その不合理を解消するための言い訳として――レグは、腕輪の魔具に回数制限があることにしたのだ。

 一日に使える回数に限度がある……だからこうして、違う魔具を扱う練習をしているのだと、そういう理論である。


「まー、そんな不便な魔具だったら、落第組に落とされても仕方ねーわな」


 教室の戸を乱暴に開けながら、シルバが会話に加わってきた。


「……まあな」


「だからつって、手加減はしねえけどな。今日の実技演習でも、俺が勝つ!」


 そう意気込みながら、彼はピョンと跳ねて体を捻り、レグの後ろの席に座る。


「つーかよ、今日ってトルテンの野郎の『下位魔法学』あるんだっけ?」


「あるわよ、メンデル先生の授業の後にね」


「だー! あいつマジでいけすかねー!」


 シルバは両手で頭を掻き毟る。

 学園ソロモンの上位魔法学主任――トルテン・バッハ。

 レグが呪いの子であると知る学園関係者の一人であり、魔術師こそ優れた種族だと考える階級主義者でもある。


「あの野郎、明らかに人間と獣人を馬鹿にしてやがるじゃねーか」


「仕方ないわよ、魔術師なんだし」


「でも教師だろ? ムカつくぜ」


「魔術師なんてあんなものよ、気にするだけ無駄だわ」


「……」


 サナとシルバの会話を、レグは黙って聞いている。

 トルテンに対して特に思うことがないというのもあるが……根本的に、やはり人と会話をすることが苦手なのだ。

 サナとシルバの二人は「他人」と呼ぶ間柄ではなくなったが、しかし正面切って「友人」とは呼べない。

 自分が友達を作るなんて、考えられない。

 神内功の記憶が――彼の理性にもやをかける。


「――ってわけよ。レグはどう思う?」


「あり得ないわよね?」


「え? あ、ごめん。聞いてなかった」


「何だそれ。この距離で話聞いてないとか、抜け過ぎだぜ」


「ふふふっ」


 シルバがからかい、つられてサナも笑顔になる。

――何だろう、この感じ。

 二人に挟まれ空間が、妙に心地良い。

 だが、その感覚を否定したがる自分がいる。


「……」


「大丈夫? 何だか、いつもより覇気がないけど」


「腹でも壊したのか?」


「……いや、何でもないんだけどさ」


 自分の所為で心配をかけるのは申し訳ないと、レグが取り繕おうとした時。

 ガラッと、ドアが開く。

 そこには、落第組の担任を務めるメンデル・オルゾと。

 青い髪の魔術師――エルマ・フィールの姿があった。


「おや、みなさん集まっているようですね。そしたら少し早いですが、席についてもらっていいですか?」


 クラス内を見渡したメンデルは、みなにそう促す。

 声を掛けられた者たちは静かに指示に従うが……エルマだけは、教卓の前に立ったままだった。


「……さて、落第組のみなさんに重大な発表があります。とは言っても、初日に集まった際に触りの部分は聞いていたと思うので、そこまでビッグニュースではないかもしれませんが」


 言いながら、メンデルは目を細め。
 自分の隣に立つエルマの肩に、手を添えた。


「再来週に行われる生徒会選挙に、我らが落第組の魔術師――エルマ・フィールさんが立候補することになりました。みなさん、気合を入れて応援してあげてください」


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