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授業開始 001

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 魔法都市レザールの朝は早い。

 各地から集まる行商人は日が昇る頃から店を開き始め、彼らに向けて商売をする者たちも、せっせと支度を整えていく。

 そんな早朝から忙しない街中を駆ける少年の姿――レグ・ラスターだった。


「こんなもんでいいか」


 一時間のジョギングを終え、彼は下宿先の宿に戻る。

 「辺境の森」での修行が身に染みついているレグにとって、鍛錬は一つのライフワークになっていた。体を鍛えていないと、全身がむずむずと疼いてしまう。


「ふう……」 


 風呂場で軽く汗を流したレグは、黒を基調としたブレザー風の制服に袖を通し――イリーナに貰った腕輪を嵌める。


「……よし、いくか」


 いよいよ始まる学校生活に若干の憂鬱さを覚えつつ、レグは部屋の戸を開けた。


 ◇


「レグ! おはよう!」


 誰が見てもわかる不機嫌さで、サナ・アルバノはレグの背中を叩いた。


「……痛いんですけど、サナさん」


 落第組の顔合わせが終わった翌日――教室内には、未だどことない緊張感が漂っている。

 そんな引き締まった空気を打破するかの如く、サナは怒りのこもった殴打をしたのだった。


「俺も人のことを言えないけど、そのコミュニケーションの取り方はどうかと思うぞ」


「余計なお世話よ!」


 彼女が怒りの矛先を向けている相手は明白だった――昨日、自己紹介をしようという自分の提案を無視した、エルマ・フィールである。

 当の本人は、まだ登校してきていない。


「落第組にいたって、あいつは魔術師だからな。お前みたいなノーマルに仕切られて、ムカついたんじゃねえの?」


 レグとサナの会話に、猫耳の少年――シルバが割り込んでくる。長机に寝そべっているその姿は、不良というより猫っぽいなと、レグは思った。


「シルバうるさい。っていうか、椅子があるんだから座りなさいよ、行儀が悪い」


「獣人に行儀もクソもねえさ」


 右手で頬を掻くその様も、如何にも猫っぽかったが……彼に「猫」というワードは禁句なのだ。その言葉さえ出さなければ意外とまともではあると、レグは観察していた。


「ま、ビシッと言ってやりゃいいのさ。フィール家だろうが魔術師だろうが、学園に入ったら同じ生徒なんだからな……ほら、言ってる傍からご登場だぜ」


 シルバが目線を送った先には――ローブを纏った少女、エルマ・フィールがいた。


 女子の制服はセーラー服に似た黒地の衣装なのだが、魔術師である彼女だけは、その上にローブを羽織ることが許されている。


「……おはよう、エルマさん」


 いきなり怒るのも大人気がないだろうと、サナは引きつりながらも笑顔を浮かべる。


「ええ、どうも」


 対してエルマはその無表情を崩さず、サナたちを横切って席に着いた。

 通り過ぎ様に――レグの顔を一瞥して。


「……あの、エルマさん。ちょっと協調性がないんじゃないかしら? 昨日だって、せめて自己紹介くらいはしてくれたってよかったのに」


 窓際の席に座ったエルマの元に、サナが詰め寄る。


「どうしてですか?」


「どうしてって……私たち、三年間を共にする仲間でしょ」


「……仲間、ですか」


 エルマは露骨に顔を伏せ、溜息をつく。まるで、聞き分けの悪い子どもに愛想を尽かすかのように。


「あなた方はどういうつもりでいるか知りませんが……私には、この学園で為すべきことがあります。お友達ごっこに付き合う暇はありません」


「……演習会ではチームだって組むのよ? お互いのことを理解し合うのが無駄だっていうの?」


 年に三回行われる演習会には、クラス内で五人一組のチームを作って臨むことになる。十五人いるクラスメイトそれぞれの相性を見極め、適切なチーム分けをすることが肝要だと、サナは考えているのだ。


「無駄ですね。使える魔法や術技を把握していれば、充分戦略は立てられます。それ以上の馴れ合いは不要です」


「なっ……あなたねぇ……」


 取りつく島もないエルマに、サナは拳を震わせる。


「いくら自分が魔術師だからって、その態度はないんじゃない?」


「魔術師だとか人間だとか、そんなことは問題じゃありません。ただ、馴れ合いは不要だと言っているだけです」


「……だから! その態度が見下してるって言ってるのよ!」


 言って――サナは腰に据えていた剣を引き抜く。

 そしてその刃先を、エルマの眼前に突き付けた。


「……何の真似ですか」


「ムカつくのよ、あなたたち魔術師って。たまたま魔素を持って生まれて、たまたま魔力があるだけのくせに威張り散らして……私たち人間の方が、何千倍も努力してるのに!」


 教室内に緊張が走る。

 この世界に生きる人間なら誰しもが受ける、魔術師からの差別――サナもその例に漏れず、十五年の人生の間に謂れのない攻撃を受けてきた。

 その抑圧された感情が、目の前にいる青い瞳の魔術師に向けられる。


「魔法が使えるからって、そんなに偉いわけ? それがノーマルを嘲笑っていい理由になるの?」


「別に、そんなつもりでは……。友達ごっこをしたいなら、私抜きでやってくださいと、それだけです」


「――! なんかじゃない!」


 何かがサナの逆鱗に触れたのは確かだった。

 威嚇のために突き出していた剣が――上段に振り上げられる。


「っ! おい馬鹿っ!」


 その挙動に気づいたシルバはサナの手を止めにかかるが、剣閃の速度には追い付けない。

 だが、刃先が完全に振り下ろされる直前――辺りに閃光が走る。


「危ないですねえ、サナさん。教室内で許可なく魔具を使うことは禁止ですよ」


 突然の光に閉じてしまった目を開けると――教室の入り口に、メンデル・オルゾが立っていた。

 その手には、先程までサナが振るっていた両刃剣が握られている。


「……すみません、メンデル先生」


「まあ、事の経緯を聞くのは後にしましょう、もうすぐ授業が始まりますしね。それに、エルマさんを傷つけるつもりがなかったのはわかりましたから」


 メンデルはニコニコと笑う。

 その反応を見て、サナは驚きを隠せなかった。確かに彼の言う通り、激情に駆られたとは言え、エルマに危害を加える気はなかった。机を目掛けて剣を振るったのである。

 だが、それは彼女にしかわからないはずだ。

――軌道を見たですって?

 しっかりと構えてはいなかったが、全力で剣を振るった。それを捉えられたという事実が、彼女のプライドを傷つける。

――……先生もエルフだもんね。やっぱり、魔法を使える種族には敵わないのかな。

 サナは俯きながら席に戻るが――しかしもう一人。

 彼女が剣を振り下ろす瞬間、持ち前の洞察力でその軌道を読み、人に当たらないなら止めなくていいかと呑気に考えていた人物がいた。


「エルフって、すげえ……」


 その人物とはもちろんレグ・ラスターなのだが……彼は手品のように剣を奪い取ったメンデルに感心し、癖になっている独り言をこぼしたのだった。


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